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千年記  作者: 佐久良 寝子
零ノ章 戦人
5/8

5

***



 「まあた、ゲームオーバーかよおおおおおおおおおおおおお!!!」

 「あいたぁっ!」


 穂積家に怒声とも悲哀ともとれる叫びがこだました時、先ほどの戦闘で傷んだセーラー服を縫っていた千年世は驚きのあまり針を己が指に刺してしまった。


 ぷっくり膨れながら傷口に現れた血を眺めながら千年世は震える。こんな叫びが響く事は、『奴』が来てからの穂積家ではさして珍しい事ではないのだが、どうやら千年世の堪忍袋はまだ、切れたままらしい。


 怒りに打ち震えながら流れ出した血を舐めて、ゆっくりと立ち上がった時、


 「どうやって先に進めばいいんだ、これえ!」


 とまたもや轟く悲鳴。

 千年世はもう我慢ならないというばかりに自室の障子を激しく開け、音を立てながら階段を降りていく。


 向かう先は鬼がコントローラーを握っているであろう居間である。

 そう、薄型TVにドット絵を映した、スーパーファミコンのあの画面の前!…に居るはずの鬼は何故だかTVの後ろに陣取り何かを探っている。


 「こらあっ!リンナ!TV壊すんじゃないよ中には誰も入っていない!」


 千年世の怒号にリンナが反応する。スクリーンの後ろからひょいと顔を出し「だってよ、どうしたって勝てねえんだぜオカシイだろ!絶対この箱の中に(まじな)いの秘密が隠されてるとしか考えられんね!小娘!俺は!怒っている!」と憤慨した。



 4人のミニキャラクター達が仲良く揃って倒れている図に、『GAME OVER』の文字が書かれている。

 その画面の後ろから姿を現す鬼は、もはや鬼では無かった。

 いや、どうあがいてもリンナという生物は鬼なのだが、この姿を見て「鬼が現れたぞ!号令、号令だ。鐘を鳴らせい!」と叫ぶ者はいないだろう。



 金色に染まった短髪を逆立て、ライオンマークがプリントされたTシャツを雑に切りタンクトップ仕様にし、カーキ色のカーゴパンツを着た姿はとび職の兄ちゃん風である。

 いや、恐らくは新日本プロレスのTシャツだと思われるそれには、幾つもの安全ピンが刺されているからして、プロレス好きにしてパンク好きのとび職の兄ちゃん…といった所だろうか。少なくともちっとばかし個性的ではあるが、とても鬼には見えない。




 「あんたね、ゲームオーバーになったくらいでいちいち叫ぶんじゃないわよ!ああもう心臓に悪い!」

 「だから叫ばなくてもいいようにこの箱をちょっくら開けてみようとだな…」

 「こらあ!また新品買わせる気!?兄貴がマジ泣きするよ兄貴が泣くとホントめんどくさいんだからあっ!ちょっとリンナこっちに来なさい!」

 「何だあ!?小娘の癖に俺に指図する気かこの…」

 「いいから!」




 千年世はぴしりと言い放つ。今は千年世の形相の方がよっぽど鬼である。

 ゲーム機の前に正座し、TV画面を指差しながら「攻略法教えてあげる。いい?『この世』での生活と、ゲーム歴は、あんたよりあたしの方が先輩なんだからね!」と真っ直ぐにリンナを見据える。

 こちらもライオンマークがプリントされたTシャツに、チェックのボンデージパンツ。穂積家の趣向が伺える姿である。…恐らく水桜から伝播していったのだろう。




 「生意気言いやがってこの小娘があ」リンナは鼻を鳴らしながら千年世の横に片足をついて座る。「いいぜ、やってみな!俺が倒せなかった敵をお前が倒すだあ?百、いや千年早いね!」


 「もう聞き飽きたわよその科白…一体今まで何度手助けしてあげた事か」

 「あー、あー!聞こえねえ。さっさと始めるぞ」




 全くこの鬼は…と千年世はため息を吐いて、スーファミのリセットボタンを押す。

 恐らくは水桜のお古なのだろう、だいぶ年季もののようだ。いや、このご時世にスーファミ本体が動いている方が奇跡に近い事なので、年季もなにもないのだが。




 「レベル、ひっく!あんた鬼の癖にずっと雑魚戦逃げてたの!?」


 画面に映し出されるキャラのステータス画面を見ながら千年世は驚愕する。リンナは口を尖らせ、言う。


 「だってよ、先が気になって仕方ねえんだ。そういう気分になっちまったらもうお終ぇよ、戦うのが面倒くせえんだ」

 「あんたそれでも鬼!?逃げ続けたらそりゃボスで詰まるのは当たり前でしょ、人生と同じ…」

 「ハッ、生娘が人生を語るとはお笑いだね。それに、なんでこの俺が雑魚に付き合わないといけねえんだ?逃げてるんじゃねえ、付き合わないだけだ。これが世渡りってやつよ、解るか生娘ぇ!」

 「き、きむすめ…」




 千年世の頬は、恥ずかしさと怒りで真っ赤になっている。へつら笑いを浮かべるリンナに今にも殴りかからんとする千年世、そのシチュエーションに割って入ったのは犬の鳴き声である。


 「シロ丸!お買い物終わったの?よしよし」


 ブンブンと元気よく尻尾を振り千年世の胸で甘えるシロ丸の姿は、もうさっきの『山犬』ではなかった。千年世の赤く染まった頬を舐めまわす無邪気な犬の姿に、リンナは怪訝な顔をする。



-お前らは勝手だぜ、この犬っころに都合の良い時だけ俺の相棒『ヤツフサ』の魂を呼ぶんだ。



 シロ丸はリンナの横に行儀よく座り、じっとリンナを見つめている。リンナはフン、と鼻を鳴らしシロ丸から目を背ける。

 「帰ったよー、千年世、お兄ちゃんにお帰りの一言は?」爛々とした水桜の声を無視するように、「シロ丸、お帰り!」と言う千年世。水桜はやれやれ、と肩をすくめる。


 狩衣を脱いで、普段着を身に纏う水桜の姿はライオンマークTにダメージデニム。穂積家の趣向はやはり、この男から伝達されたものらしい。ロック、プロレス、サブカルというキーワードが、穂積家の3カ条なのだろうか。



 買い物袋を台所に置きながら水桜は言う。「代わりのリードがあって良かったよ、ほら、さっきちぎれただろう?急に巨大化するんだもんなあシロ丸は。あと十は用意しとかなきゃなあ、千年世の制服と同じに」

 「兄貴、買っといてくれたの?早く言ってよー、あたし、明日のガッコの為に裁縫してたんだよ」

 「裁縫も覚えておくことだね。少し位の破れなら新しいのおろさないから、練習しなさい」

 「はーい。了解だよ、兄貴」

 というか制服ってそんなに簡単に発注出来るものなのかなあ、と千年世は首を傾げる。その時、



 「あああああああ!また負けた!畜生があ!」とまた大きな叫び声。

 「やっぱり駄目だ!やっぱり無理だ!そうこの箱の中身を確認するまでは…」

 「ストップ、リンナ!諦めたら其処で試合終了!ってか何勝手に始めてんのよ」と、千年世は異議を唱えるようにTVの後ろへ移動しようとするリンナに人差し指を突きつける。


 「低レベルだってなんでもいいわ、このボス、このあたしが討ち取ってあげる!」鼓舞するようにシロ丸も、「ワン!」とひと吠え。リンナは鼻で笑い、またTVの前にどっかりと腰を下ろす。



 「やってみろ。もし討ち取れたら万歳三唱してやんぜ」

 「よし、まずは…この敵は地属性の強力な技を使うから…レビテトをかけておくの。そうして…」


 正座する千年世、あぐらをかくリンナ、真ん中にはシロ丸。

 畳を敷いた和室の中、TVの前に陣取った人間と鬼と犬。


 その様子を眺めて、水桜は優しい笑みを浮かべる。買い物袋から食材を取り出し、包丁片手に今日の夕飯の支度を始めながら、思う。



 有難う利田君、由杏君。君たちが開発した『時止(ときとめ)』の技術によって、何とか人目を免れ僕たちは(いくさ)へ向かう事が出来る。


 しかし…。

 手を止め、水桜は宙を泳ぐ。今日は被害者が出なくて済んだ。そう、今日は…。



 迅速に対応出来るようにはしているが、『悪路神(あくろじん)の火』はいつ灯るか解らない。被害者を出す事のないよう努めてはいるが、そう簡単には行かない。

 悪路神の火の利を挙げるなら、『火の灯っている間しか妖は行動出来ない』事だ。そして、モソヒ様が太古に行った封印の儀も、ヤワでは無かったという事。だから妖は少数精鋭でしか現れない。



 「うおお、勝てた!勝てた!今日だけはお前を尊敬してやってもいいぜ」

 「じゃあはい、約束通り万歳三唱。一人でね!」

 「ハッ、嬢ちゃんよお、約束には指切りが必要だ。俺はお前さんと契りなんて交わしてないぜ、まあそりゃ、そうか。生娘だもんなあ!ガハハ」

 「…こんの、セクハラ鬼があ!喰らえ、村正!」

 「いてえ!このやろ…クリーンヒットじゃねえか…」



 あの鬼…リンナの封印を解いたのが約、三週間前、か。

 きっかけはそう、あの事件だった。あの日は小雨が降っていたな…。



◎「村正」浴びせ蹴りのような型をしたプロレス技です。

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