19: 14の邂逅
一瞬、だった。
視界の隅を横切ったのは、懐かしい顔である。
もう、何年会っていない相手だろうか。
学生時代とは異なる制服を着たその姿を、思わず目で追っていた。
郷里の駅、その4番ホーム。
私は帰省先からこの日最後の便で自宅へと戻る予定だ。
「19:14」
ホームの電光掲示板が、現在の時刻を示していた。
(彼女は看護系に進んだはずだが、駅で一体何をしているのだろう)
何か黒い板を持っている。
その疑問は列車のドアが開いた瞬間、氷解した。
「どうぞこちらへ」
彼女が声をかけたのは、車いすの女性だ。
手慣れた手つきで誘導し、ドアの段差はいつの間にかスロープ状になっている。
あの黒い板が、その役目を担っていた。
彼女が女性を案内するのと入れ替わるように、私は車内へと足を運んだ。
元から声をかける時間も、そのつもりもなかった。
そもそも、向こうが私に気付いていたかも怪しい。
彼女とは高校時代に同じクラス、同じ部活だった。
特に深い仲であったということもない、ただそれだけの存在だ。
どちらも我が強い質だったから、むしろ口論になることも多かった。
取っ組み合いの喧嘩にこそ発展しなかったが、お互いに口汚く罵りあったものだ。
(元気そうで何よりだ)
思えば、私も彼女も遠いところまで来たものである。
列車の加速に合わせて、ホームが段々と小さくなっていく。
郷里の風も、匂いも、すべて遠ざかっていく。
この列車が終点につけば、またいつも通りの日常へと沈んでいくのだろう。
だが、一生懸命に働いていた彼女の様子を思い出すと、不思議とそれが嫌なことにも思えなかった。
――まぁ、悪くはないさ
そう、悪くはない。
いつもの景色に見送られ、いつもの日常へと還っていく。
たった数秒、19:14の邂逅。
それだけで、明日からまたがんばれる気がした。