別話 キーファの報告 (フェラリーデ視点)
単語解説
6つ…6人。
刻…時計の時。9刻なら朝の9時。13刻なら午後の13時。24時間でみる。
針…時計の分。27針なら27分。
転移局…荷物や生体の個体など、ありとあらゆるものを定められた場所に転移の術で運ぶ。郵便局と宅配便、さらに駅を兼ねている。
シェロン…ドアのノッカー。構造は貝殻のカスタネット。軽く叩くだけで音が響く。
詰め所…北地区を重要な9つの地点に分け、それぞれの地域を警備する。要は警察署のこと。
支部…詰め所の下部組織。基本、1つの詰め所に4〜7つの支部がある。警察署と交番の間くらいの位置づけ。寝泊り可能。
「お待たせしました。キーファ。」
私とクルビスが戻ると、キーファが真っ直ぐ立ったままで、胸に手を当て礼をとってきます。
相変わらずの生真面目さに内心苦笑をもらしつつ、先にイスに座りました。こうしないと、キーファは絶対に先には座りませんからね。
「どうだった?」
「はい。術士を派遣した転移局は、昼過ぎからはどれも落ち着いています。9刻あたりで、起き出した住民で少々混乱があったようですが、現場の機転ですぐに収まったようです。
職員は体調を崩してしまったものが多く、現在復帰できているのは半数ですね。」
クルビスが聞くと、キーファが淡々と事実を報告し始めました。
思ったより混乱が少ないようで何よりです。転移局では緊急時の対応も決められていますから、基本的に職員さえそろえば大丈夫です。
しかし、現時点で復帰可能が半数ですか…。
「半数か…。これはマズいかもな。」
「ええ。明日も同じ気温なら悪化する職員もいるでしょう。キーファ。その復帰できてない職員は医療所にいるのですか?」
「…転移局の寮に住んでいるものはそうです。どの転移局も業務を遂行するのに手一杯で、家から通っている職員は確認が間に合っていません。
また、どの医療所も治療を訴える住民で一杯で、医師や治療師が近隣を回ろうにも出来ないようです。」
予想していましたが、住民が起き出してきたなら、医療現場は混乱しているでしょうね。
単純な回復なら街中の医療所で十分ですし、弱い個体にはある程度目覚めるまでは治療出来ません。
それがわかっていたので、朝一番の時は医療部隊を巡回に回しました。しかし、こうも混乱が続くなら、医療部隊の隊士を派遣したほうが良さそうですね。
「キーファ。巡回の班はどれくらい戻ってきてる?」
クルビスが戻ってきている隊士の数を確認します。同じことを考えたようですね。
「先程私が確認したところ、特別巡回の班は6つ戻ってきています。戻ってきていないのはリリィの班とケルビィの班です。」
カッカッ
キーファの報告を聞いていますと、シェロンの音が響きます。誰でしょう?
「どうぞ?」
私が返事をしますと、ドアが開いてシーリード族の男性隊士と灰色がかった緑の髪の女性隊士が入ってきます。
男性隊士は戦士部隊の副隊長シード、女性隊士は我が医療部隊の副隊長リリィです。これで、副隊長が揃いましたね。
「失礼します。医療部隊副隊長リリィ、報告します。13刻27針をもちまして、特別巡回に回っていた8班すべて本部に帰還しました。」
「戦士部隊副隊長シード、報告します。昼からの定時報告では、幾つかの支部に窃盗と強盗の容疑で捕まった者が6つあるとのことです。
特別巡回の班が捕まえたそうですので、詳しくはリリィ副隊長から聞いて下さい。
また、緊急時の規定により、明日の詰め所の交代は見送ることになりました。各詰め所には通達済みです。」
「ご苦労。朝からよく働いてくれた。リリィもシードも座ってくれ。…巡回中何があった?」
クルビスが頷いてねぎらいの言葉をかけ、イスを勧めてリリィに尋ねます。何があったのでしょう。
「はい。ミレー通りの裏道で食糧の窃盗の容疑で2つ、工房街西で工房への侵入者を4つ見つけたので確保しました。
それぞれ、現場に近かったミレー通りの詰め所第五支部と北の工房街の詰め所第三支部に捕らえてあります。」
リリィの言葉に部屋にいた全員がホッとしました。魔素が穏やかになりましたからね。わかります。
それくらいで済んで良かったです。詰め所はどこも無事に機能しているということですから、そのおかげもあるでしょうね。
「そうか。他には?」
「医療所の手が足りず、治療を受けられない住民が騒ぎ始めています。」
ハッとして、クルビスと目を合わせます。それからキーファの方を見ると、彼も頷いていました。
「今キーファからも同じような報告を受けていた。…住民が騒いでいるということだが、どの程度だ?」
「昼過ぎから、動けるようになってきた若い個体が騒いでいます。医師や治療師に掴みかかろうとしていたのを巡回中の隊士が押えました。」
「…掴みかかれるならずいぶん回復してるんじゃないか?」
クルビスが尋ねます。おそらく、聞いていた皆がそう思ったでしょうね。
ですが、リリィの様子からすると、少し違うようですね。
「いえ。身体は動くようになったらしいのですが、指先に力が入らないようで、仕事にならないと技術者が詰めかけています。」
リリィの報告を聞いて、それぞれ納得の表情をしています。ありえることです。
身体の循環は中心から回復していき、指先などの先端は最後です。掴みかかれるくらいならある程度は動かせるのでしょうが、指先を使う技術者の場合は仕事に差し支えるでしょうね。
「わかった。…他にはあるか?」
「いえ。これだけです。」
リリィの報告を受け取ると、シードとキーファにも確認していきます。
2つとも、先程の報告ですべてのようです。幸い、混乱による大きな事故や怪我は無かったようで何よりです。
後のことはクルビスと相談ですね。
「リード。現時点で医療部隊の隊士はお前の指揮下に戻す。今日は助かった。」
クルビスが胸に手を当ててから少し上体を傾け、丁寧に感謝を示してくれます。
緊急時には当たり前のことですが…律義なのは変わりませんね。
「お互い様ですよ。クルビス。
今の報告から、医療部隊は転移局の職員の様子の確認と治療に回ることにします。
転移局の通いの職員の無事が確認出来ていないそうです。現在は職員の半数が復帰しています。」
クルビスの感謝を受け、医療部隊の今後の行動を決めますと、キーファの報告をかい摘んで他の2つに説明します。
「半数ですか…。」
「ええ。寮にいた職員は医療所に運ばれましたが、通いの職員で動けない者に関しては、治療をしたのかどうか、というのも確認が取れていません。」
「そりゃ、近隣の住宅も確認だけでもやっとかなきゃヤベえな。治療部隊だけで数が足りるか?」
リリィのつぶやきにキーファが補足をし、シードが私に聞いてきます。
実際のところ足りませんね。住んでいる場所がバラバラでしょうし、治療するにも職員のみというわけにはいかないでしょう。
近隣に動けないままの住民がいたら…。それも、年配の住民が動けないままだと危険です。小さな子供の場合も同じですね。
治療所が動けない以上、無事かどうか確認に回らないといけません。
「…そこまでは足りませんね。確かに治療所がその状況なら、被害状況の確認だけでもしておきたいところです。…クルビス、戦士部隊を幾つか回してもらえませんか?」
私の頼みにクルビスは頷いて、シードと相談し始めます。
「戦士部隊を安否確認に回すことにする。…近く、詰め所と交代のやつはいたか?」
「明後日の昼に9ついるぜ。それ以外は待機になる。
つーか、さっきから戻ってきたやつらが暇を持て余してる。この状況だからな。じっとしてるのは落ち着かんらしい。
鍛錬に行っちまったやつもいるし、まだまだ元気が有り余ってる。
交代も明後日だし、皆、使ってやれば喜ぶんじゃね?」
呆れたようなシードの言葉を聞いて、クルビスが苦笑します。かくいう私もです。
戦士部隊は強い個体が多くて、元気がいいですからね。シードのいう通り、まだまだ動けるでしょう。
今朝運び込まれた隊士たちも、動けるようになった途端に起き出してきて、言い聞かせてベッドに戻すのに苦労しました。
先程まで動けなかったくせに、治療師の私の言葉に逆らおうとしたんですよ?
お仕置きに昼食は穀物のみの薄いスープにしました。
胃腸の弱った患者用ですから、はっきり言って美味しくありませんが、患者には違いありません。構わないでしょう。
「なら、全員回そう。リード。これから戦士部隊はお前の指揮下に入る。指示をくれるか?」
クルビスが頷いて、私に指揮権をゆだねてくれました。今の現状では、とてもありがたい申し出です。
他の守備隊ではこうも上手くはいかないでしょうね。




