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千年記  作者: 佐久良 寝子
零ノ章 戦人
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 「利田君!すっかり聞き忘れてた。ああもう、あの子ら僕を置いてっちゃったよ…」


 お間抜け極まりない神主は肩を落としながら両手で鈴を持ち、それに向かって訊く。


 「データの分析は終了しました。餓鬼(がき)の『(ぜろ)』です」

 

 帰って来た声の持ち主は利田の物では無かった。無機質さを感じさせるその声は彼女の物だ。「由杏(ゆあん)君?」

 「はい。利田は今戦闘データを集積しております。餓鬼の総数は五十、『時止』の世界の残り時間は十五分です。取り急ぎ」

 「ええっ、もう戦闘始めちゃってるの?」情けない声色と共にますます肩を落とす水桜。お姉さま方がこの、水桜という男の一面を目にしたら、同じく『がっかり』と肩を落とす事だろう。

しかしお間抜け、な部分は水桜という男の持つ一面に過ぎない。


 「残り時間、十五分ってちょっと短くない?」


 水桜は問う。通信相手は、由杏という名の利田の助手だ。

 今日もまた、利田の下でゴスロリ仕様のメイド服を着ているのだろうか。科学者でありながら民俗学者でもある、という異色の教授利田の一生徒であり助手であり-コスプレ女子である。


 「先日の餓鬼との戦闘のデータを解析した上で設定した時間です。しかも今回は『零』が相手です、穂積様方であればまず手こずる事はないかと…しかし」

 「千年世…ですか」

 「早急に向かって下さいませ。今の彼女には、水桜様のお力が必要なのです。…そうですね?」

 「了解した。協力ありがとう、由杏君」



 御幣を片手にスッと立ち上がった水桜の目線は、真っ直ぐに千年世たちが向かった方角へ伸びる。妖を瞳で捕えるかのような佇まいを感じさせるのは、伊達に千樹宮の神主を務めている訳ではないからだろう。

 それを証明するが如く、歩を進める水桜が囁くように綴る言葉は、まっさらな御幣に記されていく。ペンを持っている訳ではない。水桜が広げた御幣の紙に、実体を持たない言葉という概念が空を舞っては落ちて、姿を現す。



 -アメノコヤネの神よ、どうかあの子に-


 水桜はそう強く祈りを捧げ、一旦歩みを止める。見据える先は只一つ。


 時のない世界の制限時間はあと十五分。

 …急がなければ!



***



 「あっ、兄貴忘れて来た!」


 思わず漏れてしまった言葉に慌て、千年世は片手で口を抑える。


 しかし一番この言葉を聞かれたくない人、否、鬼の耳には届いてしまったようだ。リンナは間髪入れず千年世を見て、嗤う。千年世は口を抑えたまま、俯く。痛いところを突かれたのだろうか、少し震えている。

震える手に握られているのは無銘の刀…そう、まだ何の刻印もない刀だ。


 「はっ、巫女が聞いて呆れるね。兄貴が居ないと手も足も出せねぇってか?こいつを見てみな、オラァ!」


 千年世に見せつけるが如く、リンナは宙を自由自在に舞いながら餓鬼・零と『名付けられた』妖をその鋭く伸びる爪で切り裂いて行く。こいつら如きこの爪一つで十分よ、と言わんばかりに。


 火で打たれた刀のように熱い爪で裂かれた餓鬼達は、硝煙を残しながらモノクロの世界から次々と消えて行く。その硝煙も、やがては消えゆくのみ。リンナは餓鬼達が残した黒い煙がやがては消えるのを眺めながら、つまらねえ、などと思う。この戦いが始まってから、俺の体にゃ傷一つついてねぇ。…向こうの嬢ちゃんは別、だがな。


 群がった餓鬼の投げる石ころを無銘の刀で必死に跳ね返してはいるが、セーラー服は所々破れ、挙句血まで滲んでいる。

 向こう気の強い娘だ、とリンナは思う。わざわざ盾となってくれるであろうヤツフサ…シロ丸を別行動させ、たった一人で力のない刀を振り回すとは。あんな無銘の刀では、餓鬼に傷一つつけるどころか、精々向かってくる石ころを跳ね返すくらいのお役にしか立たない。


 もう何度目だ?こいつらとやりあうのは。理解している筈なのに引き下がりもしない。

 それは勇敢でも果敢でもなく、ただの愚行だ。


 相手が雑魚中の雑魚で良かったな、もし相手が別の蟲…妖であったならば、飛んでくるのは石ころじゃ済まない。炎でも飛んでくりゃお前も餓鬼達と同じく、この場所で硝煙と化してた所だ。


 …反吐が出るぜ。


 餓鬼の持つ影のようなからだは、モノクロに紛れるのにちょうどいい。蛍のように光るその瞳を見逃しさえしなければ、討つのは至極簡単な事だ。

 だが…あの娘にそれを見つける余裕などないだろう。闇から飛んでくる小石に反応するのがやっと、ってところか。


 まあ、どちらにせよ役たたずな巫女は手も足もだせん。


 「おい、シロ丸の野郎。小娘は放っておいて、さっさとヤッちまうぞ」


 リンナは苛立った様子で言い放つ。

 戦場での鬼は気が立っている。(いくさ)の場で足を引っ張る者があれば、さっさと捨て置くに限る。それなのに、何故。



 苛立ちの理由は他にもあった。それは餓鬼を食い荒らしながらもチラチラと千年世に目をやっているシロ丸の様子だ。

 大きな牙に餓鬼を突き刺したまま、大口を開けているシロ丸は瞳だけリンナに向けた。やがて、牙に突き刺さった餓鬼が煙と化した頃、食ってもいないのにペロリと舌なめずりをしながら、シロ丸はゆっくりとリンナに言った。



 「それは出来んな、相棒よ。まだ、奴が来ん」

 「奴?あの生臭の事か。知ったこっちゃねえよ」

 「リンナよ、妖とやらは…同胞の我らでは完全に浄化する事が出来ぬ」

 「浄化ぁ?知った事かよ。…ヤツフサよ。お前は本当に、俺の相棒だったあのヤツフサか?満足してる、ってのか?この役立たずのお守り役を買って出るっていうのかよ」


  

 「その名はもう遠い昔の事」シロ丸は今にも崩れ落ちようとする千年世の前へ風のような速さで移動し、容赦なく飛んでくる無数の小石をその大口で受け止め、ゴクリと飲み干す。餓鬼達が怯んだ、その刹那。

 


 「コノハナサクヤ、千の世の名を持つ娘に力を」



 御幣に書かれた祝詞がまばゆい光と共に宙に舞う。

 開放された言葉達は一つ一つ、シロ丸の後ろで倒れ込んでいるであろう千年世のからだへ舞い降りてゆく。シロ丸は光の中でニヤリと笑い、眉をひそめるリンナに言い放つ。


 「そして我らに浄化を与えるのも、またこの娘よ」



餓鬼(がき)

路傍に彷徨う亡霊。

腹をすかした人間に取り憑くとされる。

取り憑かれた人間はすぐに食べ物を食べなければならないとされる。

仏教において餓鬼道へ生まれ変わった亡者。



木花咲耶姫神(コノハナサクヤヒメノカミ)

美しさと儚さ、つよさを象徴する神とされる。


ニニギ神と結婚したコノハナサクヤは、一夜で妊娠する。ニニギ神は一夜で身ごもったコノハナサクヤに対し、「一夜で妊娠するのはおかしい」とし、自分の子であるかどうかを疑う。コノハナサクヤは疑いを晴らす為、出入り口を塞いだ産屋に火をつけ、燃え盛る炎の中で3人の子供を出産したという。

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