第74話 朝の出来事
詳しく…と言われても。
さっき話したことで全てなんですけど…。
(強い風が吹いて、大きな生き物が通ったってわかって、ほとんど見えなかったけど銀の鱗だけはわかって…。うん。ちゃんと全部言ってる。)
自分の言った言葉を反芻しながら確認していく。
言い逃したことはないと確認して、クルビスさんに話す。
「詳しくと言われましても、思い出せることは全部お話ししました。強い風が吹いて…。」
「それだ。」
私がもう話せることは無いことを伝えようとすると、クルビスさんがさえぎった。
それってどれです?
「強い風が吹いたというのがどうにも気になってな。ポムの木が痛むので、森の中でもこの辺りは高い位置で飛ぶことになっている。
だから、通常、ドラゴンが森の上を通っても森で風が吹くことはないんだ。」
えっ。私がドラゴンを見た時に起こった風はすごく強かったですよ?木の枝がしなるくらい。
思わず手で目をかばいましたから。
「かなり強かったです。目を開けていられなくて、手でかばいながら振り向いたら銀の鱗が見えたんです。」
最初は鱗だってわかってなかったんですけどね。日に反射して光ってる何かが通り過ぎたなって思っただけで。
でも、クルビスさんに会ったからか、さっき思い出した時にあれは光った鱗だったってわかったんだよね。
「そうか。なら、かなり低い位置を飛んでいたんだな。」
クルビスさんの言葉を聞いて、あの時のことを懸命に思い出してみる。
…確かに、ポムの木を痛めないように飛ぶにしては、ずいぶん低かったと思う。
(そう。木の上スレスレって言ってもいいくらいだった。)
ドラゴンの巨体がポムの木のすぐ上を勢いよく通ったから、あんなに枝が大きくゆれるような風が起こったんだろう。
クルビスさんの話の通りなら、有り得ない事態だ。
「…そうですね。ポムの木のすぐ上ぐらいを飛んでたと思います。大きな身体で影になって、一瞬で暗くなったので驚きました。」
思い出したことをクルビスさんに告げると、クルビスさんは何か考えこんでるようだった。
しばらくしてポツリとつぶやいた。
「やはりおかしいな。許可を得ずに飛んだのかもしれない。」
「飛ぶのに許可がいるんですか?」
つぶやきの内容に驚いて、聞いた途端に聞き返す。
だって、ドラゴンが自由に飛べないなんてすごく不自然だ。
「ああ。飛ぶには本体に戻る必要があるからな。街のあちこちで勝手にあの巨体になられても困る。
だから、専用の発着場からしか飛べないんだ。そこを使うのに許可がいる。」
それはそうでしょうね。あの大きさで街の上を好き勝手に飛ばれたら迷惑だと思いますし。
ってことは、許可制なのはドラゴンに好き勝手させないためのものなのか。共存には必要なのかも。
「まあ、許可と言っても、本体に戻ってる数と目的地を記録するためのものだから、簡単に出るんだけどな。」
あ、そんなもんなんですか。なんか肩すかしくらったみたい。
でも、それなら、あの銀色のドラゴンも許可は取ってたんじゃ?
「だが、許可を得る際に必ず上空高く飛ぶことを義務付けられる。やぶられないように、簡易の術式をかけるんだ。」
それで、あの銀色のドラゴンは無許可だったんじゃないかと。
成る程、私の話はすごく不自然だったんですね。
「そんなに集落に行きたかったんでしょうか。」
私が思い付いたことを口にすると、クルビスさんも頷いた。
「おそらく無事を確かめるために、家族に会いに行ったんだろう。普段ならそう問題にはならない。ドラゴンの一族は自由を尊ぶからな。
ただ、今朝のような前例の無い非常事態にやったのは問題だ。無事の確認で手一杯の時に勝手に抜け出したとなると、職人だった場合、親方がいれば監督不行き届きで工房全体が罰せられる。」
ああ。確かに。被害状況を把握しようとしてる時に勝手に街を出られちゃ困るよね。
特に、ルシェモモの外は森が広がってるみたいだし。外の状況がどうなってるかもわからない状態では危険なことだ。
「無事に着いているといいんですが…。急に冷えましたし。」
銀色のドラゴンが飛び去った後、急に寒くなって上着を着たことを思い出す。
思わず腕をさすっていると、クルビスさんが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫か?」
「はい。ちょっと思い出しただけですから。風が吹いた後に急に冷えたんです。」
慌てて何ともないことを伝えると、クルビスさんが首を傾げて聞いてきた。
「ずいぶん寒かったが、あれよりさらに寒くなったのか?」
寒いってそこまでじゃ…そうだ、寒さの基準が違うんだった。すっかり忘れてた。




