冷徹な同級生
俺はさびれて人の気配の全くない倉庫のようなところに来ていた。
いや、来ていた、というよりも連れてこられた、と言うべきか。
事務所から帰る途中、背後から銃をつきつけられここへ連れてこられたのだ。
さらに驚くべきは、今俺の前にいるのは、転校生の一人、エマであるということだ。
やはりただの転校生ではなかった。
しかし、さっきまで俺の頭に拳銃をつきつけていた殺し屋みたいな雰囲気の男となにやら話しているところを見ると、二人は仲間のようだが、男に対してエマは、冷たく、無感情な印象はあるものの、さすがに殺し屋のような印象はない。
そんな二人の雰囲気のギャップのせいで、二人が会話していることにかなり違和感がある。
「さて、リュート君、あなたと直接話すのは初めてだったわね?」
エマがこっちに視線を向けて言った。
俺が柱に縛られ、床に座り込んでいるせいもあるだろうが、エマの目からはものすごく威圧的なものを感じた。
「なんで俺の名前を?」
「こっちの質問に、簡潔に知っていることを答えなさい。虚実は認めないわ、わかるわね?」
彼女は俺の言うことには何も反応せず、淡々と喋った。
前言撤回、彼女の目からは一切の情が感じられない。奥にいる殺し屋風の男よりよっぽど殺し屋の雰囲気に近いかもしれない。
彼女の要求に反すれば、間違いなく死ぬ。
「私と同じタイミングであの高校に入った教師、知ってるわね? あいつとはどうゆう関係なの?」
「......坂本のことか? 俺の手伝ってた探偵事務所に依頼に来たんだ。依頼内容は、宗教団体の調査、だけど結果的には、俺たちはその怪しげな宗教団体のアジトを警察が捜査するための口実作りに利用されたんだ。だから多分、あいつは警察関係者だ。高校に赴任してきた目的はわからないけど」
知ってることを素直に答えた。
俺の話を聞いたエマは、なにやら不思議そうな顔をして、後ろの男と顔を見合わせた。
「おい、お前が調査依頼を受けた宗教団体ってのはキルケの事だろ? 結局なにがわかったんだ?」
後ろの男が聞いてきた。エマが男の方から俺の方に向き直り、俺の目を凝視する。
「キルケが犯罪組織だっていう証拠だ。警察も同じデータを入手したはずだけど......あのアジトが独断でやったことでキルケとしては関係ないとか言って逃れるんだろうな。あのアジトはあんま重要拠点じゃないみたいだし。キルケ本体にダメージはほとんど無いと思う」
それを聞いたエマは、また男の方へ向き直り、なにやら話している。
「こいつら、ただ利用されただけっぽいな。何も知らされてない。というよりそもそも存在を知らないと考えるのが自然だ」
「そうね、ならこのまま全面戦争に持ち込ませるしかないようね。関係を証明する証拠を見つけ出すのはおそらく不可能よ」
「もともと可能性は低いと思ってたが......やつらもなかなか下衆だな」
「そうかしら? 合理的で効率的だわ。情で動くような組織は滅ぶ運命よ」
「お......おい待てよ! 一体何の話だ?」
二人が全くわからない話を続けるので、思わず聞いてしまった。
「おっと、悪いな。もうお前に聞きたいことはねぇよ。まっすぐおうちへ帰んな」
「私たちのことは他言無用よ。もし言いふらすようなら、消すわよ。覚えときなさい」
そう言うと、男は俺を縛っていた縄を撃って焼き切った。
突然の事に怯んで目をつぶってしまったが、目を開けた時には、もうそこに2人の姿はなかった。
「おーい、どうしたアルか。聞いてるアルか?」
目の前で、メイファンが俺にしきりに声をかけている。
「なにぼーっとしてるアルか。私とゴハン食べてるのがそんなにつまんないアルか」
「いやいや、なんかちょっと疲れただけだよ」
殺し屋みたいな男に拳銃を突きつけられたのは、ほんの昨日の出来事。しかもその場にいた女がすぐ近くにいるというのに学校に来れてる時点でなかなかの精神力の持ち主だと我ながらに思う。
「よくわからんネ。とりあえず決行日には万全にしてくるアルよ?」
決行日、キルケの武器輸送車を襲撃する日だ。
いくら犯罪組織を壊滅させるためとはいえ、みんな少し暴走してる気がする。
このままじゃ、取り返しのつかないことになる、なんとなくそんな気がしていた。
「メイファンは、どうしてキルケを壊滅させようなんて思ったんだ?」
周りに聞こえないように気をつけながら、聞いてみた。
「愚問ネ。悪を滅ぼそうと考えることは、人としてなんらおかしい考えではないネ。そんな特別な理由なんてないアル」
少し間を空けてから、俺と目を合わせず強い口調で答えた。
「そんなことより、また料理してきたアル。食べてみるネ」
メイファンは、風呂敷のようなものを机に広げ、また見知らぬ料理を取り出した。
うまく話題を変えられてしまったが、これ以上突っ込んで聞くこともできなかった。
そのまま時間は過ぎていき、決行日はどんどん近づいていた。
結局その間、モヤモヤとした感情を誰にも打ち明けることはできなかった。
そしてついに決行日前日となった。
今日は土曜日だが、一部の生徒は補習を受けるために学校に来ていた。
とはいえ、その人数は少なく、帰り際にもなれば学校全体がかなりひっそりとした雰囲気に包まれることになる。
補習が終わり、教科書類をカバンに詰め込み、帰ろうとした時、教室の出入り口にエマが立っていた。
「どうやら私たちの事は誰にも話してないみたいね。賢明な判断だわ」
高校の制服に袖を通し、こっちを見て笑う彼女からは、とても昨日の殺し屋のような冷徹な雰囲気は感じられない。
「俺に何の用だよ。というか昨日もわざわざあんなことしなくてもこうやって普通に接触してこれば良かったじゃないか」
「結果的にはそうね。それを調べるためにも手荒な方法をとる必要があったのよ」
「......どういうことだ? そもそもお前ら何者なんだ?」
「疑問を持つのはいいことよ、それを探求することで、人は成長できるわ。でも探求してはならない疑問もあるのよ、長生きしたかったら覚えておきなさい」
そう言って彼女は笑った。その笑顔からは、とても高校生とは思えない威圧感があった。
「ところで、あなた達キルケのことを嗅ぎ回ってるみたいね。一度関わったからにはほっとけないってことかしら? たいそうな正義感だけど、このままじゃ身を滅ぼすわよ」
「......まぁそれは同感だ。死んだら正義も悪もないんだ。生きてこその正義だからな」
「あら、案外物わかりがいいのね。正義一筋の猪突猛進タイプかと思ってたけど。わかってるならなんで調査を止めないのよ」
「犯罪組織をほっとくことはできない、だけどこのまま突っ込みすぎると危険な気はする。どうしたらいいか自分にもよくわからん......」
「仲間内でそんな悩んでるようじゃ、結果は見えてるわね。明日は家で寝てたらいいんじゃないかしら?」
「......明日のこと、知ってるのか!?」
明日、輸送車を襲撃することは当然俺たちしか知らないはずだ。エマが知ってるはずがない。
「輸送車の情報は私たちも掴んでるわ。あなた達ならやるんじゃないかと思っただけよ。その様子だと図星のようね」
なんかエマの思い通りに動かされてる気がして悔しかった。
「俺はお前の言う通り家で寝てるよ。俺の迷いが見抜かれたのかわからないけど、俺はメンバーから外されたからな」
「賢明な判断ね。迷いのある人間と仕事はできないわ」
エマの言うことも最もだが、改めて人から指摘されるのは、いい気分ではなかった。
「なら明日は暇ね。私たちと来なさい」
「......は?」
突然の事で、思わず間抜けた声で聞き返してしまった。
「二度も言わせないでくれる? 明日ちょっと手を貸しなさいって言ってるのよ」
「今迷いのある人間とは仕事できないって...」
「使える人間は使うわ。利用するだけなら迷いなんて関係ないのよ」
「利用って...本人の前でそんなはっきり言うかね。というか、一応俺は待機要員なんだ。暇ってわけじゃない」
そう言ってエマの横を通り過ぎ、そのまま学校を出た。
エマはそのまま追いかけてくるわけでもなく、ただ去っていく俺の背中を見ていただけのようだった。
そんなエマの言葉に少なからず疑問を感じつつ眠りにつき、そしてついに翌日の決行日を迎えた。