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旅する画家は平穏に過ごしたい  作者: 白波
第1章 グラン島
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第4話 路地裏で迷子

 シラーが新居を発った翌日。

 彼女は予定通りの時間に目を覚まして体を起こした。


 横ではアリアがいまだに寝息を立てている。


 一瞬、彼女を起こそうかとも考えたが、あまりにも幸せそうに寝ているのでそっとしておくことにした。


 シラーはゆっくりと体を伸ばし、ベッドっから降りる。

 ちょうど朝食の時間だからか、廊下がにわかに騒がしくなり始めた。


 廊下から聞こえてくる声を聞きながらシラーは画材セットに手を伸ばす。


 普段、人物画を描くことはないのだが、彼女の表情を見ていたら、なんだか彼女の表情を描いてみたくなったのだ。

 幸せそうに眠るアリアは無垢そのもので、この世のありとあらゆる汚い存在から切り離された天使のようにも見える。


 シラーはそれを再現するためにできるだけ柔らかいタッチで描いていく。


 学校になど行ったことないから、絵の描き方もすべて自分で必死になって覚えたものでこれに対してはこうするべきだとか、こういう色の組み合わせが美しいとかそういう知識はなく、もちろん人物画をちゃんと描くための知識もない。

 それでも、筆さえ手に取れば絵を描くことは誰でもできる。


 それがうまいか下手かなんて関係ない。自分がいいと思えば、それがいい作品だ。他人が何を言おうとも関係ない。

 描きたいときに描いたい絵を描く。それがシラーのスタンスだ。


 たとえ、お金を稼がなくても暮らしていけるシラーだからこその思考ともいえるだろう。

 いくら、自分が好きに絵を描いているといっても生活するためにはお金がいる。そのためには自身の時間を削って働いたり、もしくは描いた絵を売る必要があるだろう。

 本当の意味でやりたいことだけをやって暮らせる人間などほんの一握りしかいない。


 もっとも、シラー自身。本当の意味でそちらの方にいる人間などいないし、自分自身もそうではないと思っている。

 今、この宿に泊まるために払っているお金は新居を購入するにあたり、手にした差額が元手であり、それが尽きれば今度は雨風をしのげそうな小屋の絵でもかいて野宿に近いことをし始めるのが目に見える。


 まぁ自分はそれでもかまわないのだが、人を連れていくとなると多少は考えないといけないかもしれない。

 つくづく、なんで自分はこんな少女を連れて旅に出て、しかも彼女ののんきな寝顔をキャンバスの中に収めているのだろうか?


 そんな疑問とは別に手はしっかりと動かしているので下書きはすでに終わり、少しずつ絵を形にしていく。


 そうしている間にそれなりに時間が経っているはずなのだが、アリアが起きる気配はない。

 だからこそ、シラーは好都合だといわんばかりに絵を描き続ける。


 やがて、完成した絵は当初目指していた通り、優しいタッチで描かれたアリアの寝顔がきれいに描かれていた。


 絵を描き終わったシラーはそれに布をかぶせて、アリアを起こし始める。


「ほら、いつまで寝てるの? そろそろ起きてくれないと追加料金が発生するから迷惑なのだけど」

「んーあと五十分……」

「そんなに待てないから起こしているの。もう昼になるわよ」


 そういいながら体を揺すってみれば、彼女はようやく思いまぶたを開けて目を覚ます。


「そうそんな時間?」

「そうよ。ほら、出発するわよ」

「えーもう? 朝ご飯は?」

「もうとっくに終わったわよ。ほら、町でパンか何か買ってあげるから我慢しなさい」


 シラーがそういうと、眠そうだというオーラが全開だったアリアの目はきっちりと開かれ、きらきらとした輝きを抱き始める。


「うん! 行く行く! 早く行こ! すぐ行こ!」


 先ほどまでもう少し寝ていたいといっていた少女と同一人物なのかと疑いたくなるレベルでの変化にシラーはついていけないとため息をつく。

 この切り替えの早さは子供独特のモノなのかもしれない。


 シラーは宿屋の主人が追加料金を請求する前に部屋を出ようと準備を始める。

 昼間ではあとに十分ほどあるはずだから、荷物をまとめて出ていくには十分な時間があるはずだ。


「ほら、アリア。早く着替えて頂戴!」


 ただ一つ。不確定要素(アリア)が予想外の動きをしなければという但し書きを加えればである。

 彼女はのそのそと着替えをしながら、大きく欠伸をする。


 先ほど、一瞬元気になったものの結局眠いものは眠いらしい。

 どうして、昼過ぎまで寝ていたにもかかわらずまだ眠気が残っているのか疑問だが、子供の彼女にしては昨日の旅は疲れたのかもしれないと結論付ける。

 もっとも、これから先もこの調子だと目的地に到達するまでかなりの時間を食ってしまうので明日以降はちゃんと早起きをしてもらわなければ困るのだが……


 シラーはどうしたものかと頭を悩ませながら、ため息をつく。


 その間も手だけはちゃんと動いていて、先ほど描いた絵と画材道具をきれいに片づけてベッドも元会った通りに直しておいた。


「さて、それじゃ行くわよ」

「はーい……」


 眠気のためか、若干元気のないアリアの声を聞きながらシラーは扉を開く。


 幸いにもまだ宿屋の主人は料金の取り立てには来ていない。


 シラーはそそくさと扉を閉め、一階にあるカウンターに鍵を置く。


「ありがとうございました。鍵はここに置いておきますよ!」

「はい。どうもありがとうございました!」


 宿屋の主人のあいさつを背中で聞きながらシラーとアリアは宿屋を後にする。

 すでに太陽が高く昇っているということも有り、町は活気づいていてあちらこちらから人々の声が聞こえてくる。

 ちょうど昼食時だからか、宿屋の近くにある食堂には列ができていてたくさんの人が順番を待っている。おそらく、町の中で人気の店なのだろう。


 シラーはこんなところに並んでいられないと表通りを避けて裏通りに入る。

 表通りに比べると雰囲気は悪く、人通りも少ないが多少襲われた程度なら何とかできるし、むしろこっちの方が安く食料品が買えそうだという判断の元での行動だ。

 悲しいことに普段から買い物というものをあまりしないシラーにはこんなところに普通は店など出ていないという当たり前の常識が欠如していた。そして、それに対して同行するアリアは何も言わない。


 その理由は定かではないが、その事実が余計にシラーの見当違いな予測を確信へと変えていく。


「うんうん。たまには描いてばかりではなく、ちゃんと店で買うことも必要だな」


 自分の考えに必要以上の自信を持ったシラーはそんなことを言いながらうんうんと満足そうにうなづく。

 彼女はそのままずんずんと裏通りを進んでいった。




 *




 裏通りに入ってから約数十分。

 シラーとアリアはいまだに裏通りをさまよっていた。


 とりあえず、当初の目的である激安のパンは買えたのだが、今度は帰り道がわからなくなり迷子になってしまったのだ。

 ある程度の大きさを誇る街において路地裏がごちゃごちゃとしていて迷いやすいというのはある程度相場が決まっている。


 当然ながらそんな中を適当に歩けば迷子になるし、治安も表に比べるとよろしくないので道を聞くのも少々はばかられる。

 結果的にとんだ誤算だと、シラーは頭を抱えることになっているのだ。


 普通に考ええれば、すぐにこの可能性に気付くことができたはずなのになぜ、すぐに気付けなかったのだろうか?

 せめて、何か目印となるようなものをしっかりと覚えておくべきだった。


「はぁもう……どうすればいいのよ……」


 シラーは小さくため息をついて近くにあった段差に腰掛けた。


「まったく。ここまでひどい迷子なんていつぐらいかしら……」


 すっかりと疲れ切っているシラーをよそに隣に座ったアリアは先ほど買った板切れのようにかたいパンを食べ始める。

 安物ばかり探して買ったとはいえ、そうそうたやすく食べられるような代物には見えないのだが、彼女はそのパンをおいしそうにほおばっている。


「ねぇそれおいしいの?」

「うん!」


 彼女の笑みを見る限り、無理をして食べているようには見えない。

 本当に彼女からすればおいしいと感じているのだろう。まずい言ったり、食べないということがない限り大丈夫だろう。

 シラーは懸命にパンをほおばるアリアを見ながらこの先のことについて考える。


 おそらく、そう広くない街だからこの路地から抜けるのに一日かかるということはないだろう。いや、普通に考えれば、ここまで迷う方がおかしいのだ。

 そう考えると、この町全体を巻き込むような異変が起こっているのではないかという可能性もあるのではないだろうか?


 半ば、自分の迷子は自分のせいではないという現実逃避の色を持った思考がシラーの頭をよぎる。


「はぁ……本当にどうなっているのかしら……やっぱり、空間をゆがめる何かが起きているの?」

「おやおや、その可能性に気付けるなんてすばらしいですな」


 ポツリとシラーの口から出た言葉に対しては返事が返ってくる。

 シラーが、顔をあげると目の前にシルクハットをかぶった紳士風の男が立っていた。


「あなた……誰?」


 自分の現実逃避的な一言にわざわざ返答を返してきた男にシラーはいまだにパンを懸命に咀嚼しているアリアを抱き寄せて警戒心を露にする。

 もちろん、アリアがいない方の手には筆をつかんで、いつでも対処ができるような体勢を整える。


「おやおや、お嬢さん……そこまで警戒する必要はないのではありませんか? いや、当然といえば当然なのかもしれませんね……ともかく、それはいったん収めてください」


 その言葉を聞いてシラーはより一層警戒を強める。

 通常ならば、筆を持ったところでそれが武器だという発想には至らないだろう。いや、至ったとしてもそれを投げつけられる程度の攻撃までしか予測できず、わざわざ警戒するような武器には見えないはずだ。

 そもそも、この筆が務めているのはあくまでもシラーが能力を発動させるための補助的な役割を担っているだけであって、それ自体はどこにでも売っているようなただの筆である。いや、もしかしたら真っ先に筆を持ったことにより、その筆に何かあると勘違いしているのではないだろうか? だったら、好都合だ。一応、筆は持っていなくても能力を発動させることもできるので困ることはないだろう。


「……わかったわ。でも、あなたの名前とか目的とかをちゃんと聞かせてもらえないかしら?」

「えぇ。それはもちろん保証します。もちろん、あなた方の身の安全もね」


 彼の言葉を聞きながら、シラーは筆をカバンの中にしまう。

 普通ならば床に置くべきかもしれないが、そんな要求はされていないし、そもそも筆は武器であると同時に大切な画材道具だ。そうやすやすと手放したくはない。


「よし。まぁいいだろう。私の名前はミザールだ。ちょうど、私はある能力者の調査をしていてね。その関連でもしかしたら、君の迷子はその人物の仕業ではないかと思った次第で声をかけたわけだ」

「なるほどね……その人物の特徴は?」


 ミザールと名乗った男の言葉を聞いた瞬間、わずかながらに興味がわいてきた。

 あまり首を深く突っ込むべきではないのだろうが、話を聞くだけ聞いてやばそうだったら適当に手を引けばいいだろう。


「そうだな。特徴も知らないで探したり警戒したりなんかできないからな」


 ミザールの方はシラーの言葉をだいぶ都合のいいように解釈してくれたようで真剣な表情でこちらを見ながら話し始める。

 なお、横にいるアリアはのんきに食事を終えていつの間にか昼寝を始めていた。あれだけ寝てまだ寝たりないようだ。


「私が聞いた話だとその能力者は女で空間に干渉するほどの能力を持っているそうだ」


 彼の口から飛び出したのは一瞬、信じられないような特徴だ。

 空間に干渉できるというのは相当なことでそう言いう意味では平面に描いた絵を現実に出現させられるシラーの力も貴重であり、広義で空間に干渉できる能力にも分類される。


「ほかには?」


 ちゃんと特徴を知っておくのは重要だとシラーは話を促す。


「……そんなに焦るなよ。なんでもその人物は能力を使って家に眠っていた魔法を呼び起こして、それをネタに脅し、家をかなり安価で買ったらしいんだ。まったくどう考えても悪用だよな」


 それにはまったく同意だ。

 そんなことはあまりするべきではない。


「それでいて、その人物は空間を操るときに画材道具を使うらしい。筆で絵を描くようにして空間を自由に動かせるそうだ」


 どこかで聞いたよう話だ。いや、きっと気のせいだろう。描いた絵を具現化させられる人などこの世の中にいくらか存在しているはずだ。そのうちの一人が悪さをしているのだろう。何とも迷惑な話である。


「まぁそういうわけだから気を付けるように。私はいくよ」


 彼は本当に警告だけして立ち去っていく。


 シラーは小さく息を吐くと横で寝て居るアリアを起こす。


「アリア。ほら、もうそろそろ行くわよ」

「もうお話終わったの?」

「えぇ。ほら、だから行くわよ」


 眠そうに目をこするアリアを何とか立たせてシラーは再び路地裏を歩き始める。


 念には念をと先ほどまでいた場所に目印になるようなしるしを書いておいたので何度もあそこに迷い込むようなことがあれば、ミザールの言葉を多少なりとも信頼してもいいだろう。

 そんな腹積もりを立てながらシラーは薄暗い路地へと歩みを進める。


 空高くからサンサンと日光を放っていた太陽は少し西の空に傾いていて、すでに正午が過ぎたという事実を体現している。

 もっとも、これは宿屋を出た時点で正午近くだったため、別に問題にするべき事柄ではないだろう。


 いずれにしても、夜になるまでにはこの裏路地を抜けたいところだ。さすがにこんな昼間でも薄暗いような場所で夜を明かすとなれば身の安全を保障できなくなる。


 そう考えると、まずは路地裏を出ることが先決だろう。


 治安という言葉で思い出したが、先ほどから不気味なほど人に会っていない。

 これもミザールが言っていた現象に関係があるのか、はたまた偶然人がいないだけなのかわからないが、仮に前者……つまり、空間を操れるほどの能力者が悪さをしているのなら厄介極まりない。

 そもそも、シラーとアリアだけがいてぐるぐると迷っているというのはまるで狙い撃ちされているようで何とも気分が悪くなる。そんな風に狙われる覚えなど両手で数えられないほどの了しかない。まったくもって迷惑なものだ。だから、その可能性を考えがえると不快になるのでさっさと頭の中から排除する。


「ねぇいつになったら最初の道に戻れるの?」


 アリアのさりげない疑問を聞きながらシラーは重く深いため息をついた。


 結局、そのあとシラーが路地裏を出られたのは夕方になってからであり、ミザールとの再会や彼が言っていた謎の空間に干渉できる能力を持った能力者に遭遇することもなく、結局この町でもう一泊することを決めたのだった。

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