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千年記  作者: 佐久良 寝子
零ノ章 戦人
3/8

3

 「そりゃあ随分と、呆れるほどお綺麗な話だね」


 リンナは己の言葉通りに呆れたように嗤う。そして己の右腕を千切れる程強く噛み、血が滴る腕を餓鬼達へ向ける。「じゃあこっちはとっておきに醜い『お話』を紡ごうかね」と皮肉を言い放ち、リンナがグッと力を込めた時だった。


 「…ずっと聞こえてたわよ。役立たずで……悪かったわねえ!」


 千年世はそう叫ぶと、素早く立ち上がりシロ丸の背に乗る。餓鬼たちにやられボロボロになった紺のセーラー服に其処から滲む血と千年世の姿は何も変わらないように思えるが、さっきと違う点を一つあげるならば彼女の持つ無銘の刀である。

 …いや、今はもう無銘ではない。



 木花咲耶姫神-刀の柄にはそうしっかりと刻まれている。



 十匹は居るであろう餓鬼を蹴散らすように刀を振ると、硝煙と共に餓鬼達の体から薄桃色の桜の花びらが吹き出す。黒に染まった妖の姿を顕にするが如く、シロ丸の背に乗って縦横無尽に駆ける千年世は次々と餓鬼を蹴散らしていく。リンナは血の滴る腕をそのままに、無表情にその様子を見つめている。



 「炎の中であっても生命を産み落とした神…路傍にさまよう死霊に潔く散り際を与える事だろう。どうかそれが、桜のように美しく或るように。さて、遅くなって済まなかったね。…って君に謝る必要はないか」

 「解ってるじゃねぇか生臭」


 吐き捨てるように言うリンナに、水桜は苦笑い。「もう大丈夫だね。時間を気にする必要はもう、ないね。リンナ、共に残りの餓鬼を討伐してくれ。…お前なら一瞬で終わらせられるだろう、いや、『終わらせられた』と言うべきかな?」


 「生意気な奴ばかりだ、この世は」



 つまらないことこの上ないね。…こうすれば満足か?


 -千ノ大樹よ。

 

 とリンナは呟き、右腕を上げる。その腕が指す方向は、千年世が刀を振るっている空中。変わらず、桜の花びらは次々と溢れ出しては落ちる。 

 花びらが一つ、滴る血を拭うように舞いリンナの頬を撫でたその時、右腕は膨張し破裂する。腕の形を刹那失うが、直ぐに取り戻す。樹、という全く違う形になっているが。


 これが俺の『蟲』よ、とリンナは笑う。

 その笑みは何処か、空虚感も漂わせていた。


 樹は様々なヤドリギを持ってぐにゃりと曲がりながら千年世の方向へと伸びる。その道中オマケと言わんばかりに鋭く光るヤドリギ達が餓鬼を突き刺して回る。

 どうやらこの鬼が腕に宿した樹は、真っ直ぐに立つという事はなさそうだ。三つ編みのようにいくつもの枝が交わって出来たような樹はやがて、千年世に元へ辿りついた。千年世はそれに気付き、振り返る。「リンナ!」

 

 リンナは樹が届いた地点を起点に、ワイヤーロープを巻き上げるように自分の体を千年世の元へと向かわせる。自由自在に伸び縮みする樹は、また大きく弧を描く。


 リンナの腕から伸びる樹は、餓鬼の大群を一気になぎ払う。

 餓鬼のからだが散り散りになり、地へと落ちていくさまを見ながらリンナは千年世に向かって声を上げる。


 「おい!…巫女とやら、早く方を付けるぞ。俺は早くあのボスを倒して次に進みてぇんだ」

 シロ丸は近くにそびえ立つ木の枝に身を下ろし、その背に乗った千年世は宙を飛ぶリンナを見て笑う。「あの『中ボス』、まだ倒せてなかったの?」と余計な一言を付け加えながら。


 「じゃかあしいわ!行くぞ!」

 「言われなくとも!」


 餓鬼の数はもう残り三匹。


 同胞達が次々と討たれる様子を見て勝目はないと察したのか、黒く染まった影のようなからだをモノクロの世界に這わせ逃げようとしている。

 しかし、『時止』が施された世界に閉じ込められた時点で、もはや勝目など無かったのだ。少なくともこの、餓鬼と名付けられた妖には。


 「骨のある相手だったらちいとは楽しめたのかもしれねえ、だが今回も餓鬼とはな。この俺の前では赤子も同然よ」

 「なら何で早く方を付けなかったのよ」


 逃げ惑う餓鬼たちの元へ向かいながら、千年世はリンナに問う。この微笑が答えよ、と言わんばかりにリンナは口角を上げる。その嫌味な笑みを見て千年世はその意味を理解したのか、キッとリンナを睨みつける。

 

 「あんた、さてはあたしの無様な姿を楽しみにしていた訳?だからあたしと兄貴を引き離して…」

 「さあてね」リンナは樹に姿を変えた己の右腕に再び力を込めながら「おもしろきこともなき世をおもしろく、するのはほんの悪戯心ってな。まして、こんな雑魚共が相手とくりゃその心、肥大するばかりよ!」と叫んだ後宙で静止し、同じく肥大した右腕をぐにゃりと伸ばす。向かう先は勿論…。



 「千年世よ、いちいちあの鬼の悪たれに付き合うでない。終わらせるのだ…この忌々しい時間を」


 伸びるリンナの右腕を横に、シロ丸はヤドリギたちの間を縫うように飛びながら千年世に告げる。静止したリンナを睨み上げていた千年世は我に帰ったように目線を下へと向けた。「ごめんね、シロ丸。いつも面倒ばっかりかけちゃってさ…」

 「そう思う心が或るならば、強くなる事だ。…巫女よ」

 

 静かな声でそう諭したあと、シロ丸は鼓舞するように大きく吠えた。その雄叫びに応えるように、千年世の瞳と刀に炎が宿る。地上まであと数メートル。千年世はシロ丸の背から飛び、伸びる樹と共に地へと落ちていく。

 -これで終わりよ、餓鬼!


 樹木と化したリンナの腕が地面へとたどり着き、ヤドリギが餓鬼たちのからだに巻き付いてその自由を奪ったその刹那、振り下ろされる刀。炎を宿したその刀は一振りで、餓鬼たちを跡形もなく焼き尽くした。同時に現れた桜の花びらは、業火の中でも燃える事なく、美しく舞い散っていた。


 やがて太く長く伸びた樹木も姿を消す。「いってえなあ…火の加減ってヤツを覚えろよ。だからお前の作る飯はクソ不味いんだよ」と呟くリンナの右腕も元の姿を取り戻している。どうやら餓鬼と共にその腕に宿す樹も焼かれたらしい。まあ、いつものことだがよ…と、宙から千年世を見下ろしながらリンナは思う。


 -木花咲耶姫神-

 へたり込む千年世の側に転がる刀にはもうその刻印はなく、もとの姿-無銘の刀に戻っている。それは今日の(いくさ)の終わりを示していた。



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