ながら族
『ながら族』
この言葉はすでに死語なのだろうか。
最近は聞いたことがない。
私の母は
『とにかくながら族はダメ、一つの事を集中してやりなさい』とよく言っていた。
『人の話をよく聞きなさい』とも。
死語かどうかを確かめるべく、ネットを覗く。
死語である、と言う説。
いまだ使っている説。
いろいろある。
『ながら族』の解釈も大きく分けて二通りある。
何かをしながらもう一つの事を出来る人。
何かをしながらでないともう一つの事が出来ない人。
似ているが違う。
ながら否定派の母を持つ私は、案の定『ながら作業』が出来ない。
いや、『聞く』以外であれば何とかなる。
走りながら歌う。
笑いながら怒る。
食べながら騒ぐ。
ビールを飲みながらワインも飲む。
・・・これは大丈夫。
『聞く』が入るともうダメだ。
ラジオを聴きながら勉強する。
テレビを付けたまま電話する。
会話のある部屋で読書する。
・・・全て不可。
高校生の時はラジオを聴きながら試験勉強をするのが流行っていた。
私も流行に乗るべくラジオをつけて机の前に座ってはいたが、座ってジッとラジオを聴いているだけ。
単語の一つも覚えられない。翌朝眠い。
そうやって試験前になると妙にラジオ番組に詳しくなる日々を過ごした。
社会人になり仕事先で電話を取るようなっても、目の前で誰かが話をしているとそちらを聞いてしまって電話越しの話が疎かになる。
話を聞きなさい、の教訓が生きている。
コーヒーを飲みながら読書したい、とカフェに入ってもしっかり歌詞が聞き取れるくらいの音量で音楽が流れていたらもうダメだ。
ただ音楽を聴いているだけだけの人になる。
『お勉強のできる子』は家のリビングで作られるらしい、と近年話題である。
一人部屋の静かな環境よりもワサワサした中で勉強する方が良いなんて、私には信じがたい。
しかしながら私の習性を考えると頷けるのである。
シンとした部屋で一つの事しか出来ない私に比べ、どんな環境下においても自分の力を発揮できるなんて、こんなに逞しいことはない。
何だってできるであろう。
うらやましい限り。
聖徳太子のように10人の話を同時に理解するほどにはならなくても良い。
せめて電話の度にテレビを消さなくても良いくらいにはなりたいと思う。
いや、なりたかった。
もう遅いけど。




