第110話 完治 (クルビス視点)
「そろそろ良いかな~?」
長の言葉に我に返る。祖父さんと長の会話に気を取られていた。
まあ、だいたいの調整はしていたから、魔素が膨れすぎることにはなっていない。
「すげえな。俺とイシュリナでも、ここまでになるにはもうチョイ時間食うぞ。」
「…キラキラしてる。」
祖父さんが俺とハルカを眺めてしみじみと言い、ルシンはポカンと口を開けて俺たちを見ている。
長はうんうんと頷いて、手招きしてきた。
「もっとそばに来てもらえる?それで、そのままワースを挟むようにしてしゃがんで欲しいんだよ~。」
長の言う通りにすると、長がルシンの手を握りながら水の術式を唱え始める。
歌のような清らかな楽の音のような旋律が響き、俺たちの魔素がルシンを取り囲む。
いったいどうやっているのか、見当もつかない。
自分以外の魔素は非常に扱いにくいと聞く。治療で手から直接関与しているルシンはともかく、傍にいるだけの俺たちの魔素なんて普通は使えないはずだ。
誰も真似出来ない境地…。
『特級』の意味が頭に浮かぶ。
初級から2級までは時間と努力で実力を身に付けられるが、1級になるには生まれ持った才能がいると聞く。
さらにその上をいく特級の実力か…。桁が違うな。
それに加えて、深緑の森の一族の長には、その寿命に見合った長い時間をかけて集めた知識がある。それも、この世界のものと元いた世界のものだ。
リードに見せてもらった簡易型の通信機など、異世界の知識を使ったものだろう。
まさしく、「知恵と知識の民」だ。
深緑の森の一族は、皆、長を尊敬しているとリードが言っていたのも頷ける。
長老たちもなんのかんのと言っても、長を頼りにしているらしいしな。
「よ~し。ワース。手を動かせる?」
「……。」
「ワース?」
「おい、ルシン?」
「っ。えっ。何でしょうか。ルシェリード様。」
ルシンは今気付いたように、慌てて祖父さんの方を見ている。
名を呼ばれるまで気付かなかったのか。
「俺じゃなく、メルバが手を動かせるかって聞いてるんだが。」
「え。わあ、長様ごめんなさいっ。ぼく、あんまり気持ち良くてボウっとしてましたっ。」
「ああ。やっぱり、相性よかったみたいだね~。よかった。手は動かせる?」
「えっと。…動きますっ。指先の感覚も元通りですっ。ありがとうございますっ。」
ルシンのはしゃぐ声が辺りに響く。指先を何度も動かして、嬉しそうにしている。
よかった。下手な術士では後遺症が残る恐れもあったからな。長がおられて助かった。
リードに頼むにしてもここからでは遠すぎたし、この手の症状は時間が経てば経つほど完治が難しくなるものだ。
朝から今まで放置していたなら、症状はかなり悪化していただろう。最悪、リードでも無理だったかもしれない。
「よかった~。」
「はいっ。ありがとうございました。」
「あ、お礼なら、長さんとクルビスさんにね。私はお任せしただけだから。」
「もちろん!お二方にもお礼言います。でも、お姉さんがぼくを見つけてくれなかったら、きっとまだあそこで座ってました。」
ルシンが崖の方を見る。
たしかに、ハルカがルシンの声を拾ったから居場所に見当がついた。
ハルカがいなければ、森で共鳴を起こすこともなかったし、長がこちらに来ることもなかったしな。
ルシンが無事にここにいるのは、ハルカのおかげと言っていいだろう。
「そうだよ~。ハルカちゃんがいたから、僕ここに来たし、ワースの治療もハルカちゃんがいなきゃここまで完璧に出来なかったよ。
ワース。足も背中も治ってると思うんだけど、どう?」
「え。あ、ホントだ。痛くないですっ。」
「うん。もう大丈夫だね。無理はいけないけど、普通に生活する分には問題ないよ。」
「全部治ったのか!?」
「うん。完治。」
「なんだそりゃっ。聞いたことねえぞっ。」
祖父さんが呆れた声で長につっかかる。体内の循環だけでなく、背中と足のケガまで…。たしかに、聞いたことがない。
あまり詳しくはないが、それぞれの治療に使う術式は違ったはずだ。
「ままま、順番に説明するからさ。とりあえず、もっと落ち着ける場所に移動しない?ここ寒いし。」




