第129話 ヒーリの治療 (クルビス視点)
「はいは~い。それくらいでいいよ~。じゃ、始めるね~。」
長の言葉にハッと我に返り、魔素のコントロールに専念する。
ちらりとハルカを見たが、彼女はヒーリの方を心配そうに見ていた。
先程の視線が気になるが、今は聞けない。治療が優先だ。
魔素が膨れすぎないように抑えていると、長が術式を展開し始めた。
また見たことが無い術式だ。いったいいくつの術式を持っているのか…。
俺が知らない術式となると、普通の術士はまず知らないだろう。長の独自のものだろうか?
「は~。すげぇ。地下でもやってけどよ。ここまでじゃなかったよな?」
「ええ。何時の間にここまで…。」
「なんだ?あやつら、本部でもやってたのか?」
「はい。地下から裏に抜けるルートの途中で。驚いて慌てて確認に行きました。でも、あそこまでじゃなかったんですよ。」
祖父さんの疑問にシードが答える。
シード。余計なことは言わなくていい。
「ああ。メルバのやつがハルカに共鳴の説明をしたらしい。おそらく、そのせいだろう。」
「えっ。じゃあ。」
「もう2つとも…ってことっすか?」
シードの疑問に今度は祖父さんが答える。…祖父さんまで。
リードも参加してるということは、連絡は取り終えたんだな。
「いや。それがどうも半端な説明をされたみたいでな。
波長の合うもの同士が魔素をお互いに響かせることも、周囲に良い影響を与えることも知ってるんだ。その魔素が治療によく効くこともな。
だが、『伴侶とみなされる』ということだけ知らない。」
「1番肝心な部分じゃないっすか…。」
「長…。どうしてそのようなことを…。」
シードの呆れた声とリードの困惑した声が聞こえる。
もっと言ってくれ。俺は今非常に迷惑している。
この誤解を解くのはかなり苦労するだろう。
変なタイミングでバレたりしたら…。だめだ。今は考えるのは止そう。魔素が乱れてしまう。
「う~ん。もうちょっとなんだけど…。」
「あの。手を握ってあげてもいいですか?」
長が珍しく困った顔でつぶやくと、ハルカが長に提案をする。
手を繋ぐ?そんなことをしなくても、魔素の影響は十分あるが。
「あ、そうだねっ。そうしてあげてくれる?」
長が明るく答えて、ヒーリの手をハルカに預ける。
ハルカは俺と手を繋いでいるのとは逆の手でヒーリの左手を握った。
「…大丈夫よ。ちゃんと、聞こえたから。悪い奴はクルビスさんがやっつけてくれる。」
悪い奴?
なんのことだ?
「ね?お姉さんにも聞こえてたでしょ?君の言ったことはちゃんと伝えるから。大丈夫だよ。」
君とは…ヒーリのことか。そう言えば、泣き声が聞こえると言ってたな。
ルシンとハルカには俺たちに聞こえないものが聞こえているみたいだ。
「うんうん。ヒーリ君聞いたでしょ?君の味方一杯いるよ~。
さあ、怖がらないで。早く元気になっちゃおうよ。」
長の言葉に、俺とハルカの魔素がヒーリを包み始める。
それがヒーリの中に吸い込まれるように消えていき、長が術式を同時に3つ展開し始めた。
…術式に関しては考えるのをやめよう。長は規格外だ。
何故そんなことが出来るのかと考えても仕方ない。
術式がヒーリの頭、腹、足に展開し、ヒーリの魔素が膨れ上がる。
すると、ヒーリの足の先から何か黒い物が出てきた。
っ。なんだっ!?あれは。
ギョッとしてハルカを引き寄せる。ハルカもその黒いものを見ながら、出来る限りそれから離れようとする。
「はい。つ~かま~えた~。」
長がのんきな掛け声で、その黒い物を両手で挟む。
長がゆっくり腕を上げると、黒いものがヒーリの足先から完全に抜ける。
「んしょっっと。君の中身は…へぇ。そう。うん。わかった。じゃあ、もういいかな。バイバイ。」
凍れるような気配を1瞬漂わせた後、長はまたいつもの調子で言ってきた。
「はい。終わり~。ご苦労様~。助かったよ。ベリベリセンキュウ―。」
最後の言葉はわからないが、それを聞いた瞬間、ハルカから呆れたような気配が伝わってきた。
ハルカはあの言葉の意味を知ってるのだろうか。
「さて、ヒーリ君。声は出るかな~?」
「…あ。っ。はいっ。出ます。話せますっ。」
長の呼びかけに少しかすれた声でヒーリが答えた。




