能天気な仕事仲間
日曜日になり、俺はゲンゾーさんに指示された公園に来ていた。
怪しい宗教団体、キルケの情報をさぐるため、ある人物とここで待ち合わせることになっている。
ゲンゾーさんの話によると、相当クセのある人物らしいのだが......。
「やあ、君がリュートかい?」
声をかけられた......と思ったが、あたりを見回しても誰もいない。
(なんだ......? 今確かに声が聞こえたと思ったんだが......)
そう思いつつ周囲を見回していると、また声がした。
「キョロキョロしないで、正面向いてそのまま聞いて」
やはり、気のせいではなく確かに声がする。
だが、周りには誰もいない。
「ゆっくり、後ろを振り向いて。そしたら正面に見える公衆トイレまでまっすぐ歩いて」
とりあえず、声の指示に従ってみることにした。
指示通り公衆トイレに向かう。
「そしたら、その公衆トイレの裏に来て」
指示通り公衆トイレの裏に行くと、そこには小柄で、全身黒の服装で身をつつんだ人がいた。
「やあ、君がリュートか。確かに写真通りだね。間違いなさそうだ」
「ってことは、あんたがレガールか?」
帽子を深くかぶっているので、顔はよく見えない。
だが、体格、声から考えて女性であることはわかった。
「まさか、女だとは思ってなかったよ」
レガールという名前の響きから、個人的には男っぽいイメージを想像していたので少し予想外だった。
「なに!? なんでわかったんだ?」
......全く予想外のことを言われた。
「......なんでって、見ればわかるだろ。声も誰が聞いたって女声だぞ」
「......しまった、声を変えるのを忘れてた」
なるほど、確かにクセのある人だ。
「さっき、俺に話しかけたのは、あんたの能力を使ったのか?」
「ああ、ボクの能力を説明するには、体験してもらうのが一番早いと思ってね」
そういうと、彼女は帽子を取った。
髪は短く、顔も中性的ではあるが、いくらなんでも男に間違えることはない。
「ホントは、男かと思わせといて、実は女でしたってのをやりたかったんだけど、バレてしまってはしょうがない」
なんだか、自分の緊張感がバカらしくなってきた。
この人と組んで、本当に大丈夫なんだろうかとだんだん不安になってきた。
「まぁ、とりあえず行こうか、歩きながら説明するよ」
レガールが、軽くスキップしながら進んでいくので、ため息をつきながら後に続いた。
「ボクの能力、偽りの噂 は、音を操る能力だ」
「音を操る?」
「そう、さっきみたいに特定の人にだけ音を伝えたり、騒音の中、特定の人の声だけを拾ったりすることができるんだ」
レガールは指でジェスチャーをしながら説明した。
「つまり、キルケのアジト内部で使えば、色々裏の事情が聞こえてくるんじゃないかってわけか」
「まぁそう、上手くはいかないだろうね」
俺を少しバカにするように、レガールは笑った。
「そんな都合よく、重要な話を盗み聞きできるなんてことはなかなかないだろ?」
確かにそうだ。
そう都合よく、そんな重要な会話をしている人物がいるとは思えない。
「つまり、結局は直接忍び込むしかないってわけさ。見えるか? あのビルが、キルケのアジトの一つだ」
俺たちのいるところから、道路を挟んで向い側に、昼間にもかかわらず、窓という窓はカーテンが閉められ、なんとも不気味な雰囲気漂うビルがある。
あれがキルケのここらでの活動拠点となっているビルだ。
「忍び込むって、どうするんだ?」
俺は、レガールに尋ねた。
「決まってるじゃないか。正面突破だよ」
「正面突破!? そんな無茶な!」
思わず大きい声で言ってしまった。
「しっ、冗談だよ。全く、声が大きいなぁ」
しまった、アジトの正面で、見回りのやつらもいると言うのに、こんな大きい声で喋ったらさすがに怪しまれたか......?
「ボクの偽りの噂 はこういう時も役に立つんだよ」
「......人の声を小さくすることもできるのか」
こんなことで気付かれなくて良かった、と心底ホッとした。
「音を操る魔法だからね、音の大小はもちろん、何もない場所から音を鳴らすこともできる」
「なるほど、確かに潜入とか情報収集する時には役に立ちそうな能力だ」
レガールが、チラリとこっちを見た。
「ちなみに、君の魔法は戦闘型なんだろ?」
「まあ、そうだな。俺の魔法は戦闘に向いてる」
「なら、作戦は決まったね」
レガールが、ニヤリと笑った。
嫌な予感しかしない。
「ひとまず、裏へ回ろうか。正面から入るのは厳しいだろうしね」
俺たちは、ビルの裏側へと回った。
「よし、見張りも特にはいないみたいだね。まさか忍び込まれるとは思ってないだろうし当然かな」
鉄製の分厚い扉のドアノブを回す。
そこそこの重量のある扉だったが、音もせずに開いた。
「よし、ボクがキルケの活動に関する情報を集めるから、君はその間に誰か来たらよろしく」
「よろしくって、戦えってことか?」
俺の中で、さっきまで薄まっていた緊張感がまた濃くなる。
「そうだ、顔を見られると色々厄介だろう。これを被ってるといいよ」
さっき、レガールが被っていた黒い帽子を渡された。
まぁ深くかぶればある程度顔も隠れるし、ないよりはマシか、と思い、帽子を被った。
「うん、あんまり似合ってないね」
レガールがヘラヘラ笑いながら言った。
「そんなこと言ってないで早く探してくれよ!」
さっきから、まったく緊張感のないレガールに向かって少し強めに言う。
「今、色々声を探ってるところだよ。このビルの中にいるのは、ボク達を除いて五、六人ってとこだね」
無駄口を叩きながらも、仕事はしていたようだ。
すでに、相手の人数まで把握していたとは、なんだかんだ言っても、なかなか仕事のできる人のようだ。
「おっと、活動報告書か......いいかもしれないね」
「なんだ? 何か掴んだのか?」
「3階の奥の部屋に、キルケの活動をまとめたデータがあるらしいよ。月に一度、活動の成果をまとめて本部に報告するみたいだ」
「それを入手できれば、キルケの実態を把握できるな」
「そうだね、じゃあ早速行こうか」
レガールは、まるで自分の家かのように、堂々と歩いていく。
「おい! そんな普通に歩いてって見つからないのかよ」
できるだけ小声で、レガールに話しかける。
「大丈夫だよ、足音も聞こえてるから、人が近くにいればすぐわかるよ」
そういって、レガールは、あちこち散らかっている薄暗い廊下をグングン進んでいく。
「ちょっ、置いてかないでくれよ!」
俺も慌てて後を追いかける。
階段を上がって、3階までやってきた。
「たぶん、この部屋だね」
少し広めの空間を抜けて細い廊下の奥に、それらしき部屋を見つけた。
「鍵とかかかってないのか?」
俺はあちこちで引っかけてきた、ホコリやらクモの巣やらを払いながら聞いた。
「うん、大丈夫みたいだね」
レガールは、なんの躊躇もなくドアノブを回し、扉を開けた。
部屋の中には、大きめのパソコンが一台置いてあった。
「これに色々データが入ってるってわけか」
「たぶんそうだと思うよ。ボクはこれのデータをコピーするから、君はその間、ボディーガードを頼むよ」
レガールは、さっさと作業を始めた。
3階は、階段を上がると広いホールに出て、その1番奥の廊下を真っ直ぐ行くと、この部屋がある、といった構造になっている。
構造上、この部屋に入るにはこの廊下を通らなければならないし、その手前には、ケンカするには充分すぎる広さのホールがある。
守りやすい構造ではあるが、本当に戦闘になったらと思うと、心臓がバクバク大きい音を立てて鳴る。
この音も、彼女には聴こえているのだろうか、だとすればなんだか悔しかった。
「.....うーーん、まずいね」
レガールが、こっちにも聞こえる声で言った。
「何人か、三階へ上がってくるよ。ここへ向かってるみたいだ」
「こ、ここへ!?」
戦闘は避けられない、そう思うと心臓が縮こまるような感覚がした。
「データのコピーまで、あと五分くらいかかりそうなんだ! それまでそいつらを足止めして!」
「五分か......魔法を使えば、素人相手ならなんとかなるな!」
俺は袖を肩までまくって、両方の拳を胸の前で合わせた。
階段を上がってきた、三人の男が、こちらに気づく。
彼らは即座に、状況を把握したらしく、各々ナイフや、金属バットなどを取り出し、構えた。
目を閉じ、深く息を吸い、ゆっくり吐く。
彼らはすぐには攻撃してこなかった。そして、目を開け、帽子を改めて深く被った。
魔法を使うのは、いつ以来だろう。ましてや、魔法での戦闘なんて、滅多にあることではない。
「鋼の精神 ......俺ならやれる!」
大きく目を見開いて、三人の敵を捉えた。