超高速なドライブ
「こちらレガール、対象はまだこないよ」
「了解、引き続き頼む」
ゲンゾーは、腕を組んで少し険しい顔になった。
その隣に座るメイファンも、不安そうな表情を浮かべている。
二人は車に乗り、キルケの輸送車が通るのを待っているが、一向に現れない。
通過する時間は一切わからず、今日中にここを通るはずだ、という情報しかないので、しかたないが、こうして待ち伏せを始めてからすでに五時間が経過している。疲労の色が見え始めてもしかたないだろう。
対象が通ると予想されるのは高速道路のため、道路脇で待ち伏せるわけにもいかず、近くの高いビルから、レガールが見張り、二人はいつでも高速道路に入れる位置で待機している状況だ。対象の車種、色や特徴などの情報は掴んでいるので、見ればわかるはずだが、なかなか現れない。
「その情報、間違いないアルな?」
しびれを切らしたメイファンが、ゲンゾーに確認した。
「間違いない、直前で変更になったりしてない限りはな」
ゲンゾーは、買っておいたおにぎりにかぶりつきながら答えた。
だが、それ以降もなかなか対象は現れない。
朝早くから張り込んでいるため、メイファンは少し眠そうにしている。
眠気を払うため、目をこすろうと手を顔近くに運んだその瞬間、その必要はなくなるほどの大きな音が、ゲンゾーが持つ無線機から響き渡った。
「対象を確認! 護衛っぽい車が二台、前後についてる。あと一分くらいで君らの目の前を通過するよ!」
ゲンゾーは待ってましたと言わんばかりに車を急発進させた。その勢いで、おにぎりとかのゴミを入れていたレジ袋が後部座席に吹っ飛ぶ。
料金所を通過し、高速道路に入った時、ちょうど目の前に対象の車列を確認した。
「対象を確認した。レガールは、予定通りバイクで追ってきてくれ」
「了解、無理しないようにね」
対象に気づかれないよう、ある程度の距離を置き、様子を見ていた。
「だいたい予想通り、輸送車一台に護送車二台だな」
「あとは、護送車に魔法使いが乗ってるかどうかアル。乗ってる可能性は充分あると思うネ」
「そうだな、なら先手を取って攻撃をしかけるか......?」
「そういうことなら私に任せるアル。今なら周りに他の車も少ないネ。車を車列より前につけるアル」
ゲンゾーは、車列を追い抜き、百メートル程先に進んだところで車列にスピードを合わせた。
メイファンは、風呂敷から、三枚の葉っぱを取り出し、窓を開け外に放り投げる。
「まずはあの邪魔な護送車にどいてもらうネ。うまくいけばこれだけで片付くアル」
投げられた三枚の葉っぱは、車列に近づくと、強烈な風圧と共に煙幕を発した。
「やるな、なかなか強力な魔法だ」
「まずは様子見アル。本気を出したら高速道路が陥没するネ」
「......恐ろしいな」
直撃を受けた先頭の護送車は、風圧と煙幕によりコントロールを失い、高速道路の壁に激突した。
「うまくいけばこれで輸送車も......」
メイファンがそこまで言いかけた時、突如煙幕が十字に切り裂かれた。
切り裂かれた煙幕の中から現れた輸送車の上には、先日リュートと戦った、あの刀使いが乗っていた。
「おいおい! なんだあいつは!」
ゲンゾーは、サイドミラー越しに見える刀使いを確認し、叫んだ。
「あ......あいつは......!」
メイファンの目が大きく見開かれた。単に煙幕を切り裂く敵の存在自体に驚いているわけではなさそうだ。
「おい、どうした! あいつを知ってんのか?」
メイファンの異変に気付き、ゲンゾーは声をかける。
「作戦追加ネ。あいつを殺るアル」
メイファンは、風呂敷からまた葉っぱを取り出した。
「夢幻木葉、次は容赦しないネ!」
四枚の葉っぱを、窓の外へ投げた。
投げられた葉っぱは、輸送車に近づくと、大きな炎の渦へと変化した。
「なっ!? メイファン! いくらなんでもやりすぎだ!」
その大火力を見て、ゲンゾーが叫んだ。
四つの炎の渦は、輸送車に直撃した。四つの渦は一つにまとまり、巨大な渦となった。
だが、その巨大な渦は、中心から真っ二つに切断され、強風に煽られる一輪の花のように根元から折れてしおれていった。
その中から、車列が無傷で飛び出してきた。
「......私の魔法を切った!? 炎を切断するなんて......信じられんアル!」
「なかなかの使い手だな......だが俺たちの目的は輸送車の動きを止めることだ。そうすりゃ警察が来て、勝手に武器を押収してくれる」
「それじゃダメアル! これは千載一遇、滅多にないチャンスネ! あいつをここで絶対に殺るアル!」
メイファンはまた、風呂敷の中に手を突っ込んで葉っぱを取り出そうとした。
「......!? おい落ち着け!何か仕掛けてくるぞ!」
輸送車の上の刀使いが、体をねじりながら深くしゃがみこんだ。
そしてそのまま、大きく体を回転させながら刀を横一文字に振った。
反対車線も含め、半径二、三十メートルくらいを通っていた車が、魚の三枚下ろしのように上下に裂けた。
百メートル程離れて走っていたゲンゾー達の車も、後ろ半分が深く切り裂かる。
「......っ!? この距離で斬撃だと!?」
斬撃の衝撃で、かなりコントロールが不安定になったが、なんとか持ちこたえた。
「無茶苦茶アル......関係ない車までまとめて攻撃したネ......!」
「くっそ! 作戦変更だ! あんなやつ足止めしたら何しでかすかわかったもんじゃねぇ! 輸送車ごとぶっ壊すぞ!」
「了解アル! 木っ端微塵にしてやるネ!」
メイファンは後部座席に移動し、横一文字に切り裂かれた後ろのドアを蹴り飛ばした。
道路に落ちたドアを、車列は間一髪のところでかわした。
「見晴らしがよくなったアル。後部座席はぐっちゃぐちゃになったけど」
「後部座席に乗ってたら首が飛んでたな、気をつけろ! また斬撃がくるぞ!」
「もう二度はやらせないネ! 夢幻木葉! 今度は直接狙うアル!」
メイファンが投げた三枚の葉っぱは、今度は太い槍状に変化した。
しかしそれと同時に、輸送車は急激に減速し、後ろの護送車が前に出てきて、槍に対して車を横向きにし、三本の槍を捨て身で受け止めた。
「護送車が自分を串刺しにして輸送車を守ったアル! なんて組織アルか!」
異常なほどの自己犠牲、忠誠心にメイファンは恐怖していた。
減速した輸送車は、そのまま反転し、加速していった。
「高速道路を......逆走して逃げるつもりアル!」
「なんだと!? 逃げ切るためなら、なんでもしやがる!」
ゲンゾー達が追跡を諦めかけたその瞬間、高速道路の壁の向こうから、一台のバイクが跳んできて、着地して高速道路を逆走して輸送車を追っていった。
そのバイクに乗っているのは、エマとその後ろで暴走するバイクに必死にしがみつくリュートであった。
「なんだ!? あのバイクは!? 飛んできた!?」
突如として現れたバイクに、ゲンゾーは驚きの声を上げた。
「おいおい! お前逆走してるぞ!」
リュートは必死にしがみつきながら、バイクの運転手であるエマに必死で呼びかけた。
「わかってるわよ? 輸送車が逆走してるんだから私たちも逆走して追わなきゃ追えないわよ」
平然とそう答えた。とんでもないスピードを出しながら、走っている車を間一髪のところでかわしながら、輸送車との距離をつめていく。
「輸送車......? ってことはやっぱり、キルケの輸送車を襲撃するつもりか!?」
「あら、今頃気づいたの。まぁここまできたからには協力してもらうわよ」
「お前......急にうちに来て、むりやりバイク乗らされて、どこへ行くのかと思ったら!」
「おしゃべりね。そんなヒマ、あなたにあるの?」
輸送車を直接目で確認できる位置まで距離をつめた。リュートと刀使いは、お互いにお互いのことを認知する。と同時に、刀使いは、エマのバイクに向かって一直線に突っ込んだ。
「来るわよ! 死んでも止めなさい!」
「ぐ......こんなとこで命張ってたまるかよ!」
リュートは、高速で走るバイクの上に立ち上がり、両腕を硬質化した。
そのコンマ数秒後、刀使いがリュートに突進した。
リュートは、硬質化した腕で刀を受け止め、勢いそのまま後ろへ受け流した。
後ろへ吹っ飛ばされた刀使いは、ちょうどその落下地点を走っていた車を足場にし、その車を蹴って再び突進してきた。
「.......くっそ! マジかよ!」
その驚異的な身体能力に驚き、なんとか背中を硬質化して防ぐのがやっとで、上手く衝撃を受け流せなかった。
斬撃の衝撃が直接バイクに伝わり、少しバランスを崩す。
「下手くそね! もっと上手くかわしなさい!」
「無茶言うなよ! あんな高速斬撃、防げるだけでも充分だろ!」
刀使いは体勢を崩しながらも、輸送車の上に着地した。
「何者だあの小僧、俺の斬撃を何度も受けておきながら......今回こそは逃がさねぇ」
刀使いがそう呟いた時、彼の腰についている無線機から声が聞こえてきた。
「おやおや、わかっているんですか? むしろ逃げるべきはあなたの方なんですよ? 輸送物を無傷で持っていかなければ......」
「わかっている。お前は出てくるな」
そう言って彼は、無線機の電源を切った。
「さて、問題はどうやって輸送車の動きを止めるかね」
「お前、まさかなんの計画もないのか?」
「あなたの仲間のせいで計画が狂ったのよ。まさか逆走して追跡することになるなんてね」
そう言うとエマは、耳につけている通信機のようなものを押した。
「デューク、作戦変更よ。こうなった以上穏便には済ませられないわ。ボスに出動要請をするしか......」
「お、おい! 後ろのドアが開いたぞ!」
輸送車の後ろのドアが開き、中から男が3人、こちらに銃を向けている。
「銃!? なにがなんでも渡さないつもりね!」
輸送車とバイクの距離は三十メートルほど、銃撃されれば俺の鋼の精神では防ぎきれない。
「偽りの噂、音響狙撃!」
突然、三人の男たちは耳をおさえて苦しみだし、一人は車から落下してしまった。
横を見ると、いつの間にか俺たちとバイクで並走するレガールの姿があった。