別話 回想9 (フェラリーデ視点)
「お待たせしました。こちらが着替えていただく服です。
…患者用で申し訳ありませんが、ハルカさんはしばらく医務室で保護する形になります。」
説明しながら、服をテーブルの上に並べていきます。ハルカさんはしげしげ眺めた後、生地を触って感触を確かめているようでした。
先程部屋に入った時、彼女は慌ててクルビスから離れましたね。誤魔化すように微笑んだ様子も愛らしいと思いました。
…クルビスはにらんできましたね。自覚したのでしょうか?だったら話が早いのですが。
「では、早速着替えてきますね。トイレお借りします。」
確認が済んだのか、ハルカさんは軽く頷くと着替えをひとまとめにして言いました。
トイレで着替える?変わった習慣ですね。それなら浴室の脱衣所に案内を…。
「…汗を流したらどうだ?とても暑そうだ。」
クルビスが提案します。確かに暑そうですね。袖のある服はこの辺りでは着ることがありません。
額の汗を拭っていましたし、脱衣所に案内するつもりでしたからちょうど良いですね。
「ああ。そうですね。ハルカさんの服装では暑いでしょう。
ご案内します。こちらへどうぞ。」
嬉しそうなハルカさんを連れて、脱衣所へ向かいます。
ハルカさんに一通り使い方を説明していましたが、途中でふと気になり、お湯について聞くことにします。種族によっては「お湯を浴びること」が受け付けない場合がありますからね。
「大丈夫です。私の国では、お湯を浴槽に溜めてつかるという習慣がありましたから。」
おや。我が一族と同じですね。
特に長は温泉をとても好まれます。
それなら、お湯も溜めておきましょう。今日は気温が低いですし。
「よし。…今日は気温が低いですから、暖かめに設定しておきますね。浴槽にお湯も溜めておきますから、あのフタを開けて入ってください。」
私が温度調節の目盛を調整し終わると、ハルカさんが驚いた顔をしています。
おや?何かありましたか?
「あの…今日って気温が低いんですか?」
戸惑うように聞いてきます。
これは…ハルカさんにとっては低い気温ではないということですね。袖のある服装にも納得できます。
とりあえず、彼女の質問に答えましょう。
「…この1年の中でも最も寒い日になるでしょうね。この辺りは年中暑いので。」
今朝の気温は、ここ100年を見ても類を見ないほど低かったですね。
昼になって気温も少しずつ回復してきています。長のおっしゃる通りなら、このまま気温は上がっていくでしょうね。
ハルカさんは私の答えに目を見開いて驚いています。
この気温でこの反応ですか、寒い地域の出身なのでしょうね。明日になったらもっと気温が上がるでしょうし、体調に注意してあげなくては。
寝る時には、水の術式での室温調整が必要ですね。
「確認すべき点がまだあるようですね。
また後でお話しの続きをお聞きしますが、1度には無理でしょうから、その都度聞いてくださいね。
我々も当たり前だと思って、伝え忘れることがあるでしょうから。」
気温のことなど聞こうとも思っていませんでしたしね。今聞けて良かったです。
でなければ、明日の朝、彼女は体温調整が上手くいかず具合が悪くなっていたでしょう。
「そうですね。私も何かする前には確認するようにします。」
彼女もしっかりと頷いてくれました。
お互いに注意し合っていれば、情報の漏れも少なくて済むでしょう。
「あの、これって洗濯機ですか?」
その後、風呂用の布を説明して、私が部屋を出ようとすると、ハルカさんから思いがけない質問がきました。
洗濯器を知っているのですか。これも長の発明です。円筒状の器に洗濯物と洗い玉を入れ、その後、水とキリの葉を入れて回転させて洗います。
手を痛めることなく綺麗になると、どの一族からも評判が良いですね。
「ええ洗濯器です。ハルカさんの世界でもありましたか?」
私が肯定すると、ハルカさんは嬉しそうに返事をしてくれます。
洗濯器があるとは、やはり、ハルカさんの故郷は技術が発達していますね。
「同じ物かはわかりませんが、ありました。自動で洗濯から脱水までしてくれる機械です。」
脱水?聞きなれない言葉ですね。
水を脱する…絞るということでしょうか?
「脱水…?それは絞るということですか?」
ハルカさんに「脱水」について聞こうとすると、横から声がかかりました。
クルビスですね。魔素の音でこちらに来ていたのは知っていますよ。何かあったのでしょうか?
「…何やってんだ?」
「いえ。ハルカさんに一通り説明を終えたところです。…何かありましたか?」
クルビスの質問に答えて、ここに来た理由を聞きます。
すると、クルビスはハルカさんに謝罪してから私に説明しました。
「ハルカ。すまないが、着替えたらしばらくこちらの部屋にいてくれ。
リード。キーファが戻ってきた。」
キーファが。では、派遣した術士部隊の報告ですね。
成る程、ハルカさんの服を見られるわけにはいかないから持ってきたのですね。クルビスが抱えている分にはキーファには布にしか見えなかったでしょう。
私が頷いて了承すると、それを確認した後にクルビスは可笑しそうにハルカさんを見ます。
おや。口にてを当てています。声を出さないようにでしょうか?…自分のことを知られてはいけないと把握していますね。
ただ、ハルカさんには申し訳ないのですが、こちらで話しても隣の部屋には聞こえません。
クルビスもそれがわかっているから可笑しいのでしょう。
「…大丈夫だ。こちらの音は隣には聞こえない。ゆっくり入るといい。」
チリリンッ
おや?クルビスの言葉を聞いて、ハルカさんが気分を害したようです。可笑しそうにしていたのが気に障ったのでしょうか?
すると、クルビスがハルカさんの頭をなでました。宥めているのでしょうね。
リリーーンリリーーン
クルビスがハルカさんの頭をなで始めると、また聞いたことのない音が目の前から聞こえてきます。
これは?先程聞いた共鳴の音とも違います。しかも、この音はハルカさんとクルビス2つ共から音が出ていますね。
…もしや、同調ですか?
あの長年連れ添った番や友が、心と魔素を通い合わせた時に初めて可能だという…。
ハルカさんは無意識でしょうが、クルビスは…確信犯ですね。さっき、ちらりと合った目が邪魔するなと言っていました。自覚してましたか。いい傾向です。
まあ、こちらも邪魔する気なんてありませんよ。
しかし、あなた方、今日あったばかりでしょう?いくらクルビスが仕向けているといっても、もう同調まで出来るんですか?
これは、私が気を揉む必要はなさそうですね。
安心しました。
…それにしても、そろそろ終わってくれませんか?キーファが待っているんですよね?クルビス?




