第三話 『魔物の急襲』
遅れました、すみません!
関所を抜けた数時間後。3人は馬車に乗り、見渡す限りまっすぐに伸びる街道を進んでいる。
「なんかさ、イメージと違わねえ?」
冒険、という言葉とは程遠く、馬車の座席に座っているだけでいるのは、確かに何だかイメージと違っているようにクロハにも感じられ、
「そうだな、やっぱり冒険ってのはさ――」
と自らの冒険観を語り始める。魔物や船旅、遺跡の話から始まり、有名な冒険者の英雄譚まで話が波及した辺りで、
「あーはいはい、ちょっとストップ、ストップ。クロハ、熱中しすぎだって」
レラに話を遮られても耳には入らず、ずっと話を続けていると、
「ねえ、聞こえてる?そろそろご飯にするから、ちょっと馬車停めない?…クロード、クロハ止めて」
「イエス、マム」
「――なんだ!これには実は後日談があっグフッ!」
唐突に腹部の辺りに衝撃を感じ、クロハは大きく咳き込む。
「すまんすまん、ちょっと強すぎたな」
と言いつつ、グーパンの構えでシャドーボクシング的な仕草をしながらニヤついた表情のクロードに、若干前のめりで衝撃を耐えつつ恨みを乗せた視線を返しておく。
「クロード、ありがと。でもちょっとは優しくしてあげなよ。その篭手つけっぱはちょっと…」
新品の金属製篭手に視線を向けつつ、若干引いている様子のレラに
「大丈夫大丈夫。元気な新人冒険者なら多分この位平気だって」
と軽く返すクロードに、
「くっそ、後でぜってー仕返ししてやる…」
顔をしかめながらも、しっかりと復讐の予告をしておく。
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「じゃあ、食事の準備すっか。クロード、飯できたら返事くれ。レラは食器の準備、俺は椅子とテーブル出しとくから」
「わかった」
「了解、マリーちゃんに鍛えられた俺の料理スキルを…ってクロハさん、俺だけ仕事量多すぎない?」
レラからは短く返答を、そしてクロードからは不服そうに反論される。そこは流れで騙されとけよ、と思いつつ、
「大丈夫だ。一人前の料理人さん?」
黒い笑顔を向けつつ、クロードが二の句をつげないでいる様子に、ささやかな復讐の完遂でさわやかな気持ちに包まれる。きっと今日の飯はいつもより格別だな、と割りと外道な事を思いつつも、言った言葉は全て本音だ。
クロードの料理が上手い、というのは、孤児院の皆、そしてレラからの共通認識だ。交代制でやっていた食事当番も、当番の人が都合がつかず参加できないときは、代打としてクロードが食事の準備をすることが多かった。まあ、そんなことを含みなしに素直に言おうものならクロードが調子に乗りそうなので、絶対に言ってやるつもりはないが。
それからクロハは机と椅子を運び出す、のだが、これが案外手こずってしまった。というのも、机と椅子を、荷台の奥のほうに積んでしまっていたからだ。ちょっとしたことだが痛い目を見たことで、クロハは机と椅子は手前側に、と心の中で留めておく。
クロハがようやく机と椅子を引きづり出し、手ごろな場所を見つけて並べきったころには、既に食事は出来上がっていた。
「えっ、早くないか?俺なんてまだ出し終わったばっかだぞ」
「まあ、保存食だから殆ど調理することもないんだよ。ちょっと火で炙って味付けしただけだからな、そりゃすぐに出来上がるよ」
「それでも、物出すだけの俺より早いと、流石に凹むわ…」
なんとなく、自分のプライドが傷つけられたような感覚にショックを受けるクロハだったが、ふとある事に気づき、
「そうだ、レラってどうしたんだ?」
と聞くが、クロードは若干驚いたような顔で
「え、そっち行ってなかったか?言われたとおり食器取りに行ってたはずだけど」
と返してくる。
「ちょっと確認してくるわ。クロード、すまんが盛り付け頼むわ」
「おう」
と気前よく承諾してくれるクロードを尻目に、クロハは荷台の積んである馬車のほうに戻る。馬車の方を覗き込むと、そこには…
荷物に押し潰されたレラが、荷台から足だけを出してバタバタさせていた。
その姿がちょっと面白かったので、少し放置しておきたい気持ちもあったが、流石に可哀想だったので、上の荷物を持ち上げ、引き上げてやる。
「ほら、大丈夫か、レラ」
「ありがと、クロハ。助かった…」
疲れて荒く息を吐きながらも、醜態を晒した恥ずかしさからか若干顔を赤らめながら、レラが感謝の念を伝えてくる。
「でも、どうしてああなったんだ?普通あんなことにならないだろ」
「それは、その…奥の方に食器入った木箱があったから、ちょっと手を伸ばせば届くかな、と…」
と面目なさそうに言ってくるレラに、クロハは、
(そういえばコイツ、人前だといい子してるけど身内じゃアホだったな…)
と感慨みたいに思い出す。
そのままクロハとレラは2人でクロードの元へ戻ると、手際よく作業を済ませ暇を持て余していたらしいクロードに、
「やっと帰ってきたか。ずいぶん遅かったな。何してたんだ?」
と聞かれ、
「し、食器出してただけだよ…ちょっと奥の方に箱あって、出すの遅れちゃっただけで」
そう誤魔化すレラとは対照的に、
「そうそう、無理してレラが荷物に潜り込んで箱取ろうとしてたから、荷物につぶさr」
レラに問答無用で口を抑え付けられ、
(いい!?このこと、クロードには絶対内緒にしといて)
と、小声でありながらすごい剣幕で迫ってこられ、それに圧倒されたクロハは、
(…ハイ)
と棒読みで答える他になかった。
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それから数日後。馬車の旅は特に何事もなく進み、3人はすっかりこの状態にも慣れきっていた。
「いやー、もう暇だな馬車は。馬賢すぎてちょっと辛くなるし」
関所で貸し出ししている馬は、驚くほどに従順だった。指示をすれば、どころか、放っておいてもしっかり街道を進んでくれるという、非の打ち所がなく優秀な馬だ。
交代でやっている馬の御者も殆ど指示する必要もなく、結構暇になる。なので結局みんな外を見ているくらいしかやることがなくなり、実質全員が見張りみたいな状態である。
「確かに…」
そのまま、街道は岩の多い丘陵部の合間を縫って進んでいく。
「でも、この街道も後2日も進めば、多分終わるんじゃないかな」
レラが街道周辺の地図片手に呟いた丁度その時。
クロードは、馬車の外、岩肌の陰が一瞬、きらりと光ったのを感じた。
「危険だ!姿勢下げろ!」
そう言ったクロードの言葉に、クロハとレラは反応ができず、
ーー重い衝撃が馬車の側面を襲った。
クロハは、馬車が横転していく様を、スローモーションのように見た。新たに床となった馬車の左側面に、受身をとって衝撃を和らげる。そしてその後すぐに、
「危ないから馬車から出て!」
とレラから警告を受ける。そのままクロードとレラは、
“軽業”と“同調”による“軽業”のコピーにより、超人的な動きで壁を蹴って外に出る。
クロハもそれに続き、懸垂の要領で馬車から脱出する。
馬車から出た3人は、岩陰に杖と剣、斧を持った魔物を目の当たりにする。
「初戦から武器持ったゴブリンか…しかも一体は杖持ち…恐らくさっきのは魔法か」
クロードは状況を即座に把握し、
「お前ら、怪我はないみたいだな。馬車が倒れちまってるから、馬車で逃げるのは無理だ。やれるか?」
「当たり前だろ?行くぞ!」
「うん!」
3人は、魔物の隊に向かって、突撃していった。
次回、戦闘会です。