4
***
「終わったようだね」
その言葉を発したのは神主水桜でもなく、科学者利田でもない。
変声期に入った頃を感じさせる色気と幼さ、そして何処か冷淡さも併せ持つその声の持ち主は黒衣に身を包んだ少年だった。その周りには何故か、幾多の蝶が舞っている。
その黒衣は少年の左目以外を総て隠すかのように纏われている。ちらりと覗くものがあるとするなら血色の悪い足だ。その足には派手な金色の装飾が施された膝当てが宛てがわれている。
黒衣が唯一隠していない左目は、巫女と鬼を遠くから見つめている。一本の筆で迷いなく描かれたような細く長い目は美しく、冷たい光を帯びている。
千年世たちの居る場所から数メートル離れた丘に佇み、誰に言うでもなく少年は呟く。
「ご苦労なことだね、鬼八。君はボク達の同胞では無かったのかい?ああ、そうだね、君は金を積まれボクの元へ来た傭兵であったね。懐かしいなあ、女と殺戮とその報酬にしか興味のない、欲深きものそして、情の欠片もない鬼よ…今度は何を積まれたんだい?アハハ…まさか、あの貧相な巫女かい?それじゃあとてもボクらを裏切る事と釣り合わないだろう!」
抑揚のない声から、少年の声はヒステリックなものへ一変する。
周囲を不規則に飛び回る蝶を一匹掴み、忌々しげに握りしめ投げ捨てる。ぐちゃぐちゃになった哀れな蝶は柔らかな羽根を散り散りにさせながら、音もなく地へ落ちる。それをまたトドメと言わんばかりに踏みにじる少年は、笑っている。さも愉快そうに「アハハ…」と。
「シャランよ、もう直ぐ悪路神の火が消える」
木立の影から女の声。モノクロの世界に合わせるようにこちらも全身を黒で覆っている。ただ、薄く形のいい上品さを感じる唇に塗られた真っ赤な紅は、モノクロの世界によく映えてもいる。
「つまらないなあ。今日の見世物小屋はもうお開きなの?ボクたちももう、消えちゃうの?ねえクロカサ、ボクは理不尽に思うよ。何故この世では、悪路神の火は『蟲』を流行らせないの?面白いと思うんだけどなあ、ふふ…急に人間共に虫の手足が生えて、瞳からは花が咲くんだ。美しい情景だよね、クロカサも勿論、そう思うよね?」
「…同意だが、今は邪魔が入る」
「ああ、あの『カガク』っていう呪いの事?『お蝶』の幻術は役に立っているけど、ボクは蝶が嫌いなんだ。こんなもの、何処がうつくしいのか」
さっきからシャランと呼ばれたこの少年は、蝶をちぎっては投げちぎっては投げを繰り返している。何がそんなに可笑しいのか、声を立てて笑いながら。
「だがお蝶の力がなければ、我らの存在は直ぐに感づかれる事だろう」
「あの白痴の女も少しは役に立つじゃない。ねえクロカサ、君たちはボクを裏切らない?…ボクを捨てたり、しない?跪けよ、クロカサ」
クロカサと言う名の影はすぐさまシャランの足元へ跪き、深々と頭を下げ言う。「勿論です。蟲の皇、シャランよ」
アハハハハ…狂った声はモノクロの世界を舞う。
「ぶち壊してあげるよ…何もかも。また会えるのを楽しみにしているよ、鬼八…いや、『リンナ』」
-ボクはずっと君と共に或るからね。
悪路神の火が消え徐々にこの世が時と色を取り戻していく中、シャランたちの姿も同様にこの世から消えた。幾多の色を持つ蝶の死骸を残して。