別話 回想4 (フェラリーデ視点)
お茶を用意する間、頭の中では先程来た彼女の状態について考えていました。
魔素切れとは聞いていましたが、あれ程とは思いもよりませんでした。
少しでも感情を揺らせば、魔素がなくなって消えてしまうでしょう。
いったい何があったのか…。尋常ではありません。
それに、あの服装。靴や髪型はともかく、私がまったく知らない衣装でした。
私は長と違って旅をしたことはありませんが、このルシェモモに来てからいろいろな種族と交流してきました。
技術都市ということもあって、ルシェモモには多種多様な種族が揃いますから、見慣れない衣装にお目にかかることも少なくありません。
しかし、まったく見たことがない衣装となると話は違います。
彼女の衣装は今まで見てきた各種族の衣装と共通点があまりにも無い。ほんの少ししか見ていませんが、この周辺の種族ではありませんね。
隣の部屋に続くドアに手をかけながら思います。
あの髪…もしや里の長老たちの仕業ではないでしょうね…。
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部屋に戻ってから、お茶を飲んでもらって言葉が通じるようになりました。
ホッとしたのもつかの間、彼女は自分の身に起こったことを聞いてきました。ここまでひどい魔素切れなど滅多に起こりません。驚いたでしょうね。
私も彼女を落ち着かせるべく、聞かれたことに対してなるべくわかりやすいように説明しました。
聞いている彼女の様子から察するに、魔素については全く知らないようでしたが、話は理解しているようでしたね。
とても聡明なようです。しかし、基礎知識がなさ過ぎます。少なくとも技術者ではありませんね。
やはり、里の長老たちが送り込んできた可能性も考えるべきでしょうか。
以前にもありました。「クルビスに嫁と子を」という、ありがた迷惑な計画です。
クルビスは黒の単色で、力が強い。それ故に子を残せないのではと心配されていたため、出会った当時から様々な女性を紹介されていましたね。
特に、我が一族にとって大恩あるドラゴン、ルシェリード様は初孫であるクルビスのことをとても気にしておられました。
このまま、強すぎる力を持ち、子も残せずに長い時をたった1つで生きていくのではないか…と。
ルシェリード様は我が一族を保護し、生きていく場所を与えて下さった偉大なドラゴンです。
「ルシェリード様のお力になれるように頑張りなさい」と、我が一族は幼いころから言い聞かされて育ちます。
そのため、クルビスのことを聞きつけた長老たちは「お孫様に嫁をっ。」と無駄に張り切り、黒を持っているという理由だけで、一族の年端もゆかぬ少女を送り込んできたのです。
後で知った時は、呆れてものも言えませんでした。その少女はあまりにも幼かったのです。
ちょうどその時、長が里に帰っておられましたので、事の次第を報告してきつく叱っていただきました。
あの後は反省したのか、静かになったのですが…。
もちろん、少女…アニスの両親も知りませんでした。
彼女は一族の中でも力が強く、幼いながらも術を扱うのに長けていたため、私のところで修行させるという長老たちの言葉を信じていたのです。
実際、彼女の才能は守備隊で花開き、我が医療部隊の中でも屈指の術士に成長してくれました。
長老たちの企みに関しては、年が離れすぎていたため、恋愛にすらなることはありませんでしたね。
アニスはクルビスになついていますが、兄のように慕っているだけです。
どちらかというと、キーファとのほうが仲が良いですね。あの2つはお似合いだと思います。
クルビスも事の次第を聞いた時は呆れていました。
そしてルシェリード様に話をしに行ったのです。「自分は大丈夫だ。」と。
「たとえ子が出来なくても、親族、一族の子らを守り育ててゆけばよいのだ」と。
「たくさんの家族に囲まれている自分は1つきりではない」と。
淡々と、微笑みすら浮かべてクルビスは言ったそうです。
クルビスの意志を聞いたからか、ルシェリード様もそのことに関しては何もおっしゃらなくなりました。
それからは、クルビスのもとに女性が送り込まれることは無くなりましたね。
アニスのことも年の離れた妹のように可愛がっています。
…目の前にいる女性はあの時と状況が似ています。
何も知らずルシェモモに来た。そして黒を持っている。それも、黒髪黒目です。
彼女に聞こうにも、知らない可能性の方が高いですね。もしかしたら、まったくの無関係かもしれませんが。
今は長が里にいらっしゃいますからね。長の目を逃れて事を運ぶのはかなり難しいでしょう。
彼女の衣装からして、この近辺の出身ではありません。
いたとしても、黒一色の者などすぐにウワサになるでしょう。しかし、そんな話は聞いたこともない。
あのような混じりけのない黒一色は、クルビス以外で初めて見ました。それも、髪だけでなく目の色まで。
本当にクルビスと対のようです。どこの種族でしょう?
彼女に話をしながらも、さりげなく観察していきます。
混じりけのない黒一色の髪色、同じ色の目、丸い耳…まさか。いや、そんなばかなっ。
自分の頭に浮かんだ考えを振り払おうとしますが、同時に、頭の中で納得していました。
私の考えが正しければ、彼女の状態、つまりあの魔素の少なさの説明がつくのです。
もしかしたら、彼女は…『ヒト族』かもしれません。
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案の定、彼女…ハルカさんは自己紹介で自分は『ヒト族』だと名乗りました。
これが『ヒト族』…我が一族を蹂躙してきた種族…。
しかし、彼女は危険な考えの持ち主には見えません。
長も言っていましたね。我が一族を襲ったのも『ヒト族』なら、救ったのも『ヒト族』だと。
種族だけで嫌悪してはいけないと。
もう少し、ハルカさんの話を聞いてみなくてはいけませんね。
私がどのように聞こうか考えていると、クルビスが彼女に出会った時の状況について聞きました。
予想はしていましたが、やはり街中ではないようですね。
「それが…私にもよくわからないんです。気が付いたら森の中で…。信じてもらえないと思いますけど、本当なんです。何時も通り仕事に行くところだったのに、歩いていたらいきなり森の中にいました。…どうしてこうなったのか、私が聞きたいくらいです。」
クルビスの質問に、ハルカさんは困惑しきった表情で話してくれます。
突然、見知らぬ場所にいた…それも森の中ですか…。
これは確認しなくては。
「…今、森の中とおっしゃいましたね?ハルカさん、あなたは深緑の森から来られたのですか?」
私がハルカさんに質問すると、クルビスが代わりに彼女を見つけた時の状況を教えてくれます。
「ああ、俺が何時もの巡回に行ったら、ポムの小道に立っていた。見かけない衣装にこの色だ。最初は不審に思って話しかけたが、言葉が通じないとわかって慌てて連れてきた。
ポムの小道のかなり奥にいたから、時間が惜しくて俺が担いで森を抜けて、街に入ってからは魔素を補給しながら連れてきた。…俺からはこれくらいだな。」
成る程、彼女の話と合わせると、我が一族がこちらの世界にきた状況と酷似していることがわかります。
ある日突然、深緑の森の中にいた。ヒト族ならこの世界の方ではありませんから、異世界からこちらに来たことになります。それなら、魔素が枯渇寸前だったことにも説明がつきます。
我が一族もこの世界に来た時は同じような状況だったそうです。
ルシェリード様に見つけていただかなければ、消えてしまっていたでしょうね。
「ありがとうございますクルビス。よくわかりました。ポムの小道にいたんですね。…それであんな状態でも立っていられたんですねぇ。」
ポムの小道にいてくれて良かった。運がいい女性です。
私の言葉に、ハルカさんが説明を求めてきます。
彼女はとても冷静ですね。自分の状況を把握し、わからないことも理解しようと努めている。
長のおっしゃっていた『ヒト族の友達』に似ている気がします。
「そうなんですか。運が良かったんですね。朝から歩き通しでしたけど、その…ポムの木のおかげで身体が保てたんですね。」
自分の幸運をしみじみとかみしめながら、ハルカさんがギョッとするようなことを言いました。
朝からですかっ?そんなに森の奥深い所にいたんですね…。
しかし、それならいくらポムの小道にいたとしても、ここまでは持たないはずです。
こちらの世界に来た時には、すでに魔素がほとんど無い状態だったはずですから…。
「朝からですかっ…では、ずいぶん森の深いところにいらっしゃったんですね…。しかし、おかしいですね。いくらポムの木とはいえ、そこ迄は保たないはずです。ハルカさんのご様子を見る限り、食料をお持ちでは無さそうですし…。」
不躾かと思いましたが、思わずハルカさんの荷物を見てしまいます。
彼女の持ち物は変わっていますね。話に聞く『ヒト族』は、我らのように布の袋で物を持ち運びしていたはずですが…。いえ、あれからかなり時間が経っています。ヒト族の新しい技術なのかもしれません。
「あの、途中で果物を食べたんです。…これなんですけど…。」
彼女が堅そうな黒い袋から、さらに袋を取り出しました。
変わった布ですね。ずいぶん光沢があります。袋を観察しながら、彼女から受け取って中身をあらためます。
「これは…ポムの実ですね。成る程、これを食べたのならば、少量ですが魔素が補給されたはずです。」
中からは珍しいものが出てきました。ポムの実です。
ポムの木がその身に溜めこんだ過剰な魔素を外に出すためにつける果実。
これを食べたなら、普通の食事などよりもはるかに効率よく魔素を補給出来ます。
「ポムの実があって良かった。ポムの小道には他に実のなる木はありませんから。…なかなか実をつけないんですよ。」
本当に、彼女は運が良いですね。もしかしたら、彼女が現れたことに関係があるかもしれません。
ポムの実のことは長に報告しておきましょう。
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「っ。…では、来訪者か?」
ハルカさんが席を外している間に、クルビスと彼女のことについて確認し合います。
クルビスにも『ヒト族』の話はしていましたから、彼女の挨拶を聞いた時はかなり驚いていましたね。
私が彼女について考えていることを述べると、クルビスは彼女がここに来た理由を察したようでした。
ルシェリード様から我が一族が来た時の話を聞いているようですから、話が早くて助かります。
「おそらくは。彼女の様子から、ウソを言っているようには思えませんでした。
我々の時と似ていると思います。
…彼女が最初にいたという場所の調査が必要ですね。」
もしかしたら、長は知っていたのかもしれません。
彼女が現れた場所に、他にも異常がないか詳しく調査しなくては。
「ああ。それに、彼女のことも聞かないと。
国も同じような設備だと言ってたが、そんなこと、他で話されても困る。
…なるべく多く情報を引き出して、場合によっては口止めがいるだろう。」
「ええ。幸い、彼女は落ち着いていていますし、聡明です。
こちらの聞いたことには、きちんと答えてくれるでしょう。
…彼女はしばらくこちらに…?」
クルビスの意見に賛同します。確かに、彼女自身についても聞いておかなくてはいけません。
彼女の持つ知識によっては、おいそれと外には出せないでしょうから。
「ああ。一応、医務室の個室は取ってある。
あの状態だったからな。…おかげで、入室しても怪しまれない。」
「なら、しばらくは経過観察としましょう。 …今日、明日は様子を見る必要がありますしね。」
クルビスも同じことを考えていたようで、個室のカギを見せてくれました。
彼女がここに来た時の状態なら、2・3日は様子を見なくてはいけませんからちょうど良いでしょう。
しばらくはこちらで身柄を預かる形になりますね。
一族にはまだ話さない方が良いでしょう。
彼女に何かあってはいけません。
長はともかく、一族の中には『ヒト族』を酷く恨んでいる者もいますから。
「ありがとうございました。…お待たせしてしまいましたか?」
クルビスと彼女の身柄を預かる算段を整えたちょうどその時、彼女が出てきたので話を打ち切ります。
クルビスが彼女のもとへ行き、魔素の補給を再開します。
まだ、補給が終わりませんか…。ポム茶を2杯も飲んだのですが。
私の知るヒト族はとても弱い個体であったはずですが…。
彼女はどうも私の知るヒト族とは違いますね。詳しく話を聞ければ良いのですが…。
そんなことを考えていますと、クルビスがまたもやハルカさんから目をそらしていました。
面白いですね。照れるクルビスなんて滅多に見られません。
…もしかすると彼女はクルビスを変えてくれるかもしれませんね。
そんなことを思いながら、クルビスから向けられる視線を見なかったことにして、ハルカさんを隣室へ促しました。
「いいえ。では、隣の部屋に戻りましょうか。」




