第150話 傍にいて
これにて、第一部完結です。
第二部の「トカゲと散歩、あなたと一緒」もよろしくお願いします。
「何か、冷やすものを持ってこよう。」
「いっえ…。こ、こにい、て…。」
クルビスさんが気遣ってくれたけど、私は傍にいて欲しいと頼んだ。
つっかえつっかえだったから、通じてるか怪しいけど。
「…ハルカがそれでいいなら。」
通じた。良かった。
ちょっと、思考の迷路に迷い込んでたんだよね。
あのまま思考の迷路に居続けるのはしんどかったかも。
クルビスさん、ナイスタイミング。
そんなことを考えていると、ふわりといい香りがした。
ほとんど鼻が利いてない状態だったけど、それでも、さっきまでとは違う匂いがしてるのがわかる。
クルビスさんが、カップを差し出してくれるのを素直に受け取る。
手が震えそうになったけど、こぼすと私の膝の上が惨事になるので我慢。
「リコの茶だ。飲むと落ち着く。後、菓子も少し用意した。」
ああ。これが…お茶?というか、飲み物?
…いえね?文句言いたいわけじゃないんですけどね?
(何でラベンダー色なんだろう…。)
やっぱり、こっちの飲み物はカラフルなんだな。決定。
しかし、飲むのに勇気がいるなぁ。
(でも、地球でもハーブティーで紫っぽいお茶はあったはず。こっちの水が白いことを考えたら、この先パステルカラーな飲み物には遭遇しやすいってことよね?)
要は慣れが必要ってことですね。
色はパステルカラーでも、さっきのいちごミルクなお茶みたいに飲みやすいかもしれないし。
覚悟を決めて、一口飲む。
すると、ふわりと口の中に香ばしい香りが広がった。
(わ~。美味しい。香もラベンダーっぽいかも?)
口に広がった香りに感動しつつ、自分の良く知るその香りに見当をつけた。
アロマ用に持ってた香油のラベンダーは少し刺激があるくらいだったけど、これは、もっと柔らかくて鼻につかない感じだ。
これなら、美味しくいただけそう。でも、詰まった鼻が残念。
せっかくの香りがほとんどわからないんだよね。
ズッ
軽く鼻をすすると、クルビスさんが壁にある棚から箱を出してくれた。
蓋を開けると…ティッシュが入っていた。
(トイレットペーパーがあるんだもん。ティッシュくらいあるか。…にしても。)
異世界トリップした先がここでよかった。
クルビスさんに礼をして、ありがたくティッシュを受け取る。
2~3枚使って鼻をかむと、少し気持ちが落ち着いた気がした。
わっ。すごい香りが一気に鼻に入ってきた。
鼻かんでよかった~。
いくら飲んだらわかるとはいえ、やっぱり香りを楽しむにはちゃんと鼻が利かないとね。
「…美味しい。」
「良かった。」
思わずつぶやいた言葉に、クルビスさんがつぶやく。
あ、心配かけちゃってたんですね。そりゃそうか。大泣きしてたんだもんね。
目が腫れぼったいし、喉もガラガラだ。
酷い顔なのが、言われなくても想像できる。
「ありがとうございます。…落ち着きました。」
「いい。今日1日でたくさんのことがあった。気持ちの整理が追い付かなかっただろう。」
見抜かれてますね。ええ。さっき追い付いて、一気に限界にきちゃいました。
そんで、涙が止まらなくて泣いてましたよ。
「泣けるのはいいことだ。どこかで気持ちを吐き出さないと、魂に歪みができる。」
ひずみ…。聞きなれない言葉ですが、要は、我慢は身体に良くないってやつですね?
フォローありがとうございます。
「…俺がいる。」
…はい?
「傍にいる。1つで抱え込んだら、持たないだろう。普通の状況じゃないんだ。」
…何でわかるのかな。
泣いて、泣いて、それでも追い付かなくて。
苦し過ぎて、息も出来ないのに、まだ終わらなくて。
クルビスさんが来てくれなかったら、呼吸がまずいことになってたと思う。
自分でも止められないくらいの激情が今の私の中にはある。
「何で私なの?」…その思いが身体をバラバラにしそうなくらい暴れている。
起ったことに文句を言っても仕方ないんだけど、今はとても止められそうになかった。
現に、クルビスさんと話してる今も「何でこのひとに会ったんだろう?」って頭のどこかで考えてる。
「ずるいですよ。…縋っちゃうっっでしょっう?」
言いながら、また涙で視界が滲み出した。
クルビスさんがカップを受け取ってくれて、空いた手を顔に当てる。
ふわっ
すると、柔らかい布で身体を包まれて、その上から抱きしめられた。
力なんて全然入ってない、私を気遣った優しいハグだ。
ああ。落ちたのがここで本当に良かった。
――このひとの傍でよかった。




