不安な計画
「おいしいアルか? 私の故郷では結構人気アルよ」
メイファンの依頼を受けてから一週間後。あの日からメイファンは昼休みになると俺の教室にやって来て弁当を広げる。
メイファンいわく、普段から仲良くしておくことで坂本の監視を逃れるためだそうだ。
それはいいんだが、なぜか毎回見たこともない料理を持ってくるし、その一部を俺に食わせてくる。
「う......ん、これ何が入ってんだ?」
「ゾロゾロアリの卵、ネロネロヘビの目玉、トンブーの舌、ツバスの巣、などなどを丸一日煮込んだネ。私の故郷では、冬の定番料理と言えばこれネ。腐りにくいから持ち運びにも便利アル」
一個も聞いたことのある材料がなかった。
別に食えないほど不味くは無いが、美味くもない。
食感は固く、時折、中にある謎の球体を噛み潰し、口の中に苦味が広がる。
「おいしいアルか? たくさん持ってきたアル。好きなだけ食べるネ」
「う、いや、もうお腹一杯になっちゃったから」
適当な事を言って誤魔化した。
「そうアルか? 男のくせに少食アルね。情けないネ」
そう言ってメイファンは、俺に食べさせた謎の料理を自分の口に運んだ。
平気な顔でパクパク食べている。どうやら彼女にとっては、これが普通らしい。
文化の違いと言うべきか、彼女の出身はどこかよくわからないが、一生馴染めないだろうな。
お腹一杯だと言って断った手前、自分の弁当を食べるわけにもいかず、ただ彼女の食べっぷりを見つめながら腹を空かせていると、一人の同級生が肩を叩いた。
「リュート、生徒会長が呼んでるぞ。なんかやらかしたのか?」
そう言われて、教室の出入り口に目を向けると、青島先輩の姿があった。
生徒会長に呼び出しをくらうような事をした覚えはないが、何かあったのだろうか、と若干ヒヤヒヤしながら椅子から立ち上がり、先輩の方へ向かった。
「リュート君、ちょっと聞きたいんだけど」
「な、なんですか?」
先輩の目は真剣そのものだ。やはりなにか重大なことをやらかしたんだろうか。
「リュート君、あの転校生と知り合いなの?」
予想外の事を聞かれ、少しキョトンとしていると、先輩が付け加えた。
「このタイミングで転校してきたってことで、結構みんなの間で噂になってるのよ。借金取りから逃げて来たとか、犯罪組織のスパイとか、魔法使いなんじゃないか、とか色々ね」
「珍しいタイミングで転校してきたってだけで、なんだかよくわからない噂がたってるんですね。そんなことないと思いますけど」
結構的確な噂もたっていてちょっと驚いたが、表情には出さないように答えた。
「そう、まぁ他の二人も多分噂になってるような人じゃないと思うんだけど、火のないところに煙は立たないって言うじゃない? そんな噂がたつってことは、どっちにしても相当な変わり者ってことかしらね」
青島先輩は困ったような顔をして笑った。
生徒会長ってのは、変な噂がたった時の火消し役もしなければならないのだろうか。
気苦労の多そうな仕事だなぁ、なんて他人事のように考えていたが、冷静に考えればマズイことだ。どこからでた噂かは知らないが、メイファンが、自分から魔法使いではないかと疑われるような言動をとるはずは無い。
魔法使いは、世間から忌み嫌われる運命にある。
だから、俺も自分が魔法使いであるということは、絶対にバレないように気をつけてきた。
それが、今回のようにどこかのタイミングで勝手に噂になってしまえば、確かめてやろうと考えるやつが現れないとも限らない。
「どうしたアルか? 顔が険しいアル」
気づけば、目の前には、メイファンが立っていた。
「お前、色々変な噂がたってるみたいじゃないか。大丈夫か?」
「ああ、借金取りから逃げてここに来たとか、前いた学校で、魔法使いだってことがバレたからここに来たとか、いうやつアルね」
メイファンは、少し笑って言った。
「魔法使いだってことががバレるのは、さすがにまずいアル。でもそうじゃないなら、別に大したことはないネ。ここには、友達作りに来たわけじゃないアル。全然気にしてないネ」
メイファンの言葉は、おそらく本心だろう。
彼女には、キルケを壊滅させるという目的がある。そんな噂なんかに構っている暇はないんだろう。
しかし自分の青春を犠牲にしてまで、キルケを壊滅させたい理由はなんだろうか。
「それに、リュートにとっても、好都合なんじゃないアルか? あの二人の転校生は、リュートにとっても要注意人物アルな? こういう噂がたてば、行動も制限されるネ」
「そうかもしれないけど......」
「そろそろ昼休み終わるアルよ。授業の準備するアル」
魔法使いとして、色々な事件に関わったり、巻き込まれたりしたこともある。
だけど、魔法使いだって人間だ。俺は、正直普通の生活を失うなら、キルケを野放しにする方を選ぶかもしれない。
メイファンだって、普通の生活を送る権利があるし、そうすべきだと思う。
青島先輩からそういう噂がたっているという話を聞いて、周囲の目が、メイファンに集まっているのを感じるようになった。
俺がもしあの立場だったら、俺は耐えられるだろうか。
これは他人事ではない。噂がたつだけで距離を置かれてしまうんだ。正体がバレてしまえば、今の生活を失うことになる。
しかしメイファンに関する噂も、結局は噂の域を出ず、だんだんと周囲からの奇異の目も減ってきていたある日、俺たちはゲンゾーさんの探偵事務所に集められた。
「よし、これで全員揃ったな」
ゲンゾーさんが、みんなの顔を確認して頷いた。
「キルケに関してはまだまだわからないことが多いが......今回やつらに大きなダメージを与えられるかもしれない情報を手に入れた」
「大きなダメージを......!? どんな情報アルか!?」
メイファンの目の色が変わった。
その表情には、いつもの愛嬌はない。少し恐怖を感じる程の怖い顔をしている。
「リツ、報告を」
リツさんは小さくうなずいて小さなメモ帳を開いた。
「調査の結果、彼らの資金源は主に紛争地域への武器の提供であることがわかりました」
「武器提供? 規制の厳しいこの国でそんなこと可能なの?」
「かなり難しいとは思いますが、検査の厳しいところはなんらかの魔法で突破しているのかと」
「なるほどねー、そこはわかってないわけか」
レガールは意地の悪い笑みを浮かべた。
「本題はここからだ。その武器が、近いうちに大量に輸送される。これを叩けば、やつらの資金源を潰せる」
「正確な輸送ルートと日時は特定できてるアルか?」
「リツが調べた情報によれば、再来週の日曜日、イータル市北部の高速道路を通るようだ。正確な時間まではわからないが、ここまでわかっていれば充分襲撃できる」
「ちょ、ちょっと待ってください! 襲撃っていったって日曜日の高速道路ならそこそこに混雑してるはずです! そこで派手に戦えば、死人がでますよ!?」
みんな犯罪組織を壊滅させるため、という目的に惑わされ、周りが見えなくなってる気がする。
このままじゃ、自分たちが重罪を犯すようなことも、必要悪と言って実行してしまうのではないかという懸念を払拭しきれないほど、危険なものをみんなの顔に見た気がした。
「大丈夫だ。襲撃とは言っても、あくまで俺たちは騒ぎを起こすだけでいい。前回のように警察の捜査するきっかけを作ってやれば、武器は警察に押収され、キルケ壊滅のきっかけにできるだろう」
ゲンゾーさんは、落ち着いた様子でそう言った。だけど俺は、やっぱり安心できなかった。
「実行するのは、俺とレガール、それとメイファンだ。リツとリュートは待機していてくれ」
ゲンゾーさんは俺の胸中を知ってか知らずか、俺をメンバーから外した。
「とりあえず、前日になったらもう一度具体的な作戦を確認する。心の準備をしといてくれ」
メイファンは、足早に事務所を後にし、他のみんなもそれぞれ解散していった。
俺も事務所を出て、家路についた。
(なんかモヤモヤするな......。取り返しのつかないことになってからじゃ遅いんだ......)
みんなの判断が正しいのかわからない。確かにこれはまたとないチャンスかもしれない。リツさんもきっとこの情報を得るために少なからず危険を冒しただろう。
でもこのままでは取り返しのつかないことになる気がする。
夕暮れで赤く染まる町を少しうつむいて歩いていた。
人通りの少ないひっそりとした住宅街に入ったその時、後頭部に冷たい感触がした。
なんだろう、と思って振り向いて確認しようと少し首を回した時、その冷たい感触の正体を確信した。
拳銃だ。もちろん実際に触ったり見たりしたことは無いが、なぜか感覚的に確信した。
「動くんじゃねぇ、勝手に動くと頭の中のモン道路にぶちまけることになるぞ」
低く、迫力のある声。こいつは間違いなく本気だ。そう思った瞬間全身から汗が吹き出し、足がすくんだ。
「おとなしくしなさい。私の質問に偽りなく答えてくれれば、すぐ解放するわ」
前を見ると、そこにはいつの間にか女性が立っていた。
ゆっくりと顔を上げてその女性を見る。
その顔は、俺の高校にやってきた転校生の一人、エマだった。