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吹き荒れる暴風と鳴り響く雷鳴

 満月の鈍い光が、真夜中の草原をぼんやりと照らす。

 その淡い光を頼りに、少年はただひたすらに駆けていた。

 少年は軍服らしき物に身を包み、顔には赤黒い泥がへばりついている。首からは双眼鏡をさげ、その手には小銃が握られている。

 少年は小高い丘の上にある、小さな岩の陰に滑り込み、乱れる呼吸を整えた。


 強い風が吹き付け、草木が大きく揺れる。

 岩陰から少しだけ顔をだして双眼鏡を覗き込んだ。


 その視線の先には、たくさんのテントが張られた野営地があった。

 その各所でチラチラと小さな光が動いているのが見える。

 夜中にも関わらず野営地は慌ただしい。闇の中にはうっすらと、戦車が並んでいるのが確認できる。


 それを見た少年は慌てたように立ち上がり、引き返そうとした。

 しかしその時、視界の端に映った奇妙な光景が彼を引き止めた。再び双眼鏡を覗きこむ。


 巨大ななにかが、野営地の奥で動いているのが見える。


 少年は目を凝らして闇夜にうごめく巨大な影を見つめた。

 彼は好奇心からこのような行動をとったわけではない。この野営地の動きを、些細なことであろうと確認して報告するのが彼の仕事であった。その役目を果たす上で、野営地奥の巨大な影の正体を突き止めることは重大な意味を持つ。


 ただの大木だろうか、それとも敵の未知の兵器か。この暗闇でその答えは出ない。


 その時、辺りが明るく照らされた。照明弾だ。

 野営地上空に小さな太陽にも見える光が輝く。


 なぜ自陣営の上で照明弾を撃つのか。これでは野営地の情報をこちらに教えているようなものだ。

 偵察に来ていることが悟られたのかもしれない。とっさにそう思った少年は岩影に顔を引っ込めようとした。


 だが、彼は次の瞬間大きく岩陰から身を乗り出していた。気が狂ったわけではない。さっきの影の正体がわかったからだ。


 巨大な動物だ。しかしゾウのように大きいが、ゴリラのように筋肉質な体格で、ヒトと同じように二本足で歩いている。あんな動物は見たことも聞いたこともない。


 野営地の戦車が動き始めた。その動物を取り囲むように展開していく。

 しかしその動物は、戦車の動きを明らかに認識していながら、ただじっとその場から動かない。


 知能は低いのかもしれない。正体はわからないが、すぐにでも戦車からの一斉砲撃が始まりそうな雰囲気だ。そうすればひとたまりもない。

 しかし、たかが動物にそこまでの攻撃を仕掛ける必要があるのか。ライフルを使えば一発だろうに。


 そう思っていると、辺り一面がほんの一瞬だけ真っ白な光に包まれた。

 あまりの眩しさに目をつむるが、再びまぶたを上げる頃には、動物を取り囲んでいた戦車隊は大きく変形して一台残らず火を吹いていた。


 雷だ。戦車隊の上に雷が落ちたのだ。

 偶然にも雷が落ち、全ての戦車を破壊したなんて考えられない。明らかに自然現象によるものではない。

 少年は最初は何が起こったのか理解できなかったが、すぐに直感した。


 これが『魔法』なのだ。この目で見るのは初めてだったが、そうでなければ説明がつかない。

 あの謎の動物は、魔法を使って戦車隊を退けてみせたのだ。


 ハッと我に返った少年は慌てて岩影に身を潜めた。もしやつと目があってしまえばここにも雷が落ちるかもしれない。


 冷たい岩を背にして、泥と混ざって流れ落ちる冷や汗を手の甲で拭い、報告のために戻ろうとした時、草原の中を1人の少女が歩いてくるのが見えた。

 見るからに幼く、なぜか着物を着た少女だ。こんなところにいる理由はわからないが、このままこっちに歩いてきたら、彼女まで危険にさらされてしまう。


 少年は姿勢をなるべく低くしながら、少女へと近づいた。生い茂る草に体が隠れて、気づかれずに進むことができた。


「おい、なんでこんなところにいる。こっちに来ては危険だぞ」


 少年は息を潜めていった。近くで見ると、その少女は少年より10は歳が下に見える。


 少女はただ少年をチラリと見ただけで何も言わずに通り過ぎていった。

 とても幼い少女とは思えないような冷たい表情をしていた。それ以上何も言えず、ただ少年は少女の背を見送った。




 すると今度は、立っていられないほどの凄まじい風が辺りに吹き付けた。

 その風はやがて渦を巻き始め、その中心にはあの少女がいた。


 その様子に気づかないはずはないだろう。

 獣の咆哮が草原を駆け巡る。少年はただならぬ危機感を感じ取った。


 そのあとはただひたすらに走った。後ろでどんな音が聞こえようと、振り向くことはできなかった。

 ただ、普通の人間には介入しようのない、次元の違う戦いが繰り広げられたであろうということは確信できた。




 拠点に戻った彼は、見たことを誰にも話さなかった。報告は、野営地には戦車隊が配備されていたということのみ。

 魔法使いのことは何も言わなかった。なぜ隠したのか、その理由はその少年にしか知り得ないことだ。


 そして戦いの結末は、その少年にも知り得ないことだ。

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