第107話 エルフの長 (クルビス視点)
単語解説
テラ…柔らかい帯。様々な色や模様があり、差し色としても使われる。
「ルシン、つかまってられるか?」
「…えっと…手が…上手く動かないんです。朝よりはマシだけど、つかまれないです。」
祖父さんの確認にルシンが小さな声で答える。手が動かない?
朝よりってことは、ケガじゃないな。これは、一刻も早く治療術士に見せないと。
「そうか。クルビス。俺のテラを取って、ルシンに結びつけてくれ。」
「はい。」
薄青のテラを少し外してルシンの身体に巻きつける。
祖父さんに巻きつけてある残りと結び合わせて、解けないことを確認した。
「よし。ルシン。おとなしくしてろよ?」
「あ、ぼくの血。」
「大丈夫だ。俺が消しといた。」
ルシンの疑問に祖父さんが簡潔に答える。
気が付くと、血の跡は綺麗に無くなっていた。浄化したんだな。
血の魔素は残るからな。まして、ドラゴンの一族の血では、後々、この辺りの環境に影響しかねない。
祖父さんの処置に納得しつつも、いつの間に行ったのだろうと内心首を傾げる。未だに祖父さんの能力は計り知れない。俺など、到底追いつけそうにないな。
「さて、ハルカも待ってるだろ。戻るか。」
「ええ。」
祖父さんの言葉に頷いて、上を目指して地を蹴った。
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「あ、おかえり~。」
「「っ。」」
「おかえりなさい。」
「長様だ~。こんにちは~。」
聞きなれた独特の口調で、深緑の森の一族の長がハルカと共に俺たちを出迎えた。
驚いて何も言えない俺と祖父さんを他所に、ルシンはのんきに挨拶する。
「えっと、この子の治療で魔素を使ったじゃありませんか。それを確かめにいらしたんです。」
ハルカがヒナを手に説明してくれるが、嘘くさい。いや、ハルカは聞いたまま俺たちに教えてくれてるんだろう。だが、深緑の森の一族の長ともあろう方が、あの魔素の共鳴がどんなものかわからないはずがない。
ていうか、リードから聞いてるだろ。目が笑ってるぞ。
「そうなんだよね~。いきなりあんな大きな魔素でしょ?もう、里は大騒ぎでさ。何事だってね~。
ディー君に聞いてたし、僕が大丈夫って言ったんだけど、ジジイたちが調べに行くって聞かなくてね~。それをなだめて僕が来たんだよ~。」
ああ、長老方のせいか。未だに現役気分が抜けなくて困るとリードが言ってたな。
しかし、ジジイとは…リードの話だと、長は長老方の教育係だったんじゃなかったか?なのに、目の前の青年は若々しい容貌を崩していない。
「お前も大概ジジイだろうが。だが、丁度良かった。この子を見てくれるか?手が動かせないらしい。」
「お~。僕、ナイスタイミングっ。どれどれ~。え~とっ。お名前は?」
「あ、ワースです。…あだ名ですけど。」
「うんうん。ドラゴンの子だもんね。よろしくワース。
じゃあ、ワース。動かせるだけでいいから、ゆっくり手を動かしてみてくれるかな?」
ルシンの治療が始まるのを見守っていると、ハルカが腕に触れてきた。
「おかえりなさい。」
「…ただいま。」
はにかんだ笑顔がまたかわいい。
この笑顔のためならなんでもしてしまいそうだ。




