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僕の小さな成長

作者: 奈宮伊呂波

 大学生になって、はやくも半年が過ぎた。田舎の大学だ。田舎と言っても大学の周りを見渡せば、住宅街や小さな店などがあるので、この場合は都会ではないと言った意味合いを持った田舎のことを指している。学力は中の中、よくて中の上。平々凡々の学校だ。そこに通う僕もまた平凡な人間だ。


 僕が大学に慣れるまでそう時間はかからなかった。大学が高校までと違う点と言えば、完全な私服化とクラス分けがないのと、そして講義時間を自由に選べるといったことぐらいだ。細かく探し出せばまだまだ見つかるのだろうけど、大まかにはこれぐらいだ。

 私服化が大きな変化と問われればそれもまた一考してしまうが気にしないでおこう。


 入ってわかったのだが大学という場所は思ったほど楽しいものではない。クラス分けがないせいか、友達は出来にくいし、講義毎にクラス分けのようなものはあるが、どこか関係が薄っぺらい。そもそも今まで友達が多かったわけではなく、今でも会うのは片手で事が足りるほどだ。もしかすると友達があんまりいないのは僕に問題があるのかもしれない。


「食堂行こうぜ」


 二時限目の講義が終わり、隣に座っていた染川が僕に話しかけてきた。大学で出来た友達だ。友達ではあるのだが、残念なことに染川は最高につまらない人間だ。具体的にどうつまらないかというと、染川はゲームの話しかしないのだ。たまに単位のことだとかの会話もあるが、その話も驚くほどつまらない。そんな人間と一緒にいるのは、僕が孤独に耐えられないからだ。

 勘違いしないで欲しいが、染川以外にも数人友達はいるが履修の関係で、こいつと二人きりになってしまうことがある。一人きりでいるのは何となく不安で、仕方なくとは言わないが、染川といるしかない。


 誘われるがままに食堂に向かう。

 僕は母が作った弁当を持っているが、染川は食堂を律義に利用している。その資金源はコンビニのアルバイトだそうだ。アルバイトからしてもうすでにつまらなさが滲み出ている。ちなみに僕はアルバイトをしていない。前はしていたが合わなかったのですぐにやめてしまった。今通っている車の教習所が終わればまた始めるつもりだ。


 昼ご飯を、染川とくだらない雑談を交えつつ済ませると、食堂を出た。食堂の目の前にある五号館の中を通り抜け、その隣の十一号館へ入る。目的の階は四階だが、エレベーターの前に人が集っていたので諦めて階段を使うことにした。二階に上がったところで染川と別れる。次の講義はそれぞれ別の教室で行われるからだ。


「よっ」


 目的の教室に着くと井上が軽く僕に手を振った。それに気づいた中村が後ろを向いていた体をこちらに向け、挨拶代わりに手を翳す。僕もそれに軽く返し、機械に学生証を重ね出席の確認をした。四十人分の椅子が用意されている中、僕たちはいつも前の方の席を陣取っている。


 井上の隣の席に座ろうとするとき、一人の女の子が目に入った。後ろの方の席に座っていた。今までも何度か見たことがある茶髪の混じった女の子だ。名前も答えられない女の子だが、僕の見たところその女の子は可愛いと言える部類に入る女の子だった。告白されれば即オーケーするだろう。


 もちろん僕に限ってそんな超ラブコメめいたイベントは発生しない。世界は僕に厳しいのだ。

 それはともかくとして、何度か見たことがある程度のその女の子が僕の視界で特別目立った原因は女の子のそばに置いてある松葉杖の存在である。昨日まではそんなものを持っていなかった。松葉杖なのだから足を折ったのか、怪我をしたのかのどちらかだろう。

 後者であることを望むばかりだ。


 先生が来た。慌てて椅子に座り講義の準備を始める。


 例えば、僕が誰にでも気さくな人間ならば、女の子に松葉杖の原因をさりげなく聞き出し、それをきっかけに仲良くなり、ゆくゆくは付き合ったりしたりするのだろう。しかし、残念なことに僕にそんなことをやってみせる度胸はなかった。大学に入った今でも童貞を守り続けているのが何よりの証拠だ。

 誰か貰ってくれ。


 講義が終わり、女の子が出口に来るのを待っていようと画策するが、井上や中村が帰り始めたことで、それは中止せざるを得なくなった。 

 帰ると言っても、二人はそれぞれ部活があるようで、結局は一人になるのである。だから女の子を待っていることも出来なくはない。しかし、女の子は一人ではなく友達を三人ほど連れていたためとても話しかけることは出来ない。まあ、一人だったからと言っていけるわけではないが。


 家に帰り、風呂、晩御飯とやるべきことを終え、布団に入る。時間はすでに24時を回っていたが、全く眠れる気配がない。

 そのまま1時、2時とどんどん時間が過ぎていく。こういうことは頻繁にある。どれだけ目を瞑っても寝られないのだ。

 なぜこうも寝られないのか僕は考えた。

 疲れていないから。日々を過ごすにあたり、僕の生活には悩みという物がない。あるにはあるのだが、小さなものに思えて仕方がない。


 こういう時はネガティブな感情が頭の中から消えてくれない。眠れないのは、僕が日々に満足していないからではないのか、これが一番だと思っている。なんの刺激もない生活に僕は全く満たされていないのだ。

 どれだけ好きなゲームをしても、美味いものを食べても、友達と笑いあっても、オナニーをしても、残るのは虚無感だけだ。


 小学校、中学校の頃は毎日、馬鹿な友達と馬鹿なことをしていた気がする。高校に入ったころからすっかり刺激が薄くなってしまった。

 子供のころに戻りたい。そして、自分の現状を鑑みて自殺してしまうのもいいのではないのかと考えてしまう。

 くだらない、ともすれば嫌がらせともいえる父親の言動や、その父に逆らうことのできない母の二人を殺してしまうのもいいんじゃないかと思う。


 これは駄目だと、ネガティブな感情を無理やり払いのけようとする。携帯で、「人生 つまらない」と検索し、出てきたのはありきたりなものだった。この時点で僕の思考はネガティブにとらわれていることにすぐに気づいた。

 「物の見方を変えろ」「自分のしたいように生きる」「失敗を恐れない」「目標を持つ」などなど、何の参考にもならない。それができればこんなに悩んではいないのだ。

 一応、小説を書いたりしているが、まだどこにも応募できていない。短編ならまだいけるのだが、飽き性なのか本一冊分の世界を描く、という作業がだんだん苦痛になってくるのだ。


 そんなこんなで、もういいや、今日は徹夜だ、と諦めるといつの間にか寝ていたりする。ちらと携帯で時間を確認すると5時になっていた。いつもこんな感じだ。


 朝起きて、ご飯食べて、準備して、家を出た。駅に着くと赤い羽根募金をしているお姉さんがいた。関心はない。無視して、改札に向かう。


 電車、バス、そして学校に着いた。1時限目は体育だ。体を動かすのは好きだ。そのときだけは何の悩みも、不安もない。


 2時限目は、基礎ゼミだ。昨日も会った染川と同じゼミに所属している。そこから友人と呼ぶ関係になったのだ。しかし、その日染川は休みだった。病気か何か用事か、どうでもいい。


「おう。奈宮」


 僕の名前を呼んだのは同じゼミの松下。こいつは高校の時からの友達だ。どいつもこいつもつまらない人間の中、こいつは僕が面白いと思える数少ない人間だ。僕も大多数のつまらない人間だ。


 基礎ゼミが終わり、二人で食堂に向かう。すでに人でごった返していたが何とか席を見つけ鞄を置いて席をとる。今日の僕は弁当ではなく食堂を利用することにしている。松下もそのようで各々別のメニューを注文する。

 二人とも席に座り、いろいろと雑談しながら料理を口に運ぶ。

 うん、楽しい。やっぱりこいつは面白い奴だ。こいつといればどこにいても楽しいだろう。

 でも何だろう。どうしてこんなに僕は満たされていないのだろうか。

 松下は笑っていて、僕も笑っている。楽しいのには間違いはない。でもどうしてか、心のどこかで、不満を抱えている。


「どうした? ため息なんかついて」


 それは僕の態度にも出ていたようで、面白がるように松下は指摘した。

 ここで僕の抱えている悩みという物を、松下にぶつけてしまってもいいのか。こいつは僕の悩みを受け止め、真剣に考えてくれるのだろうか。

 そんなことを考えていると、よほど切羽詰まっている顔をしていたのか、松下が今度は怪訝な目で僕を見る。


「本当にどうした」


 もういっそ言ってしまえ。


「実は――」


 僕はここ数日、いや高校に入ってから数年,人生という物を全く楽しめていない。何をしても誰と話しても、全く満たされない。そんな内容のことを詳らかに松下に話した。


「――ふーむ」


「何?」


 わざとらしく腕を組み考える仕草を見せる松下に、僕は少し苛立った。


「いやね。俺もそんな時あったなーって思ってさ」


「なんだよそれ」


「いや、俺ってさ軽音部じゃん。なんでかってーと、俺は中学を卒業するあたりからお前と似たようなことを考えるようになったのよ。それで父さんに相談したところ、ギターを弾いてみろって言われてさ。それが始まり。高校に入って、軽音部に入った。それからは毎日、楽譜見て、音楽聞いて、じゃかじゃかギター鳴らして、歌って、たまに曲も作ったりしてさ、毎日楽しいわけよ」


「俺にもギターやれって?」


「そうじゃねえよ。でもな、俺でもその残念ネガティブ思考から抜け出せたんだ。俺に出来てお前に出来ないはずがない」


「そんなのお前だけだろ。僕みたいなやつのほとんどは人生を楽しめず、何のために生きてるのかもわからずに生きているんだよ」


「俺はお前ならできると思ってる。なら訊いてやるよ。お前という人間は、俺以下か? 人間としてお前は俺に劣っているのか? ほら、言ってみろ」


 めちゃくちゃだ。と僕は思った。筋道が立っていない。論理のろの字も見当たらない。もはや感情論でさえないじゃないか。そんな無責任な言葉誰にだって吐ける。


「そうだな」


「ほらほら」


 催促する松下の言葉に、僕の体温が上昇するのを感じた。松下に転がされているのを理解しながらも、僕はその気になる。


「僕がお前に、松下に劣ってるって? 馬鹿言ってんじゃねえよ。僕を誰だと思ってやがる!」


 でもそんなめちゃくちゃ理論が僕は嫌いではなかった。


「そうだよ。その気持ちだよ。ほら、いっちょ叫んでみろ。吹っ切れるかもよ」


 この食堂でか、と戸惑うが、にやける松下を見て、僕はすっかりその気になってしまった。

 僕は周りを見回した。どこを見ても人、人、人。大声で叫んだりしたら、イカレタ奴がいると好奇の視線が集まるに違いない。

 怖気付きそうになるのを抑え、椅子から立ち上がる。

 ごほんごほんと調子を確かめ、大きく息を吸う。そして、


「僕の、ばっかやろおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!!」


 叫んだ。大声で叫んだ。目の前にいるのはブルブルと笑いを堪える松下。そして食堂は静まり返る。誰もが僕を見ていた。予想通り、異常者でも見るような視線が僕に集まっている。この時、世界は僕を中心にしたのだ。どうだ、僕だってやればできるんだ。

 周りの視線はなんのその。僕は久しぶりに感じた満足感を胸に、再び椅子に座り、食べきっていない料理を食べる。


 しばらくして、食堂にまた喧噪が鳴り響いた。一部では僕の奇行を話題に笑いが広がっていた。


「くっくく、あっははは!!! 本当にやるのかよ! あはは!! お前もう本当に最高だよ!!!」


 そこまで来てようやく松下が再起動した。笑いを堪える時間が随分と長かった。


「ありがとな。松下」


 そう言うと松下は少し照れて、料理を食べだした。


 昼休みが終わり、次の講義へと向かう。次の講義は食堂の目と鼻の先の五号館の五階だ。結構な広さの講堂で行われる。

 松下と階段を上がって行くと、講堂の前で同じ講義を受けている面々が退屈そうにしている。なにやら使用中らしく、待ちぼうけているようだ。昼に何やってんだよ、と思いつつおとなしく待っていることにする。


 そこで、僕の目をくぎ付けにするものがあった。いや、人がいた。昨日の松葉杖を持っている女の子だ。歩きにくそうにしている女の子は適当な壁に凭れて休憩している。珍しく、今日は一人のようだ。


「ごめんちょっとトイレ」


 適当に松下から離れ、女の子の方へ向かう。気持ち悪がられるかもしれない。というかいきなり知らない男から話しかけられるのだから、気持ち悪がられるに決まっている。

 でも僕は、何か、特別なことをしてみたくなっているのだ。だから僕は行く。


「あの」


 女の子が振り向いた。茶髪がかった髪はさらさらとしていて、掴もうとしても掴めない気さえした。やはり女の子は僕好みで、ついドキリとしてしまった。


「足、怪我してるの?」


「うん。ちょっと階段で転んじゃって」


 一瞬、警戒したようだったが、女の子は素直に答えてくれた。あはは、と照れたように笑うその姿は、あまりに可憐で、さっきの松下とは大違いだった。


「そりゃ大変だ」


 おちゃらけて言うと女の子は、なにそれ、と笑った。


「突然なんだけど」


 僕がそう切り出すと、女の子は首を傾げた。その仕草がまた可愛かった。


「僕と付き合ってください」



  ◇ ◇ ◇



 講義が終わり、まず向かったのはトイレ。用を足すためではない。講義の中、なかなか流れた涙の跡を洗い流すためだ。

 そりゃあそうなるに決まっている。当たり前だ。大体可愛い女の子に彼氏がいないわけがないのだ。

 悔しくて、悲しいはずなのに、どこか僕は満足していた。振られると分かっていて、告白する少女漫画のヒロインの気持ちが少し僕にも分かった。僕の場合は振られるとは決まっていなかったけど。


 バスに乗り、電車を使い、地元の駅に着いた。

 改札を出て外に出ると、赤い羽根募金のお兄さんがいた。朝とは同じ人ではなかったけれど、今度は少し、興味があった。別に募金をすることで、平和に貢献した、だとかいいことをした、なんて自己満足に浸ることが目的ではない。

 ちまちまと何に使うわけでもないお金を持っている、つまらない自分とララバイするのが目的だ。

 鞄から財布を取り出し、小銭をかき集める。

 少し悩み、横開きの、お札の入っているポケットを広げる。アルバイトをしていない僕の財布はそれほど暖かかくなく、全部合わせても千円札が三枚ほどと、小銭が何百円かだけだった。

 それをまとめて手に取ろうとするが出来ない。お兄さんに近づき、箱を開けてもらう。

 戸惑うお兄さんを横目に僕のやるべきことはただ一つ。

 財布を逆さにし上下にシェイク。じゃらじゃら、ぱさ、と音が消えるのを確認し僕は満足した。

 そして、貰った赤い羽根を財布に張り付けた。


この小説はあまりにも僕の心象を吐露しているものなので知り合いや友達には見せられませんでした。

小説というよりエッセイのような気もしますが、僕は小説のつもりで書きました。

お楽しみいただけたら幸いです。

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