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トカゲと散歩  作者: *ファタル*
異世界視点1奇妙な訪問者
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別話 奇妙な訪問者2(クルビス視点)

 彼女が何と言ったのかわからなかった。

 とりあえず、聞き返してみるか。



「もう一度言ってくれないか?」



 彼女が表情を強張らせてこちらを見ている。

 先程までの何かを期待するような雰囲気は霧散していた。



 何故だ?どうして泣きそうな目をするんだ。

 …まさか、言葉がわからないのかっ。



 最悪の予想が頭をよぎり、慌てて彼女の魔素(まそ)に注意を払う。

 …何てことだ。どうしたらこんな状態になるんだっ。



 彼女の魔素は、枯渇寸前だった。







 *******************



 とにかく、すぐに治療しなくてはいけない。

 ここ迄の魔素切れは初めて見た。リードに見せるにしても、街までもつか?

 …無理だな。



 なら、少し乱暴だが仕方ない。何せ時間が無い。

 俺は一方的に決めると、彼女を担いで森の出口まで急いだ。



 幸いなことに、彼女は暴れたりしなかった。

 …弱ってるせいかもしれんな。急ぐか。



 出口に出ると、橋の所でタージャが出迎えてくれた。

 遠目で見えてたのか、俺の姿は確認してたようだ。



「隊長っ。どうなさったんですかっ。それっ。」



 俺が担いでいる彼女を見て、ギョッとした顔をする。

 遠目では、荷物を担いでいるように見えてたんだろう。



「急病だ。魔素切れを起こしてる。俺が補給しながら行くから、医務局に連絡しておいてくれ。」



「っ。わかりましたっ。」



 俺が簡単に今の状況を説明して、医務局への連絡を頼むと、タージャが了解して礼をとった。



 すぐにその場を離れて、ミューシェ広場に着くと彼女をそっと降ろした。



 …軽いな。ちゃんと食べてるのか?

 そのせいで魔素切れを起こしたりしてないよな?



 彼女のあまりの軽さにギョッとしながらも、顔には出さずに、なるべくゆっくりと、衝撃を与えないように地面に足をつけさせた。



 手を離した途端、彼女がフラついた。



「おい、大丈夫かっ!」



 とっさに彼女の腕をつかんで支える。



「€、€☆%$☆。♪€#☆¥%♪$°。」



 すると、彼女が歯をむき出して何か言ってきた。

 っ。威嚇?怖がらせたか?



 やはり、いきなり担いだから、(さら)われたと思ったのか?

 違うっ。そうじゃないっ。だが説明出来ない…。



 どうしたものか悩んでいたが、彼女がキョトンとこちらを見ているのに気付いた。

 …もしかして、威嚇じゃないのか?



 種族によって動作の意味が違う、と聞いたことがある。

 俺が見たこと無い種族だから、かなり遠方から来たのかもしれない。



 それに、先程も、やはり彼女の言葉はわからなかった。

 …時間が無いな。

 しかし、このままでは、医務局にたどり着く前に魔素が無くなってしまう。



 この状態では、転移も使えない。

 …俺が魔素を補給しながら、ゆっくり歩いて行くしかないな。



 素早く対応を決めると、彼女に声をかけて手を取った。



「ついて来い。」



 言葉がわからないだろうから、端的に述べる。

 あまりごちゃごちゃ言っても、尚更通じないだろう。



 彼女の左手を俺の右手の上に置く。手の平が重なるようにしてから、魔素の補給を始めた。

 …みるみる魔素が吸われていく。間違いなく魔素切れだ。



 急いだ方がいいな。

 だが、補給しながらだと手を離せない。

 …仕方ないとは言え、まだるっこしい。



 俺は、彼女の様子を観察しながら、つないだ手を引いて、ゆっくりと歩き始めた。








 *******************



 街を歩いて行くと、まばらだったが、開いている店が増えていた。

 シードに聞いた街の様子より、シーリード族の店が増えてるな。

 良い傾向だ。



 通りには、談笑している隊士の姿がある。朝1番で巡回に出した第1班のやつらだな。休憩中か。

 シードが本部に戻してくれたんだろう。

 これなら、他も通常通りに戻ったな。



 …術士部隊は1日駆り出されるだろうが、仕方ない。

 キィだけじゃなくて、術士部隊にも後で何かしてやろう。

 キーファに相談するか。



 そんなことを頭の隅で考えながらも、彼女の様子は注意深く見ていた。

 彼女を急かさないように、意識してゆっくり歩く。

 今は魔素を無駄に出来ない。少しでも負担をかけないようにしなくては。



 幸い、彼女はルシェモモの街が珍しいらしく、広場の噴水や通りにある店など、あちこちをキラキラした瞳で眺めていた。

 楽しむことは良いことだ。魔素が安定する。



 …たまに表情が固まっているが、初めて見るものに驚いているんだろう。来たばかりの住民はよく驚いている。



 もうすぐ本部だ。

 彼女のこの様子なら、リードの所までもつだろう。







 *******************



 本部に着くと、視線が一斉に集まる。

 巡回から帰ったやつらだな。

 …まだまだ元気そうだな。明日も大丈夫そうだ。



 皆の何時もの調子に安心すると同時に、視線に含むものを感じる。

 理由はわかっている。



 彼女が黒を持っているからだ。





 俺たち単色は総じて強い個体だ。しかし、その強さに比例して子が出来にくい。



 一時期は、どの一族も数を減らす一方だったが、深緑の森の一族との協力により、体色関係無く、異種族と子を成せるようになった。

 さらには、同じ体色を持つ者同士だと子が出来やすい、ということまでわかったそうだ。



 以来、自分の伴侶を探すのに種族は問題ではなくなったが、相手に自分の色があることを求められるようになった…らしい。



 …数の増えた今では、お互いに色を持たなくても伴侶になるし、同性で番ったりもするけどな。



 しかし、それでも未だに、色は相手を選ぶ基準ではある。



 俺は全身が黒一色だ。

 そのため、伴侶には黒が多ければ多いほど良いと思われている。



 黒を持つと、身体の動きが良くなり、力の強い個体になると言われ、単色以外では、この黒を体色に持っている者がモテる。

 ほとんどの者は一部分にしか黒を持たないのだが…。



 彼女の髪と目は違う。黒一色だ。

 俺と同じだ。

 …聞いたことがないぞ。



 俺の親族にも、体色の大半が黒の者は幾つかいるが、俺のような全てが黒一色の個体は1つもいない。

 体色は個体の魔素の質と量によって決まるのであって、両親から引き継ぐものではないからだ。



 黒一色の俺が、同じく黒一色の彼女を連れてきた。

 何事かと思うだろう。

 隊士たちの好奇の視線も頷ける。



 …だが、声をかけてくるやつはいない。

 俺が細心の注意を払って、彼女を誘導しているのがわかるからだ。

 ここの床は滑るからな。気を付けないと。



 事務局まで真っ直ぐに進むと、隊士たちが道をあけてくれた。

 医療部隊は彼女の状態に気付いたようだな。表情が固くなってる。



 事務局までたどり着くと、中にはシードがいた。



「よお、どうした?そんな土産持ってきて。」



 何時もの軽い口調だが、目が真剣だ。

 只事じゃないのがわかるんだろう。目で、何があった、と聞いてくる。

 俺もそれに端的に答える。



「急患だ。リードは医務局にいるか?」



「いるはずだぜ。さっき、リカルドが食器を取りに行ってたからな。」



「そうか。ありがとう。

 後、病室のカギをくれ。…個室は空いてるだろう?」



「ああ。あいよっ。」



 シードが放り投げたカギを受け取り、慎重に階段の方へ行く。階段に着いたら、彼女が肩の力を抜いたのがわかった。

 やはり、歩きにくかったか。



 そのまま慎重に階段を登り、医務室のドアを叩いた。



「はい。どうぞ入って下さい。」



 リードが入室を促す。彼女を連れて中に入った。



 中にいたリードが、彼女を見て驚いている。

 黒一色の髪なんて初めて見ただろうな。



「そちらの方ですか?クルビス。…さあ、こちらへどうぞ?」



「☆、☆¥%…。$°♪¥#。☆$%、£☆%£€☆%♪¥#…。」



 リードが俺に確認して、彼女を招く。

 俺が彼女のことを言う前に、先に彼女がしゃべった。

 言葉が通じないことを言ったんだろうな。



 リードはそれを聞き、俺と彼女の繋いだ手を見て、すぐに事態を察したようだった。



「私はポム茶をいれてきます。クルビス、しばらく補給は続けて下さい。

 …こちらへ座って下さい。」



 リードは俺に指示を出し、彼女にイスを手振りで示してから、隣の部屋に行った。

 隣には確か命の水があったな。

 あれでポム茶をいれれば、とりあえず命は助かる。



 彼女をイスの方に誘導すると、すぐに座った。

 疲れただろうな。今まで歩けただけでも奇跡的だ。






 *******************



 しばらくして、リードがポム茶を持って戻ってきた。

 彼女がポム茶を飲んで、ようやく言葉がわかるようになる。



 …良かった。これで一命は取り留めた。



「あの。どうして急に言葉がわかるようになったのでしょうか?」



 しばらく、言葉がわかるようになったことに安心したようだったが、落ち着いてきたのか、リードに自分に起こったことを尋ね始めた。



 普通、きちんと食べられる生活をしていたら、魔素の補給と消費は釣り合う。病気になってもまずこんな状態にはならないし、彼女も見たことがないんだろう。



 いきなりこんな事になって不安なはずなのに、取り乱しもしない。

 …気丈な女性だ。



「命の水…ですか?」



「ええ。この世界の全てのものには、存在するためのエネルギーが含まれています。我々はそれを『魔素』と呼んでいます。」



 リードが穏やかに答えていくと、彼女は命の水について尋ねてきた。…命の水を知らないなら、この辺りの出身ではないな。

 それを察して、リードが魔素のことから丁寧に説明し始める。



 こういうことはリードの得意分野だ。任せよう。

 俺は話に耳を傾けながら、魔素の補給に集中することにした。





 ******************



「しばらくしたら、また言葉が通じなくなるのでしょうか?」



「いいえ。このお茶は魔素を体内に留まらせるための薬湯です。命の水を使いましたので、ひと口でも充分に効果があります。もう大丈夫ですよ。」



 ひと通り説明した後、まだ不安そうな彼女にリードが安心させるように穏やかに答える。

 さすが医療部隊の隊長だ。患者の気持ちを荒立てないように気遣いながら話している。

 俺では無理だな。



「…大丈夫、というのはどういうことでしょうか?言葉が通じるようになったのはありがたいのですが…。」



 しかし、リードの答えを聞いて、かえって不安が増した顔で彼女が聞いてくる。



 …ポム茶についても知らないようだな……魔素についての知識が全くないのか…。

 命の水は知らなくても仕方ないが、ルシェモモに来る技術者ならば、基本知識として持っているはずの知識が無い…。



 どうも彼女はチグハグだ。落ち着いた言動と話す内容が噛み合わない。



「…先程、魔素は生きているだけで消費されると申し上げましたね?魔素が枯渇した状態が続くと、その個体が世界に存在し続けることは出来なくなります。つまり、存在の消失ですね。」



 リードも気付いたようだが、あくまで彼女の質問に丁寧に答えていた。

 …彼女はまだポム茶をひと口飲んだだけだ。命を取り留めただけで、危険な状態には変わりないからな。



 まずは、彼女の不安を取り除いて、安定させなければ…。

 感情的になって魔素が散ったら意味がない。



「言葉が通じなくなる程に魔素が枯渇した状態は、限りなくゼロに近い危険な状態です。あなたは、存在の消失、その一歩手前だったんですよ。」



 彼女の顔色が変わる。マズいっ。

 …彼女の魔素に変化はなかった。良かった…。



 リードが視線で俺に確認してくる。

 今の彼女の状態では、魔素の変化が視認出来ないからだろう。

 俺は軽く首を振り、問題ないと伝えた。



 リードもホッとしたようだ。俺も焦った。

 まあ、彼女のこれ迄の様子から、リードも事実を告げることにしたんだろうが…。



 彼女は先程から、ポム茶をひと口飲んだだけだ。

 できるなら、早急に今の状態を把握し、魔素の補給の必要性を理解して欲しい。

 俺の補給はただの補助だ。



 しかし、驚き過ぎたり、最悪、泣き出したりしたらもっとマズい。

 慎重にいかなくては…。






 *******************



「…助けていただき、ありがとうございました。知らぬ間に大変お世話になったようで、何とお礼を申し上げればよいか…。」



 俺たちが視線で確認しあっていると、突然彼女が頭を突き出してきた。



 ギョッとして身体を引きそうになるが、彼女と繋いだままの右手を思い出し、そのまま留まる。



 …あれは、この辺りでは戦うための姿勢だ。

 今までの様子から考えて、知らずにやったんだろう。…わかっていても、身体が反応してしまう。



 クスッ



「クルビス、大丈夫ですよ。彼女は感謝を表してくれているだけです。威嚇ではありません。」



 リードが可笑しそうに笑いながら話す。

 やはり、意味が違うのか。リードの知ってる種族なのか?



「…あの、威嚇とは何のことでしょうか?」



 彼女が困惑しきった顔で聞いてくる。

 やはり、知らないのか。



「こちらの彼の種族では、先程のような頭を突き出す行為は威嚇を表してしまい、戦闘態勢に入ることを意味します。」



 リードが簡単に彼女に説明する。

 すると、驚いた顔でこちらを向いた。



「すみませんっ。そんなつもりはありませんでした。…私の国では、感謝や謝罪するときに頭を下げるんです。」



 ああっ。そんなに感情を揺らすなっ。

 魔素が散ってしまうだろうっ。



「…大丈夫だ。こちらこそ、取り乱してすまなかった。さあ、お茶を飲むといい。まだ回復はしていないだろう?」



 平静を装って気にしてないと伝える。

 とにかく、ポム茶を飲ませなくては。

 リードに確認するように話を向けると、理解したらしく頷いた。



「ええ。最悪の状態を脱しただけです。…さあ、お茶をどうぞ。片手が塞がっていて不便でしょうが、我慢してくださいね。今、手の平を通して魔素をあなたに補給しているんです。」



 …そういや、俺が魔素を補給していることを言ってなかったな。

 当たり前過ぎて忘れていた。

 彼女の知識の無さなら、何故なのかわからないはずだ。



 もしや、ずっと片手のままだから、警戒してポム茶を飲んでなかったのか?

 …早く気付くべきだった。助かったぞリード。





「手の平から…ですか?…先程のお話だと、体内に取り込まなければ魔素は得られないと思ったんですが…。」



 リードの説明に、疑問を返しながらもポム茶を飲んでくれた。

 良かった。理解してくれたようだ。



 …もうここ迄くればわかっている。

 彼女はルシェモモに来た技術者ではない。

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