別話 奔走 (フェラリーデ視点)
「ありがとうございます。クルビス。…キーファ、あなたはどうしますか?」
胸に手を当てて上体を傾けながらクルビスに礼を言い、向き直ってキーファに確認をとります。
キーファは術士部隊の副隊長です。私やクルビスに直接の指揮権はありません。
キィの命令で、こちらに留まった術士部隊の指揮を執っていたに過ぎませんから。
「キィ隊長からは、こちらに残った半数とともに御二方に従うように言われています。
先程の報告通り、現状で術士を派遣した転移局の営業に問題はなく、派遣した術士はこのまま勤務を続けることになっています。
何かあったら近くの詰め所に連絡することにしていますので、本部と連絡をとれる距離ならば、私にも医療部隊のお手伝いができると思います。」
「そうですか。それは助かります。…連絡が取れれば良いのですね?」
「はい。…?」
キーファの返事に頷いて、あることを思いつきます。
上手くいけば、効率よく活動出来るはずです。
「リリィ。今日、『あれ』を使ってみてどうでした?」
「はい。北の工房街西側の大街灯と本屋街西側の入口、あとミレー通り南口で使用してみましたが、私の方ではどの地点でも問題なく通信可能でした。」
「そうですか。私の方も問題なく聞こえていましたし、私の声も届いていたようですね?」
リリィの頷きを確認してから、キーファに向き直ります。
「キーファ。これは、我が一族が新しく開発した簡易型の通信機です。ただの石にしか見えないでしょうが、今日、リリィに巡回ついでに確認してもらったんです。
この北地区内なら本部と連絡はとれるようですし、里との連絡にはすでにこれを使用しています。性能に関して問題はないでしょう。」
私が腰のカバンから手の平に乗る大きさの石を取り出すと、リリィも取り出して並べて置きます。
対になっているため、大きさはもちろん色までよく似ています。表面に刻まれた術式の文様で、やっと区別がつくくらいですね。
「これが…通信機なのか?」
「ただの模様のついた石にしか見えねぇ…。」
クルビスとシードがそれぞれ感想を言います。
まぁ、通信機には見えないでしょうね。私も最初、石だと思いましたし。
1つ取ってキーファに渡します。手の平に乗せて、まじまじと観察しています。
「風と光の術式が組んであります。同じ振動を放つ物同士を媒介に、片方に声という振動を追加した状態で共鳴させ、対となるもう一方の物に共鳴と共に声の振動を届ける…というものだそうです。
…私は魔道具は専門ではありませんのでこれ以上詳しいことはわかりませんが、要は、持ち運び可能な通信機ですね。」
キーファは私の話に熱心に耳を傾けていますが、クルビスとシードは首を捻っています。リリィはもうすでに知っていますから、ただ静かに様子を見ていますね。
「対の石にしか声を届けられませんし、距離や間にある建物などによってはその声も上手く届けられない場合があるとか…。
しかし、今日試してみた限りでは、リリィの言った地点までは通信可能です。
工房街の西側は個別で開いている小さな工房が多く、あのあたりはお年を召した技術者も多い…。あなたのような優秀な術士が行ってくれるなら心強いのですが、いかがでしょう?」
私の説明を聞いて、キーファがもう一度通信機を眺めます。すると、キーファの手元にある通信機が淡く光を放ち始めました。
…起動のさせ方は教えていませんよ?
「なるほど。これなら、本部に連絡がきてもすぐに知らせてもらえますね。了解しました。工房街の西側ですね?」
「…よく起動できましたね。」
思わず私がつぶやくと、キーファが目を輝かせながら説明します。
「見たらわかりました。使いやすいように、起動・発信・受信がはっきり分けてあります。崩れたところもなく、まるでお手本のようですね。とても緻密で美しい術の構築式です。」
「それを聞いたら、長が喜びますよ。長が作られたんです。」
「「「「長がっ?」」」」
キーファの説明を聞いて、思わず製作者を教えてしまいました。一応、内緒だったんですけどね。
まあ、この部屋にいる皆は長の発明癖を知っていますから、大丈夫でしょう。
実際、長も聞いたら喜ぶでしょうしね。
「ええ。他には話さないで下さいね?長老たちには内緒で開発したみたいなので…。
ご自分が旅先でも連絡が取れるようにと開発されたんですよ。」
私の説明に、皆、「ああ…。」と頷きます。
長のことはよく知っていますからね。
長は、何でも昔は『冒険者』だったそうで、よく旅に出ます。
旅に出ては時折ふらりと戻るのですが、定期的に向こうから連絡が来るまでは、居場所がわかりませんでした。連絡が取れなくて困ることも多く、とうとう近年では、長老たちに旅に出るのを禁止されたそうです。
そこで、持ち運べる通信機を開発したのだとか。
内緒なのは、長はよく変わったものを発明しては周囲を巻き込んで騒動を起こすからです。普段は長老たちに発明を止められています。
でも、発明の中には本当に便利なものもあるので侮れません。本部や詰め所に設置してある通信機も長の発明ですしね。
この石も完全に実用化できれば、有効に活用できるでしょう。何でも、もといた世界で知り合った『異世界のヒト族』に聞いた道具を真似たのだとか…『異世界のヒト族』?
…後で長にも話を聞いてみなければ。ハルカさんのことがわかるかもしれません。
ですが、今はこちらの話に集中しましょう。
「今は長もこちらに帰られてますから、そのうちこの簡易型の通信機について聞きに来るでしょう。使用した感想などを教えてあげて下さい。」
「はい。…しかし、さすがというか、すごいですね。」
「そんなにすげえの?それ。」
「すごいですよ?魔素を流し込むだけで発動出来ますし、共鳴も対となる物以外にはしないように術が施されています。かなり高度な術ばかりです。
なのに、術同士が干渉し合ったりしないし、構築式が崩れていません。他にも誤作動しないようにいろいろ…。
こんな小さな石に、よくもまあこれだけ詰め込めたものです。」
感嘆のため息をもらしながら、キーファが手元の通信機を指し示してシードに説明します。
シードだけでなく、一緒に聞いていたクルビスも、その説明を聞いてすごいものだと理解はしてくれたようです。まあ、2つとも術は専門外ですしね。
「それが使えるようになれば、ずいぶん変わるな。」
「ええ。だから協力することにしたんです。キーファ。だいたいわかるでしょうが、一応リリィに使い方を教わってください。」
「はい。…先程の確認ですが、私は工房街の西側を担当するということでよろしいですか?」
「ええ。あそこは特級の技術者がいますが、どなたもお年を召しています。場合によっては医務局まで転移で運んでいただく必要があるでしょう。キーファに行ってもらいます。」
「承知しました。」
「んじゃ、工房街西側はキーファに戦士部隊を3つけて、後の指揮は任せるってんでいいんじゃね?」
私とキーファのやり取りを聞いていたシードが話を進めます。クルビスも頷いて、私を見ます。
妥当な数ですね。キーファは転移の術を使えますから、運び出す数は多くはいりません。
「そうですね。それでいいと思います。
では、リリィ。キーファと共に転移局に出向いて、通いの職員の住所と名簿を借りてきて下さい。住んでいる場所ごとに仕分けて、班を作ります。最低2つで組ませて下さい。運び出す場合に備えてタンカも用意します。
シード、下で地図を出して、名簿と照らしあらせてもらえますか?戦士部隊の配置はリリィに従って下さい。
…医療所に詰めかけている技術者に対しては、リリィとキーファが戻るまでに対応を考えておきます。
それと…クルビスと私はこちらに残ります。」
私が指示を出すと、副隊長が3つとも頷いて胸に手を当てて礼を取りました。立ち上がろうとしたところで、私の最後の言葉に反応します。
「…隊長たちが本部にいるのはわかりますが、医務局にですか?」
「あの、お嬢ちゃんのことだろ?
キーファ、リリィ、お前らが帰ってくるちょい前にクルビスが若い女を1つ保護した。アニスが真っ青だったからな、かなりまずい状態だったんだろ?」
いぶかしむキーファにシードが説明してくれます。リリィはアニスに聞いたようですね。
ハルカさんのことがある以上、今はまだ私もクルビスも動けません。しかし、話せないことが多すぎる。
「ええ。魔素が枯渇寸前でした。やっと魔素の補給が終わったところです。
まだ、安静にしなくてはいけません。目を離せないので、私が付き添うことになるでしょう。
…そうですね。リリィ。医療部隊の隊士を1つで良いのでこちらに回して下さい。彼女から離れられない場合があるでしょうから。」
簡単な説明とリリィへの指示を話します。副隊長たちは3つとも顔を強張らせて聞いています。
魔素の枯渇など異常ですからね。何があったのかと考えているでしょう。
「まだ、症状が落ち着いたばかりで話もろくに聞けていません。様子を見ながらこれから事情を聞いていくことになるでしょう。
彼女を保護したクルビスにも同席してもらいます。
私もクルビスも奥の部屋にいますが、彼女の安静のために他の隊士は入室を禁じます。用があるときはドアの外から声をかけて下さい。これは、すべての隊士への指示です。
以上です。行って下さい。」
私の説明に3つとも頷いて礼を取り、今度こそ立ち上がって部屋を出ていきました。
…これでハルカさんの話を聞けますね。




