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トカゲと散歩  作者: *ファタル*
異世界視点2街の状況
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別話 回想8(フェラリーデ視点)

単語解説


トール…貫頭衣型の袖無しワンピース。脇からしたが縫われていない。


テラ…帯。柔らかい、鮮やかな色の布が多い。トールの前後の布を身体に合わせて、胸の下からウエストまでの範囲を巻いて固定する。種族によっては腰の辺りで巻くだけ。


サーシャ…木製のサンダル。足の甲にかかる部分は麻みたいな布。ヒールは無し。


(つがい)…夫婦。パートナー。


伴侶(はんりょ)…配偶者。夫。妻。


ドラゴンの一族…まんまドラゴンの一族。長はルシェリード。シーリード族を作り、ルシェモモを作った種族の中でも中心の一族。個体の能力は他の追随を許さない程強い。


ヘビの一族…シーリード族に属する一族の1つ。名称はヘビだが、手足がある。トカゲの一族に比べて細身だが、尻尾は太い。ヘビだから。特徴として、体表に模様を持つ者が多く、身体も柔らかく、身のこなしが早い。


繁殖期…1年に1度、雨季が終わるとやってくる最も子が出来やすい時期。7月から8月くらい。種族・一族によって期間が違い、やってくるタイミングは個体による。体色に特徴が出る個体もいる。

 さて、患者用の服は…この戸棚でしたね。女性用のトールと肌着の一式を取り出します。一番小さいものでいいでしょう。

 アニスがこの大きさでしたしね。ハルカさんも同じくらいでしたから大丈夫でしょう。



 多少大きさが合わなくても、テラで巻けば問題はありません。後は、サーシャを取って…これでいいですね。それにしても…。

 一通りの準備をしながらも、頭の中では先程のクルビスの様子が思い出されます。



 クックックッ



 おかしくてしょうがありません。

 隣に声は聞こえませんが、つい聞かれないようにと笑い声をかみ殺して肩を震わせます。



 何です。あのクルビスの顔。無意識なんでしょうが、ハルカさんが絡むと、通常では考えられないくらいゆるみますね。

 面白いものが見れましたね。是非とも、キィに教えなくては。



 立場上、クルビスは普段から感情を表に出さぬよう、余裕のある表情で取り繕っています。私やシード、キィといる時などは素が出ますが、他の者がいる時には隊長としての顔しか出しません。



 それが、今日あったばかりのハルカさんの前で、子供のように嬉しそうにするなんて…。

 他の隊士が見たら、我が目を疑うでしょうね。何せ、冷静で有能な戦士部隊隊長として慕われていますから。



 あんなに誰とも関わらないでいたというのに…。

 1つでも仕方ないと、そう言っていたのに。



 笑いが収まると、先程とは別の笑みが口に浮かびます。

 ハルカさん。あなたが来てくれて良かった。この偶然に感謝します。







 *******************





 我が一族が開発した術式により、異種族間で子をなせるようになりました。

 それまでは、異種族間での交配は禁止されていたそうです。両親の種族が混ざった状態で生まれるものの、生まれ持った身体も魔素も弱く、食事などでも魔素を吸収しきれずにすぐ死んでしまうからだと、以前ルシェリード様から教えていただきました。



 それを防ぐため、母親の腹に術式をかけ、両親どちらか片方の種族で生まれるようにしたそうです。もちろん、両親からそれぞれの種族・一族の情報は引き継ぐのですが、片方の情報だけを表面化させ、もう片方の情報は体の奥に情報のみという形でとどめ置きます。



 新しい術式で生まれた子は、種族的特徴が混じることもなく、身体も丈夫で魔素も安定して生まれ持っていました。そのため、少子化によりどの一族も減少傾向にあった当時、反発もあったものの、この術式は各種族・一族に広がっていったのです。

 しかし、それでも依然として、子が出来にくいという状況には変わりありませんでした。



 特に、片親の魔素が強すぎると、子が腹の中で育つ前に消えてしまうため、ドラゴンの一族は伴侶を得てもなかなか子に恵まれませんでした。当時はそれがわからず、ルシェリード様は減っていく一方であった一族に対して危機感を持っておられたそうです。



 そのうち、子に恵まれる(つがい)を調べていくと、子が出来た番は魔素の質・量ともに似通ったところがあることがわかったのです。



 逆に、子が出来ない番を長期間調べたところ、片親の魔素が伴侶の魔素に対して大き過ぎる場合が多く、腹の中で伴侶の魔素をかき消してしまうため、子が両親の情報を正確に引き継げていないことがわかりました。



 我が一族が開発した術式では、両親双方から情報を得ることで肉体を作り始めます。もともと、同族同士で子をなす場合も、肉体の情報は両親双方から受け継ぐのです。子をなす上で、その基本的な過程は変わりません。



 ただし、肉体は両親どちらかの一族に属するように、術式で調整しています。代を重ねていくと、両親だけでなく祖父母の一族で生まれる子が出始めましたが、調査した結果、これも両親から正確に情報を引き継げているからこそ起こる現象だとわかりました。



 その上、子は母親の腹の中で、両親から得た魔素から情報を引き継ぎます。片方の魔素がかき消されてしまうと、子は片親の情報しか得られず、肉体を作り始めることが出来ないのです。

 つまり、両親双方の魔素が釣り合っている状態であれば、子は両親から均等に情報を引き継ぎやすく、肉体の形成が上手くいくということです。



 さらに研究を重ねていくと、個体の持つ魔素の質は髪色や体色に、魔素の量は色の濃さに現れることがわかりました。



 そこで、子が出来た番を調べなおすと、お互いに似た濃さの同じ色を身体のどこかに持っていたため、それまでの研究成果と合わせて、同じ色を持つ者同士は子が出来やすいという結論に達したのです。







 *******************





 この世界に存在するものはすべて魔素に影響されます。魔素とは、個体が存在するための力、エネルギーそのものなのですから、影響を受けて当然とも言えます。



 しかし、基本的に、個体の持つ魔素の質や量は生まれ持つものであって、両親からは受け継ぎません。長曰く、「魂の資質が魔素の質と量を決める」のだそうです。



「魔力だってそうなんだから、魔素だっておんなじだよね~。」ともおっしゃっていましたが、それはよくわかりませんでした。魔力?魔素の一部でしょうか?…聞いても教えてもらえませんでした。



 しかし、肉体的な個体の強さや特徴に関しては、両親や祖父母の持つ個体としての強さやその出身一族に影響されます。直接情報を引き継ぐのですから、これも影響されて当然と言えるでしょう。

 この肉体的な強さや特徴が子孫に影響することを『遺伝』といいます。



 その遺伝の中でも、ドラゴンが持つ肉体的な強さは、子孫へ大きく影響するものだということは広く知られています。ドラゴンの子孫はヘビの一族であっても深緑の森の一族であっても、一族の中でも非常に強い肉体を生まれ持つのです。



 肉体が強いとその個体には魔素が多く宿りやすいため、一般的には、魔素の質や量と肉体の強さはまとめて『個体の強さ』と考えられています。弱い肉体では、どんなに魂の資質が高くとも、宿る魔素の量には限りがありますからね。無関係ではありません。



 つまり、強い個体からは強い個体が生まれやすいということです。

 クルビスは、父親がドラゴンの一族、母親が深緑の森の一族です。それだけでも、父親から強い肉体を受け継ぐでしょうが、さらに、母方の祖父はあのルシェリード様です。



 ルシェリード様は現在のドラゴンの一族の長であり、最も強いドラゴンでもあります。そのため、クルビスの母親も深緑の森の一族でありながら、シーリード族と肩を並べるほどの肉体的強さを持って生まれました。



 それだけでなく、彼女は魔素の質・量ともに一族内で長に次ぐ強さの持ち主でした。その上、強大な魔素を操る(すべ)にも長けていたため、現在は第1級術士として中央の術士部隊隊長を務めています。



 クルビスは中央に顔を見せるたびにつかまっては見合いを勧められているようです。最近は何かと理由をつけて逃げ回っていますね。



 また、近年では、ドラゴンの血筋が重なること自体が珍しいことです。たとえ色が揃っていても、ドラゴンの血が濃い血筋同士では何故か子が出来にくいのです。この理由はわかっていませんが、子孫が残せないのは困るので、ドラゴンの一族内ではあまり推奨されていません。



 だというのに、クルビスには2代にわたってドラゴンの血が入っています。それも最強といっていい血筋です。まあ、クルビスの両親も子は出来ないだろうと思っていたのに、1度の繁殖期でクルビスが生まれてかなり驚いたそうですが。



 クルビスは「黒一色なのもそのせいかもしれないな」と、ずいぶん前に笑って言っていました。

 そして、「だから、俺は子も伴侶も持てないだろう」とも言っていましたね。



 当時の私には返す言葉がありませんでした。その通りだと思いましたから。








 *******************





 クルビスは強い。父方の祖父と同じくトカゲの一族として生まれつきましたが、ドラゴンの血が濃く、しかも黒の単色(たんしょく)です。

 強すぎて、ルシェリード様のように子が出来ないのではないか、と言われていました。…いいえ、今でも言われているでしょう。



 実際、ルシェリード様も個体として強すぎて、同族内からも伴侶を得ることができず、長い間1つきりでいらっしゃいました。



 ドラゴンの一族特有の悩みとも言えますが、番の片方の力が強すぎると、子が出来ないだけでなく、伴侶の魔素も共にいるだけで打ち消そうとしてしまうのです。そして伴侶は少しづつ弱っていき、寿命よりずっと短い期間しか生きられません。ルシェリード様はそれを(いと)って、ずっと1つきりでいる覚悟を決めておられたそうです。



 もともと、ドラゴンの一族では、昔から、力の差があり過ぎる者同士で番ってはいけないと言われていて、一族でも飛びぬけて力が強かったルシェリード様は、我が一族と出会う前から、伴侶を積極的に探そうとはしていませんでした。



 研究が進み、魔素の差があり過ぎると伴侶の命を縮めてしまうことがはっきりわかってからは、ルシェリード様はご自分が伴侶を持つことも子を持つこともあきらめ、後進の育成に力を注ぐことになさったのです。



 そこに、長がカメレオンの一族の少女を連れて里に帰ってきました。その少女は生まれ持った魔素が強すぎた上に、それを扱いきれなかったため一族内で持て余されていました。

 術士であった深緑の森の一族の父親にも抑えきれず、彼女の父は手紙で長に娘への指導を願い出て、彼女は魔素の扱い方を覚えるために里へ預けられることになったのです。



 長を介して出会った御二方は、瞬く間に惹かれあい、紆余曲折があったものの、ルシェリード様は少女の成長を待たれ、彼女が成人してから番になられました。

 ドラゴンの一族の場合、力が強い上に寿命も長いため、昔から伴侶を探すのにも得るのにも時間をかけるのはよくあることらしく、一族全体で少女の成長を心待ちにしていたそうです。



 ルシェリード様が伴侶を得られた時は、ドラゴンの一族のみならず、深緑の森の一族、シーリード族、スタグノ族…他にも様々な種族・一族がお祝いしたそうです。



 …里の長老たちがクルビスに対してうっとうしいのは、ルシェリード様の伴侶を長が引き合わせたせいかもしれませんね。



 クルビスは強い個体ですが、ルシェリード様ほど寿命は長くないでしょう。なのに、魔素の力が強過ぎて伴侶の命を縮める可能性が高く、うかつに相手を選べません。

 生きている間に「釣り合う」伴侶を見つけられるかどうかは賭けでした。それも、見つからない確率の方が高い、分の悪い賭けです。



 そのため、クルビスは守備隊に入りました。街を守って、住民たちを守って、一族を守る道を選んだのです。仲間がいれば、一族や親族が幸福そうであれば良いと言っていましたが、あれは自分に言い聞かせていたのではないでしょうか。



 アニスの一件もあって、クルビスはそんな風に周りとは少し距離を置いていましたが、ある事件から、それは一層ひどくなりました。



 クルビスに思いを寄せていた我が一族の女性が、髪を黒に変えようと怪しげな薬に手を出し、彼女は顔の半分が腫れあがった見るも無残な姿になったのです。

 クルビスの人気に目を付けた違法業者の仕業でした。他にも被害があり、対応に明け暮れていたのをよく覚えています。



 幸い発見が早く、その女性は助かりました。里に返されて治療を受け、顔も元通りに戻ってその後結婚したそうです。この間、子供も産まれて幸せそうだと長から聞きましたね。彼女はもう大丈夫でしょう。



 問題はクルビスです。ただでさえ、自分は伴侶を持つつもりはないと言っていたのに、あの事件以降は、出会う女性すべてに対して一定の距離を置くようになってしまいました。遊ぶことはあっても、それ以上の付き合いになることはなく、また、そんな風に一時だけを楽しむような相手ばかりを選んでいましたね。



 あの違法業者のような輩に付け込まれることがないように、自分の魔素で相手を損なうことがないようにという思いからでしょうが…。

 そんなクルビスを見ていて、私はあんな調子でこの先ずっと1つきりでいるつもりなのかと心配していました。私はクルビスより寿命が短いので、彼を置いて行ってしまう者です。そんな私が勝手を言うことは出来ませんが、せめて兄弟でもいれば…と願っていました。



 そこに、ハルカさんが現れました。

 奇跡の確率で出会った2つ。



 彼女は同じ黒一色を持っている上に、魔素の量も多く持っているようです。

 通常「命の水」でいれたポム茶は、1杯で充分魔素を回復します。しかし、彼女は3杯も必要としていました。その後食事までとっていましたから、彼女の魔素の量は私と変わらないぐらいはあるでしょう。



 彼女はこのままこちらの世界にいることになるでしょう。こちらの世界は異世界から「来る」ことは出来ても、「出る」ことがとても難しい世界です。彼女の世界とこちらの世界の関わり方はわかりませんが、彼女もおそらく帰れないでしょう。



 我が一族も長い期間研究していましたが、結局、戻ることが不可能だとわかっただけでしたしね。

 後で長とキィにも聞きますが、私の予想と変わらない返事が返ってくるでしょう。



 何とかしてクルビスの傍にいられるように手配しましょう。先程も見事な共鳴をしていましたし、一緒にいれば自然と惹かれあうでしょう。ルシェリード様たちのように。



 もちろん、帰る方法があって、彼女が望むなら止めることは出来ませんが。いえ、そうなる前にクルビスが口説き落とせば…。キィに相談しましょう。



 昔のクルビスのことを思い出しつつ、これからの2つのことについて考えながらドアに手をかけると、またあの共鳴の音が聞こえてきました。こんな短時間に共鳴が2度も…。彼女なら、きっと。



 リーーンリリンリーーンリリン



 心地よい音に耳を傾けつつ、口元には笑みが浮かびます。

 ハルカさん。希望を下さったあなたに最大級の感謝を。

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