「想い」を「造る」者
この度は、この作品に目を止めてくださり、ありがとうございます。時間を見つけつつ、頑張って最後まで書きたいと思いますので、気が向いたときに目を通してくださると幸いです。今後、たくさんのキャラクターを出していく予定です。もし好きなキャラができたならば、応援してくださると嬉しいです。初投稿で至らぬ点も多々ありますが、よろしくお願いいたします。
夢のような、夢の話をしよう。
その日は、四月にしては春を忘れたかのような日差しだった。リクルートスーツと合わせて買った薄手のコートは結局右手のお荷物だ。東京のアスファルトの照り返しがこんなにも脅威だったとは、とスーツ姿の納戸善人は額の汗をハンカチで拭った。もう喉の渇きも限界に近付いていた。というのも、かれこれ同じ道を彷徨うこと三十分。どうにも目的地が見つからないのだ。納戸は上着のポケットからスマートフォンを取り出し、先刻のメールを確認する。
「from:野々宮 愛生 10時に事務所に来て下さい。新人は遅刻厳禁です。がんばれ」
まだ会ったことのない上司からの事務連絡。時計は三十分を残していた。
非常にまずい。何がまずいって、まず、入口が見つからない。事務所の?いやいや、「町」のだ。
新社会人、納戸がこの春見事採用されたのは、都内のある小さな町の事務員だった。どんな仕事かと問われると、非常に、とても、かなり難しいものである。本人もイマイチ理解ができていないため、説明はあとにしよう。納戸は、メールに添付された地図を眺める。自分の現在地は見事目的地の正面、に見えるのだが、彼の目前の景色はただ砂利が敷き詰められただけの駐車場だった。納戸は何度目かとなるため息をつく。その横を見慣れた引っ越し業者のトラックが通り過ぎる。そして駐車場に入って行くとそのまま、消えた。
「んん!?」
生来出したことのないような声がでた。すぐに我に返り、右手から落ちたコートを慌てて拾い上げる。
どういうことだろうか。昔みたSF映画のような現象が目の前で起きてしまった。納戸はずれた眼鏡を直しつつゆっくりと駐車場の入口に歩み寄る。そして、思い切って左足を蹴って飛び込んだ。
着地したのは、砂利ではなく土だった。二車線分の赤土の道。それが視界の先に永遠と伸びている。その脇には、これもまた永遠に広がる菜の花畑。
「すげぇ・・・」
御伽噺のような光景に思わず感嘆の声が漏れる。まるで夢のような世界がそこには広がっていた。ここが、彼が今日から暮らす町、「御坂町」だった。
事務所のドアが叩かれたのは十時になる二十秒前だった。野々宮は一度クスッと笑ってソファーから立ち上がり、ドアを開けた。
「どちら様でしょうか」
「ゼー、今日、ハー、から、お、世話に、ゼー、なりっます、ハー」
「ブハッ!」
野々宮は盛大に噴き出した。肩を震わせながら、ごめんごめんと笑い混じりに謝る野々宮に納戸は呆気にとられた。その額から汗が止めどなく流れ落ちる。
「あの、自分、新人の納戸といいます。えっと、野々宮さんは・・・」
「私、私!野々宮愛生です。よろしく!さ、入って入って!」
そう言って、野々宮は快活な笑顔で納戸を迎え入れた。
事務所は、予想以上にこじんまりとしていた。中心に向かい合わせにデスクが置かれ、奥の窓際には大きめのちゃぶ台を挟む形で二人掛けのソファーがふたつ置かれている。部屋の角には家庭用の冷蔵庫と電子レンジ。一方のデスクは作業のあとが見受けられるが、もう一方はとても綺麗に整頓されている様子から、こちらが納戸のデスクのようだ。奥のちゃぶ台に置かれたトランプ以外には特に気になることはない空間である。
野々宮に促されるまま、ソファーに座ると、野々宮は冷蔵庫からお茶を取り出し注いでくれた。冷蔵庫の中の大量の栄養ドリンクは見なかったことにしよう。お礼を言って、お茶に口をつけた。
「納戸くん、ここまで走ってきたんでしょ?若いね~」
「あはは・・・町の入口が中々見つけられなくて・・・」
「いや~きっとそうなると思ったんだけどね、とある奴がせっかくだからびっくりさせようって」
ごめんね~と手を合わせる野々宮は少々幼く見えた。事務所を見渡す限り、職員は納戸と野々宮の二人だけのようだ。こんな若者二人だけでやり繰りできるような業務なのだろうか。納戸はもう一口お茶を啜る。
「じゃあ、そろそろ仕事の話でもしよっか」
と言って、野々宮はコップをちゃぶ台に置いた。
「納戸くんさ、今まで『想造者』に会ったことある?」
「え?いや、ない、と思います」
「じゃあ、存在は知ってる?」
「はい、自分のイメージした物を具現化する力を持つ人、ですよね?」
「それ、面接のときに言われた台詞でしょ」
「う、そうです・・・」
納戸は図星を言い当てられ、言葉を詰まらせた。
「想造者」―――それは、自分の頭の中に思い描いた物を実際に物質として具現化する能力を持つ者のことである。現在、日本人の千人に一人はこの能力を有している、のだそうだ。
納戸は、この存在を面接官に聞かされるまで知らなかった。無論、知人にそのような人間はいなかったし、テレビや本でも見かけたこともなかった。そんな自分がなぜ面接に受かったのか、納戸には甚だ疑問である。とはいえ、この職に就いた以上、今後そのような人間と関わっていくのであろう。それは納戸にとって、不安でもあり、ほんの少しの興味でもあった。
「あの、」
と、今度は納戸の方から口を開く。
「その能力って具体的にはどのように使われているんですか?」
「またまた~白々しいな~」
「はい?」
野々宮は呆れ顔でソファーにもたれた。
「猛ダッシュしてきたせいで、何にも気づかなかったの?」
「え、っと・・・」
と、先ほどの一連の流れを思い返して、納戸はバッと勢いよく立ち上がった。そのまま横の窓を開ける。
窓の外に見えるのは、レンガ造りの道路に西洋風の家屋や店が並ぶ街並み。しかし、そこを歩く人々は紛れもなく自分と同じ日本人の顔である。東京なのに東京じゃない。納戸の目に改めて映った「御坂町」は、まるでファンタジーだった。
納戸は脱力してソファーに腰を落とす。頭の中で、信じられないという言葉が飛び交っている。
「この町は、全部想造者である領主の能力で作られてるの」
「・・・領主、ですか?」
「そう。この国には、こんな感じの想造者が作った町がざっと三十くらいあって、それぞれの町で一番能力の高い人が領主となって町を形成して、町民を統率する。何百年も前から続く日本の隠れた現実ってわけね」
野々宮はひと通り説明すると、わかった?と問うような視線を向けた。
「えっと、じゃあ、もしかしてここの町民って」
「大体想造者。全員じゃないけど。能力を持つ人間は殆どこうやって集まって生活してるから」
そこで、納戸はやっと合点がいった。今まで一度も能力者に会ったことがないのは、大多数の能力者はこのように外界と遮断された町に集中しているからだったのだ。この町の入口すら全く分からなかったのだ。自分のように、想造者のことも、町のことも知らない人間がいて当然である。
しかし、ひとつ疑問があった。
「でも、この職って公務員、ですよね?」
「うん」
「ということは、この町も政府公認ってことですよね。なのに、全く僕ら一般人がそのことを知らなかったっていうのも変な話なんじゃないかなって・・・」
その疑問を耳に、野々宮は静かにお茶を啜って、ちゃぶ台に置いた。後ろで一つに束ねた黒髪が風にふわりと揺れた。その空気に、納戸の背中を一筋の汗が伝う。
「あの、すみません、僕失礼なことでも」
ぱんっ!!
納戸の弁明は、野々宮の掌に遮られた。
「よし!気に入った!」
「え?」
「納戸くん」
野々宮は立ち上がって、改まったように言った。
「その答えは、またの機会に話すよ。けど、絶対、その質問忘れないでね」
そう言った彼女の目は、とても強い光を宿していた。
「よし!じゃあ、とりあえず先輩がお昼を奢ってあげよう!」
「え!?あの、野々宮さん!?」
「遠慮すんなって~」
野々宮は、納戸の右腕を掴んで立ち上がらせると、ドアに向かってずんずんと進んでいく。納戸は慌てて鞄を拾い上げた。
「あと、私のことは愛生って呼んで」
時計はまだ十時半を指していた。
納戸が連れて来られたのは、町の雰囲気から一線脱した蕎麦屋だった。愛生は天ぷら蕎麦、納戸は無難にざる蕎麦を注文した。二人で手を揃えて食べ始める。
「美味しいです!」
「でしょでしょ~!月に一度は来ないと落ち着かないんだよね、ここ」
そう言って、かぼちゃの天ぷらを頬張る。こう見ると、一見幼く見えるのだが果たして愛生は何歳なのだろうかと納戸はぼんやり考えていた。
「ねぇ、納戸くんはなんでここの面接受けたの?」
「正直なところ、どこでもいいから受かってくれって気持ちでした・・・すみません」
「あはは!そう言うと思ったよ!」
素直でよろしい!と愛生は蕎麦を啜る。というか、ペースが早い。愛生の前には既に海老の天ぷらしか残っていない。まだ十一時前だと言うのに、よほどお腹が空いていたのだろう。
「あの、今日仕事って・・・」
最後の海老天が消えた。
「あー、基本ここの仕事は『臨機応変』がモットーだから。今のところないかな」
「そうですか・・・じゃあ、あの、他の職員の人に挨拶とか・・・」
「いいよいいよ、急がなくて。どうせ仕事が入ったら嫌でも顔合わせるからさ」
そう言って、蕎麦湯を啜る。どんどん減っていく蕎麦湯と対象に納戸の不安はどんどん積もっていく。そして、根本的な質問を投げかける。
「仕事って何するんですか?」
「うーん、そうだねぇ・・・」
愛生は頬杖をついて、どこから説明しようかと思考を巡らす。
「納戸くんさ、何で想造者がこんな風に集まって暮らしてると思う?」
「え?な、何で・・・ですかね?」
「『力のある人間は過ちを起こしやすい』」
愛生は一瞬寂しげな目をして、呟いた。
「私の恩人が教えてくれたことなんだけどね、実は想造者って能力さえあれば何だって意のままに出来ちゃうんだよ。人助けも犯罪も世界征服も。どう思う?」
「どう思う・・・危ない、ですかね?」
「そ。だから想造者って世間からあんま良い目で見られてないわけ」
「だから、集まって身を守っているってことですか」
「さすがK大卒」
愛生はにやにやしながら納戸の肩を指でつつく。
「まぁそれは理由のひとつなんだけどね。それでは、我々の仕事は何でしょう?」
「え?」
まさか自分の問を投げ返されるとは思っていなかった納戸は、固まってしまう。目の前の愛生は面白そうな顔をしている。どうやら、暫くは本人に考えさせるつもりのようだ。納戸は諦めて考えを巡らせる。
そのとき、愛生のスマートフォンが鳴った。
「ターイムアップ!」
愛生はそう言って立ち上がると、
「仕事だよ」
と、楽しそうに言った。




