危険で可憐な依頼人
「やあ、どうしたんだい? こんなところで」
坂本がこちらを向き、怪しげな笑みを浮かべて聞いてきた。
怪しげ、というように感じるのは、俺の先入観かもしれないが、裏の無い純粋な笑みというようにはどう見ても見えない。
「わざとらしいな、俺が来ることがわかってたんだろ? 俺が聞きたいこともわかってんだろうから、それにまずは答えてもらおうか」
少し強めの口調で言った。やつの不気味な雰囲気にのまれないためだ。
「一応僕、教師なんだけど......まぁいいや。簡潔に言うと僕の目的は君の監視さ」
「監視? なんで俺の監視なんてする必要がある?」
「君、昨日は大変だったみたいだねぇ。命懸けの戦いだったのはわかるけど、顔はちゃんと隠した方がいいよ」
昨日、刀使いとの戦闘の最中、顔を隠すため、深くかぶっていた帽子を、やつの死角を一瞬でも作り出すために投げてしまったのだ。その時はあまり深く考えていなかったが、あんなヤバイ奴に顔を見られてしまったというのは、今考えると結構危険だ。
「なんで俺が顔を隠してなかったってことがわかる? お前にそんなことわかるはずないだろ? そもそもあの組織は警察の捜査が入って、タダじゃ済まないはずだ」
坂本は、俺の言葉を聞くと急に笑い出した。
「......おっと失礼、まぁ僕の口からこれ以上説明することはできないよ。ただ一つ忠告だ。これからしばらくの間は、おとなしくしていることだね」
「おとなしく......? どういうことだ?」
「僕と一緒に入ってきた三人の転校生、彼らは僕とは関係ない。僕とは立場が違うってことだ。君は自分の想像以上に危機的状況に立たされていることを自覚するべきだ」
坂本の表情から怪しげな笑みが、消えた。
これは、冗談やハッタリではないということが、その表情に表れていた。
「それは、マズイことになったな......」
ゲンゾーさんが、アゴに手を当てながら唸った。
学校終わりに、俺は探偵事務所に寄っていた。もちろん、今日の事を報告するためだ。
「その坂本って人の真意がわからないな。君を監視することで彼に得があるのか?」
レガールも考え込んでいるようだ。
「それに、その転校生も気になりますね。ただの転校生ではない、と見て間違いなさそうですし」
「当分の間は、やつの言う通りおとなしくしておいた方がいいかもしれん。キルケのやつに顔を見られてるのは事実だしな。」
ゲンゾーさんの意見に、全員異論はなかった。
「そういうわけにもいかないアル」
突然、事務所のドアの方から声がした。
そこに立っていたのは、今日来た転校生の一人、メイファンだった。
「初めましてアル。私、メイファンいうネ。そっちの人はもう知ってるアルな」
メイファンは俺の方に視線を向けた。
ゲンゾーさん、レガールが同時に一歩前へ出た。
背中越しにもビリビリ伝わる緊張感。
突然現れた来訪者に、俺たちの警戒度は最大限まで高まる。
それは、メイファンも感じ取っているはずだが、彼女は愛嬌のある、このタイミングでは不気味にも感じる笑みを浮かべた。
「物騒なところアルな。ただ部屋に入っただけアル。そんなに警戒する必要ないネ」
「リュート、こいつがお前の言ってた転校生か?」
ゲンゾーさんが背中越しに聞く。さっきのメイファンの言動から直感したようだ
「もう私の話してたアルか。なら話が早いアル」
俺の代わりにメイファンが答えた。
「率直に言うアル。私と組んで、キルケを壊滅させて欲しいネ」
メイファンの口から出たのは、俺たち四人にとって全く予想外のものだった。
「お茶、飲まれますか?」
「ありがとうアル。いただくネ」
リツさんがメイファンの前にお茶を置いた。
「さて、じゃあ本題に入ろうか?」
ゲンゾーさんが、メイファンの座るソファーの机を挟んだ向かい側のソファーに深く座り込んで足を組んだ。
「あなた方がキルケのアジトの一つに潜入し、結果的に警察の介入するきっかけを作ったことは知ってるネ」
「......どうしてそれを知ってる?」
ゲンゾーさんは、目を見開いて前のめりになった。
「キルケの動きには、目を光らせているネ。あんな動きがあれば、さすがにわかるアル」
「......それで、俺に接触するために、うちに転校してきたのか?」
「いや、いくらなんでもそんなすぐには、手続きとかも終わらないアルよ。あの学校は、簡単に言うと、魔法使いを引きつけるような不思議な魔力を発してるアル。そこの生徒になれば、色々情報も入ると思って前々から準備してたアル」
「不思議な魔力......?」
リツさんが眉をひそめて首をかしげる。
「占いに近いもので調べた結果アル。何かあなた方に証明できるような根拠はないネ」
リツさんは、それを聞いて、納得したとも、していないともとれない微妙な表情になった。
「それで? 結局、用件はなんにゃぁ?」
レガールの語尾がまた緩んでいる。さっきまでの緊張感はすっかりないようだ。
「あなた方が潜入したアジトはキルケにとってそれほど重要拠点じゃないネ。やつらにとってはあのアジトを切り捨てればいいだけ。私の目的はキルケの壊滅、あなた方には、その協力を依頼したいネ」
メイファンの目には、堅い決意の色が宿っていた。
「依頼、ときたか。キルケの壊滅とは言っても、あの犯罪集団を壊滅させられるほどの力がこの小さな探偵事務所にあるとでも?」
「あなた方は、全員魔法使いアルな? これもさっき言った占いみたいな物で大体わかるアル。事情は知らないアルが、キルケに喧嘩を売ったのも事実アル。キルケと対立的な立場にあり、細かい説明も不要な、魔法使い集団として、手頃なのはあなた方アル」
「なるほど、警察や、政府公認の魔法組織なんかは、証拠無しには動かんからな。今回のことでもわかることだが」
ゲンゾーさんは、どうやら乗り気なようだ。
犯罪集団が自由にやってるなんて、ほっとけないような人だから仕方ないだろう。
「ちなみに聞きたいんだけど。お前と一緒に入った教師と、もう二人の転校生との関係は?」
俺の高校生活の安全を守るためにも、確認しておきたいことだ。
「さあ、まさか私の他にも転校生がいるなんて思ってもいなかったアル。でも、彼らもあの学校に集まって来たということは、きっとワケありアルな」
メイファンとは関係ない、ということは、他のやつらの目的はわからない。油断はできないな。
「具体的な依頼内容としては、キルケに関する情報収集の協力、壊滅に追い込めるほどの決定的な情報があればいいアルな。キルケには、多くの魔法使いが所属してるはずネ。私だけでは勝つことはできないネ」
「了解した。では、お互い有益な情報が入ったら共有しよう。より具体的な行動に関しては、その後ということで」
ゲンゾーさんとメイファンが、ガッチリと握手を交わした。
犯罪集団に立ち向かおう。という素晴らしい志を共有したということ自体はいいんだが、俺は坂本に言われたことが気になっていた。
やつは、おとなしくしていろと言った。あれはもしかしたら、この依頼がくることまで予測していたということだろうか。
だとしたら、この依頼を受けず、キルケに対して、これ以上行動を起こすな、という意味だろうか。
だが何故やつがそんなことを......?
暗闇の中でもがいているような不安を抱える中で、そんなに突き進んでもいいのだろうか。
考えていてもしょうがない事は事実だ。わからないなら動くしかない。それでも不安は拭えないまま、この依頼は成立した。