別話 回想1 (フェラリーデ視点)
うちの隊士が来たら、通信機での連絡と運びこまれる患者の対応を任せましょうか。
リリィもわかっているでしょうから、経験の多い術士を置いていってくれるでしょう。
私が仕事の引き継ぎについて考えていると、クルビスが息を吐き出します。
まだまだ油断できない状況ですからね。
「フーー。とりあえず、手は打ったが…。」
「ええ。後は隊士たちの働きに期待するしかありません。
ハルカさんにも事情をもう少し聞いて、彼女の今後のことも含めていろいろ決めておかないと…。」
今打てる手は打ちました。
後は、ハルカさんと今後の話をすることと…ああ、医療所の件がありましたね。どうしたものか…。
私が考えながらも返事をすると、クルビスも同じことを考えていたらしく、医療所の件を尋ねてきます。
「そうだな。しかし、医療所に詰めかけている技術者たちはどうする?
たしか、指先が動かないんだったな?」
「そうです。…どうしたものか。」
「お湯で温めるのではダメなのか?」
「急激な温度変化は負担になるんです。技術者には指先の微細な感覚が必要だったりしますから、この方法はとれません。」
ですが、治療できる術士の数には限りがあります。たとえ派遣しても、治療術士の原則に従って重症の者から治療していきますから、報告にあった若い技術者たちは後回しになってしまうでしょうし…。
「…ゆっくり温めればいいんだな?陽球はどうだ?」
ああ。確かに弱めの温度に設定して、しばらく当たらせておけばかなり楽になるでしょう。
身体の機能はほとんど回復しているようですし…。
私は頷いてクルビスに答えます。
「いけますね。どこかの部屋で弱めに設定して当たらせておけば、時間はかかっても確実に回復します。別に部屋がいりますから、大きい医療所に貸し出すとしても…予備の陽球はどれくらいありましたか…。」
「あっても、せいぜい20個だな。休眠期明けで調整に出してるから数が無い。」
それではとても足りません。それに、大きい医療所とは言いましたが、そこに患者が集中して混乱が大きくなる可能性が高いですね。
陽球は高価なものですから、目の届かない場所に放置はできませんし…。
「そうですか…。それをすべて貸し出すにしても、場所と見張りと…できれば陽球を調整できる者がいれば理想ですが…。」
足りないものを言っても仕方ないのですが、ついつい口に出てしまいます。
部下のいる前では絶対口にしませんが、ここにいるのはクルビスだけです。逆に何か意見を聞ければ、より良い対策も取れるでしょう。
「場所と見張りか…。ああ、なら、詰め所はどうだ?
もともと陽球はあるし、隊士がいるから見張りになるだろう?もちろん調整もできるし…。」
「…いいのですか?確かに、詰め所なら部屋もありますし、隊士の前で暴れたりしないでしょう。場所がわかっていますから、直接向かってもらえば…。
本部でも用意すれば幾つか引き受けられそうですね。見張りは1つ2つあればいいですし。」
いい案です。現状では、治療術士も隊士も数が足りませんから、治療所への派遣は難しい。
しかし、陽球の貸し出しは盗難や軽症患者の殺到などが起こる可能性があります。見張りと調整役が必要になる上に治療所の負担になりかねません。
その点、本部や詰め所ならすでに陽球がある上に、万一患者が暴れ出しても取り押さえられる隊士がいます。
本部や詰め所内なら隊士の追加もほとんど必要ありませんし、患者の数が減れば、治療所の混乱も落ち着くでしょう。
クルビスが言うなら出来ると判断してのことでしょうし、実際、良い方法でもあります。
「そうだな。本部も使えるか。今のところ、これが1番上手くいきそうだしな。シードと相談しながら、詰め所にいる数を確認して、余裕のある所から準備させよう。
少し無理を言うことになるが、軽症者が部屋にいるだけならいけるだろう。頼んでみる。」
「お願いします。ハルカさんに事情を聞くのは後でも良いでしょう。時間がかかるようなら、私が先に話を聞いておきます。」
私が手配をお願いすると、クルビスが少し迷うそぶりを見せます。
「…ああ。すぐ戻る。」
しかし、すぐに切り替えたらしく返事をつぶやくと、速足で部屋を出ていきました。
いい傾向ですね。彼女のおかげです。
私は隣の部屋にいる稀有な女性を思い、友の様子を思い出して口元に笑みを浮かべました。
本当に、今日は驚くことばかりです。
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「リード隊長っ。俺、もう大丈夫ですっ。勤務に戻してくださいっ。」
1つの隊士が意を決した顔で進言してきます。
…またですか。
ため息が出そうになるのを堪えつつ、声をかけてきた隊士に向き直ります。
言っても聞かないでしょうが、言わなくてはいけません。
「まだいけません。少し前までろくに動けなかったでしょう?
隊士は身体が資本です。おとなしく休んでいなさい。」
「そんなっ。もう動けますっ。こんな時に寝てられませんっ。」
私の言葉に言い返してきます。いい度胸ですね。
確か彼は数年前に入ったばかりの新人でしたね。しかも若い。
経験が無いのは仕方ありませんが、誰の命令でここにいると思っているのでしょう。
「クルビス隊長の命令です。おとなしく休んでいなさい。」
クルビスの名を出すと途端に静かになります。あいかわらず慕われてますね。
この調子で、起き始めた他の隊士にも言い聞かせましょうか。
「明日はもっと低い気温になるかもしれません。そうなれば、すでに詰め所にいた隊士たちも疲労してくるでしょう。少しでも交代要員は確保しておきたいのです。
それも、万全の体調で、ですよ?今のうちにしっかり休んで魔素を整え、明日に備えなさい。」
私がそこまで言うと、その隊士はハッとしたような顔をして、その後すぐに礼をとって自分のベッドに戻りました。
やれやれ、わかったみたいですね。今日はこれで何回目でしょうね?
私はこのルシェモモの北の守備隊、その医療部隊を預かる者です。ここの医務局には、優秀な治療術士も高度な設備もそろっているため、街の治療所では治療が困難な患者が運ばれてきます。
それ以外にも、隊士の健康を一手に引き受け、日々の務めに支障が出ないようにするのが我々医療部隊の仕事です。
ここの隊士たちは職務熱心なのは良いのですが、強い個体が多いせいか無理をするバカが後を断ちません。私の日課は、具合の悪そうな隊士を見つけては、検診するために医務局まで引きずって行くことです。
いざという時、動けなかったらどうするんでしょうね?
その時に一般の住民、それも子供が側にいたりしたら?
ルシェモモの技術を欲しがる者は何処にでもいます。
それを防ぎ、住民の安全を守るには危険が付きまといます。少しでも事故や怪我の危険を減らすためには、常に万全の状態で警備にあたらなくてはいけないのです。
ですが、どんなに言い聞かせても、無茶をするバカの数が減ることはありません。今日も、先程のように動き出しては私に許可を求めてきます。
…意識が高いのは素晴らしいことですけどね。困ったものです。
しかし、今朝の気温は異常でしたね。この時期の朝では考えられないほど冷え込みました。
こんな現象は聞いたことがありません。
原因を突き止めなくては。里にも連絡してみましょう。




