第145話 帰れない理由
「長っ。」
「そんないきなり…。」
クルビスさんとフェラリーデさんがメルバさんに抗議する。
いきなり切り出したからかな。まあ、これが普通の反応だよね。
「大丈夫です。はっきり言って頂いて助かります。回りくどいのは苦手なので。」
昔からそうだった。どんなにキツイことでも、言われた方が納得するのが早かった。
たぶんあー兄ちゃんの影響だろうなぁ。何事も直球な人だったから。
「ふふっ。そう思って結論から言ったんだよ。あーちゃんに聞いてた通りの子だね。」
…何言われてたんだろう?
気になるけど、とりあえず説明を先にしてもらおうかな。
「何て言われてたのか気になりますけど、先に確認させて下さい。私は帰れないんですよね?」
気のせいじゃないって確かめたい。
こんなに事務的なのは、たぶん感情が追いついてないんだと思う。でも、先に事実の確認だけはしとかないと、後で感情が収まらないのは経験上知ってる。
「うん。…でも、もう知ってたみたいだね?」
「お話を聞いてるうちに、なんとなく。」
ほとんど推測というか憶測でしたけどね。
私が答えると、メルバさんがうんうんと頷く。
「自分の状況も把握できてるみたいだし、情報を集めるのも分析するのもよく出来てる。…似てるね。やっぱり。」
「…兄にですか?」
「うん。彼も状況判断が異常に早かった。ハルカちゃんはあーちゃんに教わったのかな?」
どうだろう?あー兄ちゃんの判断は動物的カンみたいなところがあったから、何でそうするのかわからないことが多かった。
小さいころからそれに振り回されてたから、状況判断能力は磨かれてるとは思うけど。
「直接教わったわけではないんです。小さいころから兄について行ってましたから、真似するうちに自然に出来るようになったみたいです。」
小さいころ何度置き去りにされたことか。
そこで諦めればいいのに、何としてもついて行きたくて必死であー兄ちゃんの見てるものを観察した。
それでそのうち行動パターンを覚えて、山だろうが川だろうがついて行ったんだよね。
今思えば命知らずなことしてたなぁ。よくぞ無事に育ったものだと自分でも思う。
「あーちゃんについて行くとか、それだけで勇者だよ。あーちゃん言ってた。「気が付いたらしっかり者になってて、よく叱られた」って。」
そんなこと言ってたのか。他に叱る人いませんでしたからね。
小さいころはともかく、武術を習い始めてからは暴れっぷりが酷かったから。
私が止めなきゃ、どこかで喧嘩相手を再起不能にしてただろうなぁ。
それでも小学校の時に良い先生に会ってからは、つまんない喧嘩はしなくなった。
…売られた喧嘩は買ってたけど。
それを最終的に私が止める羽目になってただけなんだけどなぁ。
言いたいこと言ってくれるよ。あー兄ちゃん。
誰のせいだと思ってんだか。
「止める人が他にいなかっただけですよ。…兄も異世界に行ってたんですよね?」
「そうだよ。…彼の場合は異世界に『魔法』があったから、帰ることが出来た。」
うん。あー兄ちゃん元の世界で就職してるし。
無事帰ってくる方法があったんだよね。でも…。
「こちらには無いんですね?」
「うん。…「ろうと」ってわかる?」
ろうと?
…理科の実験で使う?
「ろうとって、あの、先の細い、ビンに液体を移したりするのに使う?」
「うん。そう。君のとこでは学校で使うんだっけ?あーちゃん言ってたけど。」
「はい。授業で使います。」
「じゃあ、わかるかな。この世界に来るのって、他の世界から「ろうと」に落とされたみたいなものなんだよ。
だから、来るのは比較的安全に問題なく来れるけど、戻るのは難しい。」
ああ。成る程。
メルバさんの説明が胸にストンと落ちる。
「受け入れの間口は広いんですね。でも、帰る道は限りなく狭い。」
だから、私は何事もなく来れたんだ。
召喚された訳でもないのに何事もないって、運がいいだけじゃ説明出来ない気がしてたけど、それなら納得だ。
「そう。しかも、その限りなく狭い道もほとんど出現しないっていう研究結果が出てる。」
それでエルフたちは残ったのか。
ま、メルバさんにはお役目があったみたいだから、もともと帰れなかったんだろうけど。
「でも、それじゃあどんどん異世界から生き物が来たりしないんですか?」
受け口は広いんだよね?
ふと思いついた疑問に、メルバさんが目を細めて答えてくれる。
「うん。大まかな関係はそうなんだけど、世界っていうのは上手くできててね。異世界同士の干渉が多すぎないようになってるんだ。
漏斗の上に細かい目の網が置いてあるって考えてみて。それに阻まれて、ほとんどの生き物は簡単に受け口の中に入れない。」
頭の中で、ろうとに網を乗せた図を思い浮かべる。
たしかに、簡単には通れなさそう。…じゃあ、私がこっちに来たのって?




