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旅する画家は平穏に過ごしたい  作者: 白波
第1章 グラン島
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第3話 町に行こうよ

 ディルが訪れた次の日。

 荷物をまとめたシラーは家の戸締りを確認し、画家道具だけを荷物として家を出た。


 普通であれば、たくさんの荷物がいるのであろうが、その都度必要な時に道具を描けばいいシラーからすれば話は別だ。


 どういうルートで目的地へと向かおうかと考えながら歩いているシラーを待ち構えていたかのように背後から一つの影が飛び出してくる。


「ねぇ今から行くの? ついていってもいい?」


 今日も遊びに行こうとシラーの家へ向かっていたと見られるアリアはシラーの周りをくるくる回りながら歩く。


「そうよ。そして、あなたは着いてこなくてもいいわ」

「えーいいじゃん! 連れていってよ!」

「いやよ。なんでそんなことしないといけないの? そもそも、あなたはまだ子供でしょ? 親御さんになにか言われるんじゃないの?」


 ついてこられたらたまらないと言わんばかりにある種の最後のカードを切ったシラーであるが、それに対してアリアは首をかしげるだけだ。


「お母さんなら行ってもいいって言ってたよ。一ヶ月以内に帰ってきてだって」

「どんな母親よ。まったく……」


 どうやって断ろうか……

 シラーはアリアを前にしてさらに思考を加速させる。


 そして、その結果がでる。


「帰りなさい。私はあなたがいても気にしないから」

「そう? だったらついてく!」


 結論は単純。帰れとだけいっておいてあとは放置。非常にわかりやすい。

 勝手についてきたいなら来ればいいし、来たとしても基本的には無視をする一番楽な方法だ。


 あくまでアリアが妙な厄介事を持ち込まなければだが……


「やだ! 帰らない!」


 シラーは後ろを歩くアリアがある種の予想通りの答えを返したのに改めて小さくため息を吐いて岬の先の方へと歩いていく。

 アリアは笑顔でシラーのあとをついてくる。


「ねぇねぇどこから行くの? どうやって行くの?」


 しかし、そんなシラーの意図など知らないアリアは矢継ぎ早にシラーに質問をぶつける。


「ねぇねぇ!」

「少し黙ってくれないかしら?」

「えー!」


 ちょっと失敗だったかもしれない。

 シラーがそんなことを考え出したとき、二人はようやく岬の根本にある道に到着する。


「さて、どっちにいこうかしら……」


 確か右に行くと、この国の首都であるグロッケ・オーシャンシティにいけるはずだ。

 この町は水都とも呼ばれ、町中に張り巡らされた運河が特徴の町だ。


 せっかくだから、そちらに観光に行ってもいいかもしれない。


 シラーはそんなことを考えながら道を右に曲がる。


 それに続くようにしてアリアも右に曲がって後ろについてきた。

 左に曲がった道の少し先にちらりと見えた民家はアリアの家だろうか? だが、そんなことは聞いてもしょうがないのでシラーはそのまま歩いていく。

 一瞬、あそこがアリアの家であれば無理やりにでもおいていこうと思ったのだが、仮に彼女がついてくることになってしまった上に彼女の母親に顔を覚えられるようなことがあれば面倒き回りなと思ったからだ。


 さて、この道を歩いてグロッケ・オーシャンに行くには途中であの家を売った商人がいる町を通り、シラーが最初に降り立った港町を経由する。

 それらはみな島の南側にあるのでそこを通って島の北側に行くのは少しばかり遠回りすぎる気もしてきたが、そもそも急ぎの旅ではないので気にしないことにした。


「ねぇ! やっぱり水都を見ていくの? あそこはいいよね!」


 ただ、相変わらず話しかけてくるアリアの姿がなければよりよかったかもしれない。

 しかし、そんなことは今頃後悔しても遅いのでシラーは極力彼女を視界に入れないようにしながら歩き続ける。


 確か、すぐ近くにある町まであと三十分も歩けばつくはずだ。

 こんな不便な場所にあんな家を建てた家主は相当なもの好きか、人から離れて暮らす理由があったの人なのかと疑いたくなるレベルだが、普通に生活するだけであったらそんなことは関係ない。

 こうして町に行ってみようと思って初めて不便だと思い始めるぐらいだ。


 いっそのこと、馬車でも出そうかとも考えたが、あまり急いで移動するといろいろと見落としがちだ。


 シラーはあくまで絵描きであり、行商人ではない。

 だったら、ゆっくりと風景を見ながら歩いて気になる風景があればそれを描けばいい。


 そう考えて、シラーはゆっくりと周りを見ながら歩く。


 そして、道の途中で立ち止まってキャンバスを立てた。


「これから何か描くの?」


 何を期待しているのか、アリアが目をキラキラと輝かせながらこちらを見ている。


「そうよ。ちょっと、ここの風景をね」


 これ以上何か騒がれたらいやなので極力簡潔に答えてシラーは筆と絵具を取り出す。


 今、シラーの目の前に広がるのは一面の畑とその向こうに広がるきらきらと輝いたコバルトブルーの海だ。

 畑で整然と並んでいる青々とした植物はこの国で古くから生産されている砂糖の原材料となるモノで背の高いそれは風が吹くとカサカサという音を立てながら頭を揺らす。

 空は雲一つない快晴で南国独特の厳しい日光がシラーの肌を焼く。


 シラーは頭にかぶった麦わら帽子を改めてかぶりなおすと、その風景をキャンバスの中に落とし込んでいく。

 絵を描くといっても別段、完全に見た目通りに描くというわけではなく、全体的に淡い色を使いながら畑の中に白いワンピースを着た少女の姿を書き加えたりしながら描いていく。


 その作業の間、アリアはじっとシラーの手元を見つめながらおとなしくしていて、邪魔をする気配はない。


 シラーは彼女がそうしている間に描き上げてしまおうと次々と筆を進める。


 そして、シラーが絵を描き上げる頃にはかなりの時間がたっていて、ずっと手元を見ていたアリアも近くの草むらの上で横になって寝息を立てていた。


 キャンバス等々の片づけを終えたシラーはいっそのこと彼女をこのまま置いて帰ろうかとも思ったが、さすがにそこまでしてしまうのは気が引けるので彼女を抱き上げて近くの町へと向かう。


 絵を描くのに思った以上の時間をかけていたらしく、今日中にグロッケ・オーシャンに到着するのは難しいかもしれない。

 だったら、いっそのこと近くの町で宿でも取ればよいと思いなおしてシラーは畑の中を突き抜ける一本道を歩いて行った。




 *




 あのインチキ不動産屋が店を構えていた町の中心部にほど近い宿の一室でシラーはアリアをベッドにおろして、自身は近くに備え付けてあった椅子に座る。

 先ほどまで描いていた絵を眺めながら、シラーは今日の出来事を振り返る。


 とんだ災難というか、偶然のせいでお荷物を抱えてしまったわけだが、とりあえずは悪くなかったのかもしれない。

 なぜ、急にそんな風に思えてきたのかはよくわからないが、絵を描いているときはちゃんとおとなしくしていてくれるし、島の様子にも熟知している様子なので道案内も期待できる。おそらく、そういったあたりがシラーにそう思わせているのだろう。


 だから、これは別に感情がどうのこうのではなく、自分の中で行われた計算の結果、彼女を近くに置く方がいいという判断をしたにすぎないのだ。


 そんなことを考えていると、アリアが体を少し震わせてからゆっくりと起き上がった。


「……ここは?」


 ぼんやりとした様子で彼女が尋ねる。


「あの場所の近くにある宿よ。今日はここに泊まるから」

「えっ? そうなの?」

「えぇ。絵を描くのに思ったよりも時間がかかったからそうしただけよ」


 首をこくんとかしげるアリアに対して、シラーは感情の一切乗っていない平坦な口調でそう告げる。

 アリアは何がうれしいのか目をキラキラと輝かせて立ち上がる。


「宿! 泊まれるの?」

「……あなたは外で野宿でもする気だったの?」


 シラーがあきれてそう聞くと、アリアは小さく首を縦に動かす。


「そうだけど?」

「なんでそうなるのよ……」

「私は野宿ぐらいできるよ」


 どんなふうに育ったのかわからないが、どうやら彼女の中では泊まりイコール野宿という式が出来上がっているようだ。

 まぁそれならそれでかまわないのだが、シラーとしては金が底を尽きない限りは宿に泊まろうと思うのでこうしてちゃんと宿をとってこの場にいるのだ。


 もちろん、あまり高い宿には泊まれないのでランクは平均ぐらい部屋の値段は中の下といった具合だ。


 もう少し出せばもっと上宿に泊まれるぐらいの金は持っているがある程度の余裕はあったほうがいいのでこのぐらいでとどめている。

 部屋の中にあるのはベッドと机、椅子が二脚だけという非常にシンプルな作りであるのだが、アリアはすっかりはしゃいでしまっている。


「すごい! なんかよくわからないけれどすごい!」

「そっそうなの?」


 どうしても彼女のことが理解できる気がしない。

 これはこれで苦労しそうだ。


 シラーはそう考えながら息を吐く。


「さて、それじゃ風呂にでも入りましょうか。さすがに一日歩き回ったから疲れたから早く寝たいし」

「そうだね。一緒に入る?」

「勝手にしなさい」


 シラーはそのまま部屋を出て浴場があるほうへと歩いていく。

 廊下を出て階段を下り、一回へと向かう。


 この島では温泉が湧いて出ている個所が多くあり、熱い湯がたっぷりと入ったお風呂に入るという習慣があるのだという。

 だからこそ、お風呂に入るのも一つの楽しみだ。


 シラーはその性格に似合わず鼻歌でも歌いたい気分になったが、それは控えて廊下を歩いて行った。




 *




 宿屋の一階にある大浴場。

 シラーは両足を思い切り伸ばして湯船につかる。


 偶然にもほかの人の姿はなく、浴場はほぼ貸し切り状態だ。


「おー大きいお風呂!」


 あくまでアリアさえいなければだが……

 彼女が勝手についてきたとはいえ、同行している以上仕方ないのかもしれないが、こればっかりはどうもなれる気がしない。

 これまでの人生、シラーはあまり人と長時間一緒にいるという経験がなかったからだ。


 常に独りぼっちとまではいかないが、シラーの周りにはあまり人は寄り付かない。

 なのでこれほど長時間、一緒にいてくれた人という意味ではアリアが初めてだといっても過言ではないほどだ。


 おそらく、本来なら両親がそうあるべきなのだろうが、シラーは両親の姿をぼんやりとしか覚えていないし、物心がついたころにはすでに姿を消していたため、彼女は両親のことはよくわからない。


 ただただ、村人たちに能力のことで迫害され、逃げるようにして村を出て、ディルに出会ったというだけの話だ。

 ディルは何かとシラーに優しくしてくれたのだが、彼は非常に多忙であり、あまりそばにいることはなかった。


 昼間は外に出たら危害が加えられると震え、ディルの帰りをひたすら待っていた。


 それすらついに嫌になり……いや、少なからずディルに迷惑をかけているような気がして、シラーは彼の家を出た。

 そこからは先の件で家が手に入るまでずっと放浪の旅だ。


 もちろん、ちょこちょこディルとは会っていたし、彼からの支援も様々な形で受けていたのだから、ある意味ではより迷惑をかけていたのかもしれない。

 それでも彼は、いつも笑顔でそんなことはおくびにも出さずに接してくれた。


 だからこそシラーは彼から必要以上に離れようとしないし、彼もまたそれを尊重してある程度の距離を保ちながら接してくれた。

 シラーからすれば、人とのかかわりなどそれぐらいで十分なはずなのだ。誰かと一緒にいて、笑いあって、話が弾んでなんて言うことはそこまで望んでいないはずだ。


 それでも、あんな適当な決断とはいえあれこれ理由をつけてアリアをここまで連れてきてしまったのはなぜだろうか?

 正直な話、きつい一言で家に縛り付けるぐらいの勢いで行けばおいて行けたはずなのになぜ、彼女は今ここで自分と一緒に風呂に入っているのだろうか?


 不思議だ。不思議でたまらない。


 自分の中で気付かないうちに何かしらの心境の変化が起こったのだろうか? いや、それはたったの数日では考えづらい。

 そうなると、自分の中でどこかこうなることを望んでいたということなのかもしれない。


 シラーは大きくため息をついて頭をかく。


 自分らしくもない。自分は何を考えているのだろうか?


 そんな風に自問自答を繰り返していると、突然顔に熱い湯がかかった。


「さっきから話しかけてるのになんで無視するの!」


 おそらくというか、この場には自分を除けば一人しかいないので犯人は明確だ。


 シラーは水をかけたであろう張本人(アリア)をキッとにらみつける。


「なにするのよ!」

「だって、シラーお姉ちゃんがものすごく怖い顔しているんだもん。お風呂はそうやって入るんじゃないよ?」


 返ってきたのは良くも悪くも子供らしい答えだ。

 確かに一日の疲れをいやすなどと言っていた割にはいろいろと考えすぎていたかもしれない。


 シラーは今一度小さくため息をついてから改めてアリアの表情を見る。


「わかったわよ。考え事は後にするわ」


 そう答えて、シラーは再び体を伸ばす。


「そうやって体を伸ばすのって気持ちいよね。私ね。家のお風呂でもいつもそうしているの」

「そうなの?」

「そうよ」


 やはり、この島の住民は風呂というのを文化として大切にしているようだ。

 そうなると、あの家に風呂がちゃんと備えられていたかったという事実に対する疑問が発生するが、前の家主がこの島の出身者だという保証はないので何とも言えない。

 あれほどの仕掛けがあったあたり、他にも何かあるのではないかと思えてくるのだが、そこら辺についてはもう少し調べてみないとわからないだろう。

 そもそも、あまりに家にいる気はないので調べることもないかもしれないが……


 シラーは近くにあった桶を手に取ると、そこにお湯をすくってアリアにかける。


「きゃっ!」


 彼女はこちらを向いていなかったため、完全に不意打ちという形になり、アリアがかわいい声をあげた。


「びっくりした……もう、いきなりなにするの!」

「さっきの仕返しよ。これが嫌ならもうこんなことしないことね」


 結局、先ほどまで考えていたことの結論すら出ないのなら、いつも通りの自分としてふるまえばいい。ただそれだけだ。

 お湯をかけられたアリアは全く懲りていない様子で湯船の中でこちらの様子をうかがってる。


 試しに視線をそらしていれば、彼女が両手でお湯をすくってこちらへと飛ばす。


 シラーはそれをよけて、今度は彼女と同様に手でお湯をバシャバシャと彼女の方へと飛ばす。


「やったな!」


 彼女もそれに応じてすぐに応戦してきて、いつの間にかお湯かけ合戦が始まっていた。


 この時、ほかに客がいなかったからまだよかったが、他の客がこの場にいたらどう考えても迷惑極まりないだろう。

 宿屋の人にもみつかなかったため、だれにも咎められることなく、疲れ切った二人はゆっくりと湯につかって体を洗った後、大浴場を後にした。


 その後、部屋に戻ったアリアは相当疲れたのかすぐに眠ってしまい、シラーも彼女が寝るベッドに体を預けて目を閉じる。


 こんな調子で明日はどうしようか……


 一抹の不安とも、楽しみだともとれるようなそんな考えを胸にシラーの意識は深く沈んでいった。

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