第103話 追跡開始 (クルビス視点)
「『魔法』ですか?いいえ。私の故郷に『魔法』はありませんでした。」
ハルカが首をゆるく横に振って答える。
『まほう』?何だそれは?
「そうか。無いのか…。
ああ。クルビス。『魔法』ってのは異世界の術式のことだ。
メルバたちが使えたんでな。てっきりハルカも使えるんだと思ってた。」
異世界の術式…。深緑の森の一族が使えたのか。リードが術士が多いのは一族の特徴だと言ってたな。おそらく、その異世界の術式と何か関係があるんだろう。
「ま、無いってんならわかんねえよな。じゃあ、クルビス。お前がやってくれ。俺はこういうのは苦手だからな。」
「あ、じゃあ、クルビスさんが糸を持たれますか?」
ハルカが糸を俺に差し出してくるのを見て、どうするか一瞬考えた後、そのままハルカに持っててもらうことにする。
ハルカを抱き上げる必要があるから、手に余計なものは持てない。
「いや。それはハルカが持っててくれるか?移動にはハルカを抱き上げないといけないから、手は空けておきたい。」
「でも、枝はどうします?」
「糸だけ持ってりゃいいだろう。クルビス。取れそうか?」
俺の返事に、ハルカが俺の手にあるポムの木の枝を見る。話を聞いていた祖父さんが、枝を見て俺に糸を外せるかどうか聞いてきた。
観察してみると糸は枝の引きちぎられた部分に引っかかっていた。枝の裂けた部分に食い込んでいたが、糸を力いっぱい引っ張ると木が裂けて問題なく取れた。
「…すごい力ですね。」
ハルカが俺の手元を見ながらポツリとつぶやいた。
そうだろうか?確かに力いっぱい引っ張ったが、俺はシーリード族の中では普通だ。力自慢でもない。
「男だからな。ハルカよりは力がある。」
俺がそう答えると、ハルカは眉根を寄せて、「そういうのじゃないんだけど…。」とぶつぶつとつぶやいていた。
何か間違った答え方をしただろうか。
「よし。じゃあ、魔素を通してくれ。」
疑問はあったが、祖父さんの言葉に持っていた枝を捨てて、枝から引き抜いた糸に魔素を通した。
魔素を通すと、極細の糸が森の中で浮かび上がる。この先に例のドラゴンがいてくれればいいが。
「この先にいてくれよ…。」
祖父さんも同じことを考えたのか、祈るようにつぶやく。
ハルカも糸を握りしめて森の奥を見ていた。




