別話 奇妙な訪問者3(クルビス視点)
「魔素を放出…ですか。それで手の平を?」
リードの説明を聞いて、彼女が俺と手を繋いでいる理由を聞いている。
技術者でないのはわかったが、それにしては彼女は聡明だ。
己の状況を理解しようと、知らないことを積極的に聞いてくる。だが、取り乱したところはない。
ポムの小道にいたということは、普通に考えるなら、深緑の森の一族かフェラルド族の関係者だ。
あの変わった格好からすると、深緑の森の一族の客人か…?
何故このルシェモモに来たのか、落ち着いたら話を聞こう。
今は安静第一だ。
「ええ。放出といっても極僅かですが、呼吸で得られる魔素よりは断然多いですから、今のあなたには助けとなるでしょう。」
彼女の素性について考えていると、リードの説明を聞いた途端、彼女がこちらを向いた。
…ちょっと待て。何だそのキラキラした目は。
何なんだっ。やめろっ。目が合わせられんだろうっ。
思わず、彼女の視線を振り切って、反対側に顔を背ける。
…視界の端でリードが可笑しそうな顔をしていた。
おいリードっ。助けろよっ。
*******************
しばらくは皆、ポム茶を飲んでいた。
彼女がチラチラとこちらを見てくるが、何事も無かったように茶を飲む。
今は魔素の補給が最優先だ。また他に気を移されて、ポム茶の補給が遅れても困るから相手はしないぞ。
リードは俺と彼女の様子を見て、面白そうにしていた。
…後で憶えてろよ。
俺は視線でリードに文句を言った。
「…そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私は深緑の森の一族が一葉、フェラリーデと申します。どうぞリードとお呼び下さい。」
俺の視線の意味を汲み取ったらしく、リードがはぐらかすように名乗った。
…そういや、まだ名乗ってもいなかったな。
「俺はシーリード族のクルビス。このルシェモモの警備を預かっている。」
利き腕ではないが、仕方ないので左手を胸に当てて、礼をとって名乗った。
「私はヒト族の里見遥加と申します。危ないところをお助けいただきありがとうございました。突然こちらに来ることになり、正直まだ戸惑っております。厚かましいお願いですが、御二方に助けていただければ幸いです。」
彼女もぎこちない動きだったが、礼をとって名乗ってくれた。
おそらく、俺たちの動作を真似たんだろう。
それより、引っかかる言葉が聞こえた。
『ヒト族』だと…。
そんな種族は知らな…いや…昔、リードに聞いたな。
だが、ここにはいないはずだろう?
とっさにリードに視線で確認を取るが、リードは何事もなかったような顔をして、彼女の要請に答えていた。
「突然、ですか…。何やらいろいろとお聞きしなければいけないようですね。私の力の及ぶことなら喜んでお手伝いさせていただきます。」
…そうだな。今の彼女には、問い詰めるわけにもいかない。
今まで見た限り、彼女は危険な考えや行動を持ちあわせていなさそうだ。
俺がゆっくり頷くと、彼女がまた歯をむき出しにした。
「ありがとうございますっ。」
っっ!
しまったっ。また身体が反応しそうになるっ。
違うっ。彼女は知らないだけだ。
リード頼むぞ。俺には訂正出来なそうだ。
「ええと、サトミハルカさん…でしたね。歯を見せるのも威嚇になります。笑う時は、口を閉じて微笑むか、顔を上に向けて声を出して笑うかですね。」
リードが例を示しながら説明すると、彼女はひどく驚いた顔をしていた。
やはり、俺たちが知るルシェモモ以外の出身者とも違う。あまりに知らなさすぎる。
深緑の森の一族の客人なら、教えられてからここに来るはずだが…。
彼女…ハルカが名前だと言ったな。
ハルカは落ち着くと、俺の方を向いて謝罪した。
「えっと…、驚かしてすみませんでした。私のいた国とはずいぶん習慣が違うみたいです。何かおかしな事をしたら、すぐおっしゃって下さい。」
『国』…か。この辺には国は無いな。
昔はあったらしいが…後でリードに聞いてみるか。
まずは、彼女を安心させなければ。
「いや、ずいぶん遠い国から来たようだ。ハルカ、…何故あそこにあんな状態になるまでいたんだ?」
謝罪を受けるだけのつもりが、つい聞いてしまった。
リードに任せるつもりだったんだが…。
しかし、出会った場所が場所だからな。気になるのは仕方ない。
「それが…私にもよくわからないんです。気が付いたら森の中で…。信じてもらえないと思いますけど、本当なんです。何時も通り仕事に行くところだったのに、歩いていたらいきなり森の中にいました。…どうしてこうなったのか、私が聞きたいくらいです。」
俺の質問に、ハルカは困惑しきった表情で、自分に起きたことを教えてくれた。
…いきなり?転移の失敗か?
だが、ポムの小道だぞ?
あそこは、術の干渉を受けにくいはずだ。
俺が考え込むと、リードが質問してきた。
「…今、森の中とおっしゃいましたね?ハルカさん、あなたは深緑の森から来られたのですか?」
ああ、そうだ。
彼女を見つけた時の様子を教えないと。
まだ何かあってはいけないしな。
「ああ、俺が何時もの巡回に行ったら、ポムの小道に立っていた。見かけない衣装にこの色だ。最初は不審に思って話しかけたが、言葉が通じないとわかって慌てて連れてきた。
ポムの小道のかなり奥にいたから、時間が惜しくて俺が担いで森を抜けて、街に入ってからは魔素を補給しながら連れてきた。…俺からはこれくらいだな。」
出来る限り簡潔に教える。
リードなら、この情報で必要なことを確認していくだろう。
「ありがとうございますクルビス。よくわかりました。ポムの小道にいたんですね。…それであんな状態でも立っていられたんですねぇ。」
そうだな。他の場所であの状態なら、俺が見つける前に消えてしまっていただろう。
「あの、ポムの小道が私がいた場所の名前なんですよね?…それで立っていられたというのはどういうことでしょう?」
彼女が聞いてくる。
ポム茶を知らないなら、ポムの木も知らないだろう。
「ええ。あなたがいた場所に丸い葉の木があったでしょう?それがポムの木です。特殊な香りを放っているため獣が近寄らないという特徴を持っていて、私の故郷と繋ぐ道に植えてあるんです。それがポムの小道です。」
リードもそう思ったのか、ポムの木についての説明から始めている。
…彼女が感心したように軽く頷いている。
やはり知らなかったようだ。
「その香りにはもう一つ特徴がありまして、体内に魔素を留めて消費を抑えるんです。ポムの小道にいたのなら、あれ程危険な状態でもしばらくは持ちます。」
彼女のような状態だと、本当にギリギリだけどな。
「そうなんですか。運が良かったんですね。朝から歩き通しでしたけど、その…ポムの木のおかげで身体が保てたんですね。」
朝からだとっ?︎どこ迄奥深い所にいたんだっ。
もしや、分かれ道の先か…?
あの先は、狩場への獣道になっているはずだ。進み続ければ、ポムの木も途中で途切れる。
そんなところに転移したとしたら…。それで歩き回ってあんな状態になったのか?
「朝からですかっ…では、ずいぶん森の深いところにいらっしゃったんですね…。しかし、おかしいですね。いくらポムの木とはいえ、そこ迄は保たないはずです。ハルカさんのご様子を見る限り、食料をお持ちでは無さそうですし…。」
リードも驚いている。
同じことを考えていたようだ。だが、あいつは狩場には行ったことなかったな。
ポムの木が途切れるのを知らないからか、俺と違って、彼女が最初から魔素不足の状態でいた、と考えているようだ。
だがそれより、今は森の中で何があったのかを優先して聞いている。魔素切れ以外に治療がいるかもしれないしな。
リードの視線がハルカの荷物に注がれている。
…確かに、食料の類いは持ってなさそうだな。
光る黒い皮なんて初めて見た。服装もそうだが、持ち物も変わったものだ。
あとで見せてもらえるといいんだが…。このまま街に滞在させるわけにはいかない。
「あの、途中で果物を食べたんです。…これなんですけど…。」
彼女が黒い袋からまた袋を取り出した。
鮮やかなだいだい色の袋だ。リードが中をあらためる。
「これは…ポムの実ですね。成る程、これを食べたのならば、少量ですが魔素が補給されたはずです。」
ポムの実!
それはまた珍しいな。よく見つかったものだ。
「ポムの実があって良かった。ポムの小道には他に実のなる木はありませんから。…なかなか実をつけないんですよ。」
リードの言う通りだ。彼女は運が良い。
魔素切れ寸前で俺に出会ったしな。
俺があそこに行ったのは、リードに頼まれたからだ。通常なら行ってない。
彼女もそう思ったらしく、自分の幸運をかみ締めていた。
リードがさらにポム茶を勧めて、彼女もおいしそうに飲んでいる。
…まだ、魔素の補給が終わらない。
彼女は強い個体なのかもな。黒一色だし。
俺たちシーリード族やスタグノ族と違って、毛を持つ種族は主に髪に魔素の特徴が現れる。
リードの場合は、深緑の森の木々のような、濃い緑一色の髪を持っている。まれに生まれるらしい。
強く優秀な個体が多いため、深緑の森の祝福を受けた子として森の名前を授け、一族皆で大事にするらしい。
だから、深緑の森、フェラリーデなのだ、と教えてもらった。
「深緑の森ならフェラリードだろう」と俺が言うと、一族の名前でもあるので、個人名にはフェラリーデをつけると言ってた。
女の名前でいいのかと驚いたが、リードはこちらに来るまで知らなかったと苦笑していたな。
一族の名づけ方では、男でも女でもいけるらしい。
ただ、一族特有の容姿と相まって、あまりにも女に間違えられるため、こちらに来てからリードと名乗るようになった、と言っていた。
その方がいいだろうと、以来、俺はリードと呼んでいる。
今では、強く優秀な医療部隊隊長リードとして、街の住民や隊士たちに慕われている。
リードのように強い個体となると、魔素の補給は最低でも通常の倍は必要だ。
彼女の魔素は、まだ視認出来るほどにはなっていない。
魔素は一度に取り過ぎてもいけない。
彼女の様子を見ながら、どこまで魔素を補給するか見極めようとしていた。
そこに、彼女の爆弾発言が部屋に響いた。
「あの。…お手洗いは何処でしょうか?」




