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千年記  作者: 佐久良 寝子
一ノ章 邂逅
8/8

 「成子君がうちに来るなら、やっぱり焼肉かなー。米焼酎に合うのは肉、そう、肉!思い切ってバーベキューしちゃおうか。シロ丸、お肉沢山食べられるよ、やったね!」


 ウルトラブルー色のトールワゴン、bBの車中で水桜はシロ丸に言った。

 声をかけられたシロ丸は後部席で「わふ!」と返事する。尾は相変わらずブンブンと元気よく動いている。


 恐らく冗談で「米焼酎持って来てあげるわ」と成子は言ったのだろう。だが、もはやその言葉は水桜に弄ばれ遂には「米焼酎を呑みながらバーベキュー」というところまで膨らんでいる。

 小雨が降る中鼻歌混じりに水桜は車を飛ばす。向かう先は山中に佇む洋館…科学者にして民俗学者、異色の経歴を持つ利田(りた)が住まう館だ。


 「辺鄙な街の更に辺鄙な所に居を構えるんだもんなあ。ウン、絵に描いたような変わり者だねえ」


 同じく絵に描いたような変わり者である水桜には、いくら利田といえどこうは言われたくはないだろう。


 「お、見えて来たね」


 一車走れるのがやっとやっとの細道が漸く開ける。


 木々が鬱蒼としげる中にある利田の研究棟。水桜は車を停め、目線を向ける。勿論其処には、昭和モダンを感じさせるレンガ造りの洋館が佇んでいた。




 -いつ見てもテニスデート帰りのカップルが迷い込んでホラーな目にあってしまうような洋館だ、と水桜は此処に来るたびいつも思うのであった。

 そして、今日の彼女はどんなコスプレをしているかな-とも。そしてまたまた、あんなセクシーかつ可愛らしい助手と二人きりなんて羨ましい、いや、けしからん!-との下心も働かせ。



 車から降り、後部席に居るシロ丸へ「ごめんねシロ丸、ちょっと待っててね。ホントにちょっと、ちょっとだけだから…いい子にしてるんだよ」と水桜は伝え、窓にへばりつくシロ丸の肉球を窓越しに撫でたのち洋館へと向かう。

 その出立ちは朱色の狩衣に緑色の狩袴。その姿は西洋の館と相性が良いとはいえない。

 オマケにこの神主は腰まで伸びる銀色の長髪を持っているのだ、もはやこの光景は『カオス』という言葉で片付ける他ない。



 軋む音をたてる木製の扉を開けると、待っていたのはメイドさん-のコスプレをした-(たちばな)由杏(ゆあん)だった。


 「ようこそ、お出で下さいました」


 ご主人さま、と由杏の科白に水桜は心の中で付け足した。


 この洋館のロビーとなる場所には天井に大きなシャンデリア、それに向かうように左右から伸びる階段、二階には趣を感じるステンドグラス。

 そしてシャンデリアの真下に存在する西洋の甲冑(この鎧、ひとりでに動き出したりしないだろうな?)と、この館に存在する何もかもが目前に立つ由杏の格好に説得力を持たせる。ますます、『ご主人様』と言わせたいという水桜の煩悩が疼く。全く以て『生臭』な神主様である。



 「由杏君、お出迎えありがとう。今日も素敵な衣装だね、似合っているよ凄く、ウン、凄く」

 「ありがとうございます」



 行儀よく礼をして、快活かつ清楚な頬笑みを水桜にお見舞いする由杏の姿は、ほのかな色香も感じさせる。前髪を綺麗に揃え、流れるようにサラサラと伸びる栗色の髪はボブカット。マスカラで太く伸ばしたまつ毛に縁どられた大きな瞳にスカイブルーのカラーコンタクトをして、メイド服に包まれたその身は健康的かつ肉感的。

 水桜は背徳感に気圧されないように、何とか己を保とうと言葉を紡ぐ。が、出てきた言葉は、


 「今日は何のキャラクターのコスチュームを着ているの?」


 という、字面だけ見たら変態オヤジの質問そのものであった。



 「ええとですね、穂積様はご存知ないかもしれませんが…これはメアリというキャラのお召し物でして」

 「ああ!知ってる知ってる!豪華客船のあれね」

 「ふふ、流石は穂積様、ゲーマーですものね。少々侮っていたかもしれません、ご無礼をどうかお許し下さいませ」



 由杏はいかにも嬉しそうにころころと笑う。どうやらこのやり取りは由杏と水桜の恒例行事となっているらしい。



 「お客人かな?」




 館のご主人様、利田明のお出ましである。


 由杏と水桜の視線の先に佇む男は黒のスーツを英国紳士風、ブリティッシュスタイルで着こなしている。その首には中世ヨーロッパの貴族を想起させるクラバット。髪はセンターで綺麗に分けられ、肩まで伸びている。きらりと光る目には知性を感じさせるスクエアフレームの眼鏡。水桜と目があったその刹那、利田は華麗に礼をした。


 由杏に負けず劣らずこの男もコスプレイヤーの魂を感じさせる、が、この様相はあくまで利田にとっての私服なのだ。だがこの洋館でそんな姿をされたら、吸血鬼としか思えない…といつも水桜は思うのであった。そして、負けてはいられない-何故なら利田君もまた美男なのだから-とも。




 「ようこそ、穂積君。メールには目を通したよ…遂に…」

 「始まったのです。利田君、君の尽力が必要なのです、どうか…」

 「心配せずとも、室長にこのお話を頂いた時からとうに決意は固めていましたよ」




 利田の言う『室長』とは神社丁特別室の長、(ムスビ)の事だ。


 水桜はムスビからこの科学者、また民俗学者である利田を紹介された。この館も研究費用も、ムスビがスポンサーとなり利田の活動を支えている。近くの大学(とは言っても車で一時間はかかるが)で教鞭を振るう教授ではあるが、半ば学者畑から追放された男-


 しかしムスビは見抜いた、この男の頭脳が『学者』と呼ばれる人種よりも遥かに優れて居る-天才-である事を。そしてムスビはこの舞台を用意した。


 そう、『来るべき時』の為に。

 そして、その時は来た。




 「では、研究室へ案内しよう」


 

 利田は眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。



-------------------------------------------------




 「ねえねえ、今日は何描いてるのかなっ。みーせーてー!」



 休み時間、前の席の親友と談笑している時、声をかけてきたのは千年世のクラスメイト、真名(マナ)…通称『マーニャ』だった。


 何処か気だるそうな声色を象徴にするように、彼女の容姿はおよそ女子中学生とは思えない色香を漂わせている。

 髪色戻しのヘアカラーを使ったのがバレバレな茶色がかった長い髪をツインテールにし、制服のスカートはミニ、爪にはホワイトグロスを塗り、そして明らかに-薄くではあるが-化粧をしている。


 机のノートをパタンと閉じ、頬杖をついて真名のマスカラ仕掛けな瞳を見詰めるのは千年世。こちらは真名とは対照的で化粧っ気ひとつないボーイッシュなタイプ。



 「マーニャ、ヘアカラーの色落ちて来てるよ。また先生に無理矢理髪色戻されるよ?ってか、髪痛むよ!まだ15なのにさあ…」

 「あー、コンドーセンセ?あんときゃマジでぶち殺したくなったよう。まあまだまだ大丈夫でしょーこのくらいなら黒髪でギリ!って、か、千年世、あたしまだ14だよん。年下!誕生日早いと損するね、せんぱいっ。キャハハ」



 無邪気に笑う真名は千年世の机に足を組み座り、片足をゆらゆらと揺らしている。


 真名の規格外のスカートの丈ではあわや下着が見えてしまいかねない。男子の視線がチラチラと真名の秘めたる場所に注がれているのを気づいているのか気づいていないのか定かではないが、真名は行儀を正そうとはしない。千年世は額に手をやり、ふう、と息を吐く。

 うふふ…と押し殺した笑い声は、同じく千年世の机に肘を付く女子のものだ。



 「また同じようなやり取りしてる…ふふっ、くっ、ぷぷ…」

 「ちょっとハル、そんなに笑うような事?こんの笑い上戸!」



 千年世はハルと呼んだ女子の額を軽くデコピンする。痛いよお、ふふっ、とまた笑いを押し殺すその女子は千年世とも真名ともまた違うタイプの、所謂田舎のJCのイメージを体現してるかのような大人しい-地味子-春衣(ハルイ)である。

 地味子とは言っても素直に『可愛い』と誰もが言ってしまうタイプ。おかっぱ頭に血色のよい肌、つぶらな瞳とふっくらした唇。その上優しく奥ゆかしい、大人の階段を昇る時が来たら良い女になるのは明白だろう。



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