別話 回想5 (フェラリーデ視点)
「ありがとうございます。
おかげさまで、ずいぶん身体が楽になりました。
こちらにうかがった時より、身体が軽くなっていて驚きました。
ポムのお茶ってすごいんですね。」
リリ…ン…リ…リ……ン
ハルカさんがポム茶を飲みながらお礼を言います。
本当に、ずいぶんと良くなりましたね。彼女の魔素はまだ視認できませんが、音は聞こえ始めています。これなら、もう事情を聞いても大丈夫でしょう。
「そうですか。ポム茶が効いているようで、何よりです。
…先程、ハルカさんが朝から森の中にいらしたとのことでしたが、どの辺りにいたのか、場所を憶えていらっしゃいますか?」
私がハルカさんが最初にいた場所について聞くと、彼女は驚いた顔をしました。
自分のことを聞かれると思っていたのでしょう。
通常ならそうします。ですが、彼女の場合は特例です。異世界から来たのですから。
彼女が来たこと以外に、他に異常が無いかどうか確認をしなくてはなりません。
「ええと。最初にいた場所ですよね?
まっすぐ進んでポムの小道に出たので、途中で別れ道になってますよね?…そこから、私の足で3時間くらいなんですけど…。」
彼女が思い出しながら話してくれます。
まっすぐ進んだ…迷ったりはしていないようですね。
しかし、それはまた思い切ったことをしたものです。
見知らぬ場所に出て、その判断は中々下せないでしょう。
別れ道とは里への道がある場所ですね。
…3じかん、とは時の単位でしょうか?
「あ、途中で、このポムの実、でしたっけ?
これがたくさんなっていた木がありました。」
ポムの実を指しながら説明を続けてくれます。こちらの質問に懸命に答えようとしてくれていますね。
ポムの実がたくさんなっている木は珍しいですから良い目印ですね。先程「ポムの実は珍しい」と言ったのを覚えていたのでしょう。
「あ、それと、迷わないように、途中から木の枝に葉っぱを刺してきたんです。私の目の高さくらいに…。
最初からじゃないんですけど、歩き始めて、30分くらいにはやり始めたんで、ずいぶん奥まで続いていると思います。」
ただ闇雲に森の中を進んだわけではないようですね。一瞬、無謀な策だとも思いましたが、彼女は自分の歩いた距離や時間を把握していました。
それに、枝に刺したという葉のように、出来る範囲で気を配りながら行動したようです。やはり聡明な女性ですね。
あのまま、森の奥深くにいたままだったら、クルビスに見つかることもなく、誰に知られることもなく、儚く消えてしまっていたでしょう。
「そうですか。目印があるなら、探しやすいですね。
助かりました。…それで、先程お話の中に、3じかんや30ぷんと出てきたのですが、時間の数え方のことでしょうか?」
私が話の中に出てきた単位について確認すると、彼女は自分の腕からとても小さな機械を取り外して見せてくれました。
彼女の話からすると、その機械は時計のようでした。思わずクルビスと共にその機械を凝視してしまいます。
これ程小さな時計は見たことがありません。
…彼女には自分の持ち物の管理を徹底してもらわなくてはいけませんね。
幸い、話を聞いたところ、名称が違うだけで時間の感覚は同じようです。彼女の足で3刻ほどならすぐに確認に行けるでしょう。
クルビスに目で確認すると、彼も頷いていました。後で手配してくれるでしょう。
話しているうちに彼女のお腹がなりました。
私とクルビスはホッと肩から力を抜きます。
お腹が空いたのなら、もうほとんど魔素が補給されたということです。後は食事などで充分補給出来ます。
クルビスが立ち上がって食事を取りに行ってくれました。他の隊士に彼女を見せるわけにはいきませんからね。
彼女の服装は目立ちすぎる。今、彼女の異質さを広めるわけにはいきません。
念のため味付けについても確認すると、彼女は油の少ない香辛料の無いものを希望しました。
慣れない場所での食事ですから、味には注意しなくてはいけません。せっかく補給した魔素が散ってしまう恐れがありますからね。
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しばらくしてクルビスが戻ってきました。リギヤと果物を持っています。いい選択ですね。
特に果物は食べやすくて女性に好評です。
しかし意外なことに、ハルカさんはリギヤに注目していました。
リギというのはこの辺りではよく食べられている穀物です。それをいろいろな具材と合わせて炒めた料理がリギヤなのですが、どうもリギを見ているようですね。
見たことが無いのでしょうか?
見知らぬ食べ物には警戒するものです。果物の方を勧めようとすると、ハルカさんはリギヤを食べ始めました。
様子を見守っていますと、口に合ったのか、リギヤを観察しながらも美味しそうに食べています。
これなら大丈夫そうですね。
私はクルビスに彼女を任せて、ポム茶を片付けて、普段飲んでいる炒り茶を用意しに行くことにします。
その間、彼女はとても熱心に食事していました。
「ごちそうさまでした。」
ハルカさんが手を合わせて言います。食事の時の作法なのでしょう。
結局、リギヤはすべて食べ終え、果物も大半を食べることが出来たようです。
果物については「とても甘い」と感想を言ってくれました。ハルカさんは果物をよく知っているようですね。
それも確かめるように食べていたところを見ると、ハルカさんの世界にもこちらにある果物と似たものがあるようです。
食後にお茶を勧めると、彼女は炒り茶をじっと見つめていました。口に合わなかったかと慌てると、普段よく飲むお茶に似ているので驚いたそうです。
話を聞いていると、故郷にはリギヤに似た料理もあるそうです。
ルシェモモとよく似た食文化なようですね。…ますます、話に聞くヒト族とは違いますね。
我が一族がいた世界では、リギのような穀物は存在せず、ギイという穀物に似たものが一般的だったそうです。
そして、ギイの粉で作ったムムという食べ物に似た『パン』というものを食事ではよく食べたのだとか。
こちらへ来たばかりの頃は、慣れぬ食べ物に苦労したと聞いています。
なのに、ハルカさんはリギに関心を示し、故郷にはリギヤに似た料理があると言いました。
話を聞けば聞くほど、彼女の話は我が一族がいた世界とは合わないことになります。
…ということは、長がおっしゃっていた『異世界の友達』のように、彼女も別の世界のヒト族なのかもしれません。
「そうなんですか。
…ハルカさんの国には、この街とよく似た文化があるようですね。
果物も知っているようでしたし。」
ハルカさんの話を途切れさせないために会話を続けます。とにかく今は、彼女についての情報が必要です。
ハルカさんは果物について知っていることが珍しいということに驚いていました。彼女の故郷では果物は一般的なようですね。
そのまま彼女の故郷について話を聞くことにします。
しかし、その後は聞けば聞くほど驚くことばかりでした。
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その後、ハルカさんは冷静に簡潔にこちらに来た時の状況から話を始めてくれましたが、私は彼女の様子に違和感を感じていました。
魔素を補給したとはいえ、少々落ち着き過ぎているように思えたのです。
「私のいた街は、桜各市と言いまして、桜各が街の名前で…市が街の規模を表します。
桜各市は街の中では大きな方で、住んでいる人の数が多く、物や人の行き来が活発でした。
この街は日本という国にあって、日本は四方を海に囲まれた島国です。
聞き覚えの無い国だと思いますが、他にも、アメリカやイギリス、韓国、中国…たくさんの国があって、世界にはおよそ200の国があります。」
違和感を感じながらも彼女の聞いていますと、話の中に気になる言葉が出てきました。
「聞き覚えのない国」、「世界にはおよそ200の国がある」
…ハルカさんは我々が「彼女の故郷を知らない」ということを前提に話をしていますね。
今までの説明も丁寧でわかりやすかったですし、世界の国の数を知っているということは、彼女の教養は高いということでしょうか。
気になりますが、今は続きを聞くことにします。
話を止めて、出るはずの情報を逃すわけにはいきません。
「日本は技術の発達した国で、細かな小さいものを作るのが得意です。
この腕時計なんかもそうですね。」
この小さな時計は腕時計というのですか…。名前の通りですね。
「私の世界では、科学という技術が発達していて、電気を使って道具を動かします。」
感心して聞いていましたが、ある言葉が頭の中に引っかかりました。
「私の世界」
聞いた言葉の意味を理解した瞬間、驚きのあまり声を上げそうになります。
何とか平静を保ちつつ、クルビスを見ます。彼も顔には出していませんが、かなり驚いているようですね。
この言葉の意味を読み取ると、ハルカさんは『この世界が自分のいた世界ではない』と知っていることになります。そんなばかな。
我が一族でも、異世界に来たと理解するのに数日かかりました。
来たばかりの彼女が何故知っているのでしょう?
今までの様子からは取り乱したところは見られませんでした。
異世界だと知って、ここまで落ち着いていられるものでしょうか?
…まだ確信は得られません。
もう一度同じような言葉を聞ければ…。
「電気は雷のようなもので…あ、こちらに雷はありますか?」
「っ。ええ。あります。
空から大地に向かって落ちる、光る巨大な魔素の力のことですね?」
ハルカさんに聞かれて、我に返って急いで答えます。
とにかく、彼女の話はまだ終わっていません。最後まで聞いてみなくては。




