別話 回想3 (フェラリーデ視点)
それからは、手足の麻痺を取る薬や身体を温める薬湯の在庫確認などをして過ごしました。これから住民の患者が増えるでしょうから、備えなくてはいけません。
その間に、バカたちの様子を見に行きましたが、相変わらず「もう大丈夫」だと進言されて一蹴しました。
変わらないやり取りに呆れて、患者だと自覚してもらうために穀物スープを厨房に頼んでおくことにします。その際、味付けを極力薄くしてもらうことも忘れません。
しばらくして、昼近くになった頃、聞きなれた「音」を耳が拾いました。
リーーンリーーン
澄んだ音が耳に心地良いですね。クルビスですか。どうしたのでしょう?
私だけが聞いている音に耳を澄ませつつ、彼が来た訳を考えます。
この「音」は個体の持つ魔素から放たれるもので、北の守備隊では、私だけが認識できるものです。
一般的には、魔素は視覚で認識されます。色であったり輝きの強さであったりと、見え方に個体差はありますがほとんどの者が目だけで認識しています。
しかし、わたしの場合、目はもちろん耳でも魔素を感知出来ます。
個体から放たれる音色は周囲にあふれていて、私には楽の音を聞いているようなものです。それが私の日常。
これは「深緑の森の恩恵」を受けた子は必ず持っている能力で、一族の中でもせいぜい10個ほどしか持っていない能力ですね。
聞こえ方には個体差があり、私は鈴のような音色で聞こえますね。
特にわが友の音色は一段と澄んでいて力強い。何時でも何処でも、聞けばすぐにわかります。
「リード、医務局の様子はどうだ?…食事を持ってきた。」
「ありがとうございます。
…もう大丈夫みたいです。起き上がろうとする隊士が多くて、困りますね。」
わざわざ食事を持ってきてくれたんですか。
隊士の数に余裕がないのと、寝込んでる隊士が心配なのと…両方でしょうね。常に率先して動き、下にも目をかける戦士部隊の隊長。
慕われるわけですね。
その後、術士部隊の話をして、キィに何か御馳走することになりました。
これだけ守備隊の被害が少なかったのは、キィの術士としての能力の高さと素早い判断力があってこそですからね。
術士の回復を最優先して、1時のうちには術士部隊全員が回復するという快挙を成し遂げ、さらに単色を短時間で回復させてくれました。術士の半数を連れて中央に行きましたが、他の守備隊はここまで術士を揃えることができなかったでしょう。
術士部隊にも、今度何か甘いものを差し入れましょう。しばらく働き詰めでしょうから。
「安心した。こちらも、もうすぐ通常通りに戻せそうだ。
隊士たちには、くれぐれも休むように言っておいてくれ。食器は後で誰かに取りにこさせる。」
「わかりました。やっと一息つけますね。」
「ああ。」
何とかなりそうですね。後は、動けるようになった住民が医療所に殺到している可能性があります。そちらの対応が必要になりそうですね。
その前に、ポムの小道の調査をお願いしなくては…。
そのまま戻ろうとするクルビスに声をかけます。
「ああ、クルビス。
昼後で結構ですので、誰かにポムの小道を見てきてもらえませんか?
…里から連絡がありまして、向こうのポムの木が幾つか落葉し始めたとか…こちらも確認しておきたいんです。
別れ道までで結構ですので、お願いします。」
私がお願いすると、クルビスの顔が強張ります。常にないことですからね。わかります。
「ポムの木がっ…わかった。調査しておく。
…この寒さのせいか?」
「恐らくは…。このまま暖かくなれば、大丈夫でしょうが…念のために確認しておきたいんです。」
長から聞いたことを簡潔に答えます。
これ以上は現状ではわかりません。
長は必要最小限のことしかおっしゃいませんから、与えられた情報から最大限読み取らなくてはいけません。
今日の話だと、かなり昔に似た現象があって、その時にもポムの木が落葉したということでした。
つまり、気温の急激な変化が原因であると考えられます。
長は気温が上がれば大丈夫だとおっしゃいましたが、あの口調は気温が上がると確信してのことでしょう。確実なことしか口になさいませんから。
そして、長は「今日」のポムの小道の様子を知りたがっておられた…。
何かあると思っていらっしゃるようですが、そのことは口にされませんでした。つまり、何もない可能性も含んでいるということです。危険があるときは可能性だけでもおっしゃいますから、危険はないようですが…。
今日のような状況では、そこまではクルビスには言えません。
気温の低下だけでも異常事態なのに、ポムの木の落葉、さらにそのことに深緑の森の長が特別な関心を寄せているなど…。
私にも確証のないことですし、これ以上は悪戯に不安をあおるだけです。
事態が落ち着いたら話すつもりにしています。調査をお願いしましたから、少なくともその報告が来てから話すことになるでしょう。
「成る程な。わかった。」
私の返事に快く頷いてクルビスが部屋を出ていきました。
さて、どんな状況が報告されるのでしょう。何もなければそれが1番良いのですが…。
とりあえず、せっかく持ってきてもらった昼食です。
冷めないうちに、ありがたくいただきましょう。
*******************
昼を過ぎて、戻ってきた隊士が食器を下げに来てくれました。巡回の班も順次帰ってくるようです。警備に関しては大丈夫なようですね。
驚いたのは、シードが戻ってきてクルビスが出かけたと聞いたときです。
クルビスが向かったのはポムの小道でしょう。
はからずも、長の希望通りになりました。シードは深緑の森の出口の詰め所から戻ってきたそうですから、シードに行ってもらってもよかったでしょうに…。
いいえ、シードは透視が苦手でしたね。
透視とは、個体の持つ魔素の特徴や流れを見る術のことです。
魔素を認識できる者が自身の魔素を操つることで、さらに魔素の認識能力を高める技術です。素質が必要で、認識できる範囲や状態にも個体差があります。
クルビスは透視が得意で、広い範囲を細かな魔素の流れまで見通すことが出来ます。
逆にシードはこれが苦手で、見れる範囲が狭く、魔素も有無くらいしかわからないと以前言っていました。
ですから、彼が戻ってクルビスが見に行くことになったのでしょう。
先程来た隊士が知らなかったところを見ると、混乱を避けるために内密で調査する必要があると判断したようです。隊士の動揺は住民に広がりますからね。
そうなると、長の言った通りクルビスに頼んだ方が早かったわけですね。私もまだまだ状況の判断が甘いようです。
クルビスが戻ったら、状況の確認と長のことを話さなくては。
ビーッビーッ
隊士が下がってしばらくしてから通信機の呼び出し音が鳴り響きます。
急患でしょうか。とにかく、通信機のスイッチを入れます。
《医務局っ。こちら深緑の森の出口。クルビス隊長が急病の患者を保護。数は1つ。魔素切れを起こしています。現在、クルビス隊長が魔素を補給しながらそちらに向かっています。繰り返します。》
予想通り急患の知らせでした。しかし、驚いたのはその内容です。
通信機から聞こえる連絡を聞いて、身体に緊張が走ります。何があったというのでしょう。
クルビスが保護したというからには、もうポムの小道を出たのでしょうか?
住民が起き出して具合が悪くなったのかもしれません。
《医務局。了解しました。》
通信を切って、ポム茶の準備を始めます。
ちょうど『命の水』をたくさん補充したところです。これでポム茶を入れましょうか。
魔素を補給しながらなら…あと10針ほどはかかりますね。
クルビスが戻るころを計算しつつ、命の水でお湯を沸かしに行くことにします。
今から準備すれば、すぐにポム茶を飲んでもらえるでしょう。
*******************
お茶の準備も整い、患者の到着を待っていると、クルビスの魔素の音が響きます。
リーーンリーーン
…クルビスの音にかき消されたのか、患者の音が聞こえませんね。
かなり弱っているのでしょうか。
カッカッ
シェロンの音が響きます。
大きすぎない声で、しかしはっきりと返事をします。
「はい。どうぞ入って下さい。」
私が入室を促すと、クルビスが部屋に入ってきました。
その後ろから、変わった服装の女性が入ってきます。
「っっ。」
かろうじて声は出さずに済みました。クルビスと並ぶとまるで対のようです。しかし、今は治療が先です。彼女を休ませなくては。
いつも患者に対して向ける笑みを浮かべ、努めて穏やかに話しかけます。
「そちらの方ですか?クルビス。…さあ、こちらへどうぞ?」
「☆、☆¥%…。$°♪¥#。☆$%、£☆%£€☆%♪¥#…。」
…何です?…もしやっ。
慌てて彼女の魔素をしっかりと確認します。
これはっ。急がなくてはっ。
クルビスに補給を続けるようお願いして、急いで隣の部屋に用意していたポム茶を取りに行きます。
彼女の魔素は枯渇寸前…いつ消えてしまってもおかしくない状態でした。




