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旅する画家は平穏に過ごしたい  作者: 白波
第1章 グラン島
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第5話 再び襲い掛かる異変

 シラーとアリアが路地裏でさまよった日の翌朝。

 昨日の反省を生かして、シラーとアリアは表通りにある定食屋で食事を済ませて早々に町を出ようとしていた。

 想定外のトラブルで一日時間を食われてしまったのでできるだけ早く移動しなければならない。


 そう考えていると、心なしかシラーの歩調は普段よりも少し早くなっていた。


「ねぇねぇってば」

「なによ」

「ねぇさっきもここ通らなかった?」

「いや、さすがにそれは気のせいでしょう」


 昨日とは違いここは人通りも多い表通りだ。

 ここならそうそう迷うことはないはずだ。とにかく、先を急がなければならない。


 しかしながら、この町は見た目の割に大きいようだ。


 どれだけ馬車で進んでも出口にたどり着く気配がない。

 そうしている間にも朝食をとった定食屋の前を再び通過する。


 どこもおかしくないはずだ。たぶん……おそらく、この町には同じ名前、見た目の定食屋がいくつかあるのだろう。そうに決まっている。


「ねぇやっぱり、さっきから同じ場所を……」

「それ以上言わないで」


 アリアが言わんとしていることはわかる。

 これは異常事態だといいたいのだと……しかし、町の人たちに混乱が見られない以上、その影響がどの程度のモノなのかはかり知ることはできない。

 だからこそ、冷静に現状を判断する必要がある。そして、なんとしてでもこの町には同じ名前、見た目の定食屋が複数あるだけで別に面倒ごとに巻き込まれたわけではないという結論を導き出さなければならない。


 そんな思いからシラーは注意深く周りを観察する。


 やはり、町の人々に混乱しているような様子は見られない。

 地図によれば、この町は東西を貫く街道と、そこを起点に細い血管のように張り巡らされた路地、それらの間にある複数の建物と、それらを囲むあまり高くない外壁から構成されている。

 なので道が環状線になっていて、ずっとグルグル回っているという線は薄い。


 そうなると、何かしらの要因から町の入り口と出口が繋がっているということだろうか?

 改めて町の様子を見ると、この国の首都を抱える島にあるとはいえど、この町の先には畑とシラーの家がある岬ぐらいしかなく、この町の自体、あまり外との交流があるように見えないので皆が事態に気づいていないのかもしれない。最初、シラーの家に向かったときは問題なく通り抜けられたので、問題が起きたのは数日前か昨日といったところだろうか?

 そもそも、この現象が本当に町全体に及んでいるのかと聞かれれば少し怪しい。


 仮に術者が町全体にではなく、シラーとアリアをはじめとした一部の人間にだけこの現象が発生するように仕組んだとすると、その人物たちを除いて混乱など起こるはずがない。

 それを見極めるためには町の人たちの動きを観察する必要があるが、現象の詳細がわからない以上はどこで観察していいかも定かではない。


 シラーは途中途中で拾っていた小石を一つ一つ地面へと落としながら歩いていく。


 これは自分たちが歩いてきた道だということを示す目印なのだが、普通の小石を置いてしまっては紛れてしまうので極力目立ちやすい形や色をした小石を選び抜いたのだ。それでも誰かにけられたりする可能性は否定できないが、道の端に置いているため全部が全部そうなるということはないはずだ。


 そうして歩いていき、もう一度同じ定食屋の前を通ると、やはり小石がおいてあることを確認できる。


 今度はシラーは逆向きに歩き始めて、小石をたどっていく。


 小石はしばらく道に置いていたあと、特定の地点から突然その姿を消した。


「なるほど。ここから、ループしているのね」


 彼女はそういいながらアリアとともにその場所を超える。

 しかし、そうしたところでこれといった変化は起こらない。


 通常通り、畑のある町の外の方へ向けて歩いて行ける。


「……私の仮説が間違っていた?」


 この現象は、同じ見た目、名前の定食屋が複数あるわけではなく、同じ道を何度のループしていたという証明になったのだが、これはこれで新しい謎を生む。

 町全体と思われていたその効果範囲。まずはこれから変わってくる。

 シラーは町の中心を基準に円形状の効果範囲を予想していたのだが、ループして飛ばされてきた地点を越えられた辺り、一定方向に向かう人間に対して効果が発動するもしくは、この道のこの場所だけ偶然、効力が途切れている。もしくは小石を置いたときのループと今回の移動の間で偶然、例の現象の効力がなくなったかのいずれかだろう。


 どんな理由にせよ、この町から出られたのは好機だ。


 あの町で厄介な現象が発生するのなら、町を避けるようなルートで目的地に向かえばいい。


 そう考えて、シラーは前に見たこの島の地図の記憶をたどり、最短ルーツかつ、この町を通らない経路を選び、それらをつないで目的地へと一本の線をつなげていく。


「アリア。ルート変更。町を避けていきましょう」

「なんで? 町に戻れば早いのに?」

「それでもよ。念には念を入れるべきでしょ」


 別にこの現象について調査する必要はない。

 だったら、もう一度これに巻き込まれる可能性を排除するためにこの町の外周を回るような形で通過すればいい。

 時間はかかるが、最悪野宿も可能だし、この町の中で永遠とさまようよりは確実にいいはずだ。


「まぁ遠回りだけど、仕方ないですね……」

「ねぇ誰と話しているの?」

「自分の心の中とよ」


 アリアが理解できないと首をかしげるが、シラーには関係のないことだ。

 必ずしも、彼女がすべてを理解している必要もないし、それをしようとするとどうしても手間がかかってしまう。

 だからこそ、目的地へ急ぐのならこれ以上の調査は望まずにさっさと先に進むことを考えた方がいいだろう。問題の解決などどこかの正義のヒーローがやれば十分な話だ。ヒーローになる気などさらさらないシラーがかかわるべき案件ではない。


 念には念を入れて、シラーは町から少し離れた場所を町の外周をずっと沿っていくような形で歩いていく。

 そうしている間におそらく、町の中心部への強制転移が行われていた地点を超えて、真っすぐと丘を歩き続ける。


「……どうやら問題なさそうね」


 かなり遠回りをしたせいか、野宿を覚悟しなければならないほど暗がりが現れ始めているが、あの町を出られたことは大きな成果だ。今夜は適当にテントでも張って体を休めればいいだろう。

 そう考えた矢先、シラーはふと周りの違和感に気が付いた。


 自分はたしかに草原を歩いていたはずだ。それも人通りが少なく、とても静かな場所である。


 しかし、先ほどからざわざわとざわめきが聞こえてくる。


 まさか。と思ったときには遅かった。

 気が付けば、シラーとアリアは再びあの町の中心部に戻されていて、耳から入ってくるざわめきと視界から入ってくる風景が一致する。

 夕食の時間を迎え、人であふれる食堂に今夜の宿を探す旅人、食材が入ったかごを片手に帰路を急ぐ女性や野菜を売り歩く行商人などの声や姿が重なって、シラーの目や耳にあの町の中に戻ってきたという事実をたたきつける。


「……どういうこと? どうして、なんで……はぁもう。なんで私の行く手を邪魔するの? まったくもって気に入らない」


 どこで間違えたのだろうか? あの草原はぎりぎり術の範囲が含まれていたのだろうか? シラーは姿の見えない術者に悪態をつきながら町の中を歩いていく。

 見覚えのありすぎる食堂の前を通過して、宿屋の前を通り、路地裏の入り口には入らずに人が溢れる大通りを歩いていく。


 人々の往来はどこまでもちゃんとあって、突然消えたりすることはない。


 しかし、気が付けばシラーは再び食堂の前を通り、宿屋の前に到達していた。


「なんなのよ!」


 柄にもなく、大声を張り上げる。

 その声に驚いたのか、何人かがシラーの方を振り向くが、関わりたくないと考えたのか足早にその場から立ち去っていく。


「……大丈夫?」

「……えぇ。大丈夫よ。うん。大丈夫。こうなったら、私の邪魔をした罰として徹底的につぶしてあげる。粉々にして、真っ赤な絵の具にしてやるわ」

「…………なんかこわい」


 アリアのつぶやきなど耳に入っていないシラーはそのまま町の出口の方へ向けて歩き出す。

 先ほどヒーローになるつもりはないから、調査はしないと決めたばかりだが、自らの腹の虫を治めるために今回の案件は速攻でけりをつけて、目的地へ向かわなければならない。


 下らない悪戯をしている犯人を特定するためにまずはこの現象について詳しく知る必要がある。


 シラーからにじみ出る殺気に近い何かにおびえるアリアもまた、怖いもの見たさでシラーの後ろを静かに歩く。

 子供の好奇心というのは総じて底を知らないもので、周りの大人たちがシラーを避けて歩き中、アリアだけはコガモのようにシラーの後ろをちょこちょこと歩いていく。


「これからどこに行くの?」

「ん? 私たちがなんでこの町から出られないか元凶を調べるのよ。ついでにその元凶を抹殺ね」

「そうなんだ。でも、人殺しはよくないよ?」

「何を言っているの? ばれなきゃ犯罪じゃないのよ」


 子供相手にかなり物騒なことを言っている気がするが、それでアリアがどう感じようとシラーには関係ない。

 シラーはシラーであり、アリアはアリアだ。どこまで行ってもただの他人で、偶然一緒に旅をするだけの間柄だ。もっとも、気にかけている存在であることは認めざるを得ないのだが……


「それにしても、どういう状態でしょうかね……この現象は……」


 歩きながらシラーは状況を整理していく。

 町から首都の方へと向かうと、町の中心部付近に戻される。しかし、その逆に歩くとその現象は起こらない。

 これから何度か検証してみるが、ループが起こった際に戻ってくる場所についてはほぼ確定事項とみてもいいだろう。


 そうして歩いているうちに町の中心部を通過して、町の反対側へと到達する。


 試しにそこで踵を返して町の中心部からもともといた方へと戻ってみるが、それも問題なく成し遂げることができた。

 でも、やはり宿屋の向こうにある路地裏の入り口を過ぎたあたりで町の入り口へと戻されてしまう。


 これは一体どういうことなのだろうか?


 効果範囲は? 効果対象は? 術者の狙いは?


 すべてが謎だ。おそらく、町の外に出られたことから術者の狙いは対象を町の中に閉じ込めることではない。

 考えられる可能性としては町の外のあるいていた範囲も効果対象内であったという可能性、もしくは対象を外に出さないではなく、対象を中に入れないというたぐいの効果である可能性。

 一種の人払いのようなもので周りにいる人間が効果範囲に入ろうとすると、あらかじめ決められていた地点へと強制転移させられるという術があるという話をどこかで聞いたことがある気がする。


 これの効果範囲を動かすことにより、触れた場所によりある程度転移先を選ぶことができ、上級者になると、それを事細かに設定できて、ちょっとした場所の違いで違う場所に飛ばされるという可能性もあり得るのだという。

 実際にこのような現象を目の当たりにするのは初めてなので、それが原因だと断定はできないが、その術が使われている可能性については十分考慮するべきだろう。

 そうなると、今度は何を隠そうとしているのか。という点に思考が移る。


 試しに町の地図を見てみるが、その先にあるのは単なる住宅街で特別何かがあるわけではない。

 だとすれば、なぜわざわざそんなものを使ったのだろうか? 仮に住宅の中で秘密の会談だったり、たくらみをしていたとしても、こういったことをすると余計に不自然さが際立つので何かをやっているとアピールしているような状態になってしまう。

 そうなると、次に考えられる可能性は特定の人物のみが効果を受けない、もしくは特定の人物だけが効果対象となっている可能性だ。


 町の住民たちに混乱は見られないし、見る限り普段通りに過ごしているように見える。

 そうなると、少なくともこの町の住民は影響を受けていない可能性が高い。現に町の中心部に何度も現れる自分たちに対して、何か奇異の視線が向けられるということはなかったからだ。仮に町の住民にまで影響が及んでいれば、人々がそれなりの反応をしていないというのはおかしい。逆説的に考えて、この現象が日常化していて、人々が鳴れているだけという可能性もあるが、その可能性はとっくの昔に排除しているので改めて考える必要はないだろう。


 そんなことを考えている間にも例の地点まで戻ってくる。


「……今度は少しずれたところを狙ってみましょうか……」


 路地裏に入れば、おそらく飛ばされる先は路地裏のどこかということなのだろう。

 時間が遅いということもあり、それはあまり推奨された行動ではない。なら、どうするかと聞かれれば先ほどまでずっと、道の右の端付近を歩いていたのを反対側の端でやったらどうなるのかという検証だ。


 シラーはアリアを連れて道の左端……先ほどの草原がある側に寄ってからループ開始地点へと歩み出る。


「あれ?」


 しかし、町の中央付近へ飛ばされるという予想に反して、シラーはそのまま進めてしまった。

 この道の右端と左端で何か違うのだろうか?


 そう考えた矢先、シラーの姿は町の中央付近にあった。


「なるほど……やっぱり、効果範囲は円形なのね。まぁそうじゃない可能性も否定しないけれど」

「えっと、どういうことなの?」

「草原と町の中、道の右端と左端……それぞれで飛ばされる場所が微妙にずれていたでしょう? これが仮に直線や四角のどこかに触れたら飛ばされるのだったら、草原も町も横並びになるか、町の中でも右端と左端が横並びの位置でないとおかしいのよ。あの微妙なずれは間違いなく円形を伴っているという証拠よ。まぁでも、今夜はもう遅いし続きはまた明日にしましょうか」

「うん」


 いつの間にかたくさんの人が行きかっていた通りは徐々に人通りが少なくなり、天高く昇った二つの月だけが通りを照らしている。

 もしかしたら宿屋の主人はもう寝てしまっているかもしれないが、それならそれで別の寝床を探せばいい。


 シラーはそんなことを考えながら、闇夜の町を歩いていく。


 いつの間にか、元気だったアリアはとても眠そうに瞼をこすっている。


「はぁ仕方ないわね……」


 こればかりはこんな時間まで彼女を付き合わせた自分が悪いと思いながらも宿から遠いので彼女をすぐに寝かすことはできない。

 なのでシラーはアリアの目の前に背中を向けて腰を下ろした。


「どうしたの?」

「どうしたのじゃないわよ。ほら、おぶってあげるから」

「……ありがとう」


 アリアは素直にシラーの背中にしがみつく。

 そのころになると、シラーは随分と落ち着いていて、どちらかというと今回の現象に対する興味がわいてきた。


 シラーは背中にアリアの暖かさを感じながら、先ほどとは違う笑みを浮かべて、夜の町の中に消えていった。

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