第93話 偉大なドラゴン (クルビス視点)
「もうすぐ着くようだ。俺が先に紹介するから、その後自己紹介してもらえるか?」
「はいっ。…あの、どこまで言っていいんでしょうか?」
祖父さんの姿を認めると、ハルカに挨拶の手順を伝え、彼女のもっともな質問に少し考える。
彼女のことはすべて報告するつもりだったしな。俺とリードに言ったやつでいけるだろう。
「俺に言ってくれたのと同じで大丈夫だ。祖父さんにはすべて話すつもりだから。」
ザザッ
祖父さんは俺たちの目の前に来ると足を止めた。
いつもならここで「元気そうだな。我が孫よ。」と声をかけてくるんだが、今日は隣にハルカがいるせいか、立ち止まったままだ。
彼女の髪を見ているんだろう。滅多に感情を表に出さないのに、今は驚きで目を見開いている。
こんな祖父さんは初めて見た。いつもは余裕のある態度で笑ってるのに。
珍しい物を見た驚きと悪戯が成功したような可笑しさが同時にこみ上げてくる。
ハルカを見ると、こちらも目を見開いて祖父さんを見ていた。ドラゴンの一族を間近で見たのは初めてらしいからな。驚くだろう。
…驚くだろうが、そこまで熱心に見つめなくてもいいんじゃないか?
どうも、ハルカはドラゴンに関心がありすぎるな。
緊張しているのが伝わってくるから、動けないというのもあるかもしれないが。
なんせ祖父さんの魔素は強大だからな。慣れないやつは気圧される。
祖父さんもハルカも動く気配がない。
このままでいても仕方ないな。とっとと紹介を済ませるか。
「お久しぶりです。お祖父様。つもる話はありますが、先にこちらの女性を紹介させて下さい。彼女はハルカ。ヒト族の女性で、今朝、異世界からこちらの世界に来た稀なる客です。」
ひざまずき、胸に手を当てて上体を少し傾ける。最上礼の形を取ってハルカの紹介をする。
隣でハルカが慌てて俺の形にならってひざまずく。彼女が急に体制を変えたので、手の平に乗ったヒナが「ピギッ。」と短く鳴いて暴れていた。
しまった。ひざまずくことを伝え忘れていたな。
ハルカはこちらのことを何も知らないんだ。これは俺の失態だな。
心の中で詫びながら、ハルカの方を見る。
彼女は俺の方を向いて微笑むと、祖父に向かって礼を取って挨拶を始めた。
「お初にお目にかかります。ただ今ご紹介に預かりました通り、今日の朝、異なる世界よりまいりました。ヒト族の娘で、名を里見遥加と申します。里見が家族名で遥加が個人名です。どうぞハルカとお呼び下さい。」
「…顔を上げよ。」
ハルカの見事な挨拶の後、ポツリと祖父さんが返事をした。
顔を上げると、祖父さんの顔に先程の驚きはすでになかった。いつもの余裕のある笑みを含んだ表情に戻っている。
そのまま、ハルカの前に来ると彼女の前にかがんで、最上礼の形を取る。
「丁寧なあいさつ痛み入る。我はシーリード族が一角、古の知恵者、ドラゴンの一族を束ねる者。名を『光射す者』、アリエス・ルシェリードという。異なる世界から招かれし者よ。そなたに海と森の祝福があらんことを。」
祖父さんの挨拶を聞いてギョッとする。
一族名だけでなく、一族の二つ名に祖父さん自身の二つ名まで…。古式ゆかしい、今では知っている者の方が少ない、正式な挨拶だ。
二つ名とは、個体の力を表すもので、その個体が体現するべき指針でもある。
祖父さんの場合は『光射す者』。その名の通り、世界の、一族の危機に立ち向かい、迷える者たちに光を示し導いた。
特にドラゴンの一族はこの二つ名に縛られるため、自身の名より大事にしている。
めったなことでは名乗らず、真に認めた者にだけ教えるのだ。
最近では、正式な挨拶でも一族の二つ名を名乗るくらいだな。
個体の二つ名を聞くことはほとんどない。
それが、今初めて会ったハルカに2つとも名乗った…。
祝福の言葉まで言ったということは、彼女を客として迎えるということだろう。だが、予想しない事態にどう反応していいかわからない。
「なかなか珍しい客だ。異世界からの客など2000年ぶりだな。」
俺が戸惑っているうちに祖父さんは顔を上げ、彼女を見て微笑んだ後、面白そうに言った。
深緑の森の一族の話だな。祖父さんが最初に見つけたんだったか。
そして今度は孫の俺がハルカを見つけた。何の因果だろうな。
「ああ、いつまでもこんなとこでしゃがんでてても仕方ない。堅苦しいのは終わりだ。」
そう言って祖父さんが立ち上がったので、俺たちも立ち上がる。
ハルカに手を差し伸べたが、ヒナを手渡された。まあ、立ち上がる時に服の裾を払いたいだろうな。
ヒナの方といえば、すっかりおとなしくなって、羽で頭を隠している。
祖父さんの魔素に怯えたか。本能だからな。仕方ない。
祖父さんが俺の手元を見ている。
こんな所にセパのヒナがいたら驚くだろうな。その辺も説明しなくてはならない。
さて、ハルカの準備も整ったようだし、これまでのことを話すか。




