別話 回想2 (フェラリーデ視点)
病室を出た後、バカたちが勝手に抜け出さないように術でドアを固定してから医務室に戻りました。
医務室には私物の簡易の通信機が置いてあります。
少々変わった形の通信機ですが、手に持てる大きさですから、持ち運びが楽でこういう時に便利です。見た目はただの石にしか見えませんけどね。
私たち深緑の森の一族は、この世界とは違う世界から来たのだと言われて育ちました。
何でも、もとの世界では「エルフ」と呼ばれていたとか。
そのため、我が一族は「エルフ族」と言う単体の種族として知られています。
エルフ族はこの世界にはいなかったそうですから、当然ですね。
異世界の種族だからか、変わった術式を用いて魔素を操り、新しい術式と魔道具を作り上げました。
その功績によってこの世界での確固たる地位を確立し、現在では「知恵と知識の民」として広く認知されています。
通信機を持って、魔素を流し込みます。石の表面の模様が淡く光り、通信機が起動しました。
対となる通信機のうち、片方がこの状態になるともう片方も自動的に起動して持ち主に知らせます。起動状態で相手が魔素を流し込めば通話可能です。
この魔道具の特徴は、既存の通信機と違って同時通信が可能になったということですね。もちろん利便性も飛躍的に上がっていますが、同時通信ができることで時間的な損失がかなり減ります。
これが実用化されれば、今より迅速に隊士の指揮を執れるようになるでしょう。そのために、私も試験使用に参加しています。
今日も、今使っている里との直通の通信機とは別の通信機をリリィに持たせています。
先程、工房街西側から連絡がありましたが、言葉の受信に問題はありませんでした。
長の発明はたいしたものです。
我々の長は変わった方です。一族の中でも飛びぬけて長寿で、外見は全く年を取りません。我が一族がこちらの世界に来た頃から、すでに長であったと聞いています。
『冒険者』という荒事を行う職業についていたこともあって、体術や剣術といった武術にも長け、一族の中でも長寿であるが故の博識ぶりは大陸一とまで言われています。
性格は…えー、少々、奇抜で懐の深い方です。いつも明るく周囲を煙に巻きますが、穏やかな瞳の中に冷たいものが含まれていることを知ったのは何時のことだったでしょうか。
我が一族の名を大陸中に広め、確固たる地位を築きあげたのは間違いなくこの方なのだと知ってから、私も外の世界に興味を持つようになりました。
長はかつて、もといた世界で大陸中を巡り、またこちらに来てからも、旅をやめることはありませんでした。
自分の目で見、耳で聞いてこその知識だと教えてもらい、長の知識の深さに触れるたびに私の外への憧れは強くなっていったのです。
まあ、結局、旅に出るのは一族総出で止められて、今はこのルシェモモで北の守備隊医療部隊隊長なんてものをやっていますけどね。
里を出たことを後悔したことはありません。
無二の友を得、良い仲間にも巡り合えて、やりがいのある仕事を任されている。私は現状にとても満足しています。
私がここに来た頃について思いをはせていると、通信機の光の色が変わりました。淡い青から緑へと変わったのを確認して、耳にあてます。
「もしもし?」
「もっしーっ。ディーちゃん元気?」
私が話しかけると、聞きなれた明るい声が耳元に届きます。
変わらぬ声と調子に安堵しつつも、返事を返します。
「ええ。元気ですよ。長はいかがですか?」
「僕?僕はいつでも元気だよ?あ、でも最近、ジジイどもが「旅をやめろ」ってうるさくて。
こないだ帰ってきてから、旅の荷物全部取り上げられちゃった。ちゃんと、里と直通の通信機も作ったのにぃー。」
ふてくされている姿が頭に浮かんで、思わず笑みがこぼれます。
お変わりないようで、何よりです。
「ふふ。それでこの間の通信機ですか?」
「うんっ。いつでもどこでも連絡の取れる通信機があれば、ちょっとくらい外に出ても大丈夫かなって。…里の周辺はポムの木が多いから、なかなか難しいけどね。」
長の言葉に納得しながらも、要件を切り出すことにします。
「こちらでも試験的に活用を始めたところです。結果は後日ご報告します。…今日は、今朝のことについて、お尋ねしたくて。」
「うん。そうだろうと思って待ってた。こっちの周りはだいたい調べたよ。ポムの木が落葉してる。」
「っ。ポムの木がっ。」
長の答えに、思わず言葉が詰まります。
獣除けに使われることが多いポムの木ですが、魔素をその身に留める性質を持ち、薬としても珍重されています。
魔素を外に放出しないせいか、外部からの魔素の干渉をほとんど受け付けません。
そのせいか、休眠期に自然に葉が落ちる以外は落葉することはありません。そのポムの木が落葉した…。
何か魔素に多大な影響を与える事態でも起きたのでしょうか?
「だーいじょーぶだよ。前にも似たようなことがあってね。その時も一時的に気温が下がって落葉したんだってさ。気温が上がれば大丈夫だから。」
長の言葉に安堵します。長は長寿ですから、多くのことを見聞きしています。長が大丈夫だとおっしゃるなら、大丈夫なのでしょう。前にもあったということですし。
「以前にもあったのですか?」
「うん。すっごい前で、もう知ってるのってドラゴンの一族くらいじゃないかなぁ。」
「ドラゴンの一族ですか…。」
それでは、かなり昔の話ですね。数百年程度の話ではないでしょう。
「そう。だから大丈夫だと思うけど、一応、そっちの側のポムの小道を調べておいてくれる?だいたいの様子でいいからさ。そっちも忙しいと思うから。」
「わかりました。調べさせておきます。」
「あ、できたらクルビスくんにお願いしてね。彼、透視が得意だったでしょ?」
長の依頼に承諾をすると、意外な注文が追加されました。
隊長職がどれほど忙しいか、よくご存知のはずですが…。
「クルビスですか?」
「うん。もちろん、他の子がやってくれてもいいんだけど、透視が得意で、この気温でも短い時間で調べて戻ってこれるのって彼くらいじゃない?今、忙しいだろうし。」
長の話に一理あると思いつつも、難しいと思いました。
朝、特別巡回を回してから、ずっと通信機の前で指示を出し続けているであろう友のことを思い浮かべます。
「…難しいと思います。今動ける隊士が少なくて、特別巡回も彼が直接指揮をとっているんです。」
「ありゃ。そんなにかぁ。まあ、寒かったもんねぇ。今日。
んじゃ、誰でもいいから、様子だけでも見てきてもらえないかな?今日の様子が知りたいんだ。」
長にこちらの事情を話すと、理解していただけました。
長もルシェモモで守備隊にいたことがあるそうですから、話が早くて助かります。
「わかりました。今日中に調べておきます。」
「よろしく~。じゃあね。」
私の返事に長も納得されて通信が切れました。
光らなくなった石をテーブルの上に置いて、額に手を当てます。長に大丈夫だと言われた安堵とポムの木への不安が混ざって、頭の中が落ち着きません。
とりあえず、調査に関してはクルビスに話を通さなくては。
誰か隊士を派遣してもらって、様子だけでも見てきてもらいましょう。




