第88話 修復 (クルビス視点)
枝を引きちぎられたポムの木の前に立つ。両手を当て、魔素の流れをたどる。
魔素を練り、循環させ、ポムの木と同調させていく。
…難しいな。
どうにもわかりにくい。
ポムの木は外からの魔素の影響を受けにくいからか、魔素の流れをたどるだけなのに、なかなか上手くいかなかった。
少し考え、引きちぎられた枝を見る。
あの枝の跡から直接内部に干渉してみるか。
足に少し力を入れて、一足飛びに折れた枝の下まで飛ぶ。
手近な枝に足をかけ、折れた枝の内側に手を当てた。
「ク、クルビスさんっ?」
下でハルカが驚いた声で俺の名を呼んだ。
何だっ?
下を見るとハルカが口を開けてこちらを見上げていた。
…彼女の周辺に異常はない。
「何かあったのか?」
聞き返すと、ハルカはハッとしたように口を閉じて首をぶんぶんと横に振った。
首は大丈夫なんだろうか?
「い、いえ。ちょっと驚いただけです。すみません。お仕事して下さい。」
そう言って、手の平をこちらに向ける。何もないならいいんだが。
あれは何の合図だろうな?こちらでは特に意味のある仕草ではないが、さっき驚いていたことといい、後で聞いてみるか。
「そうか。悪いがしばらくそこにいてくれ。」
ハルカに返事をすると、折れた枝に手を置き再び魔素の流れに集中する。
折れたポムの木はずいぶん魔素が減っていた。
当然だな。実をつけて魔素を減らしたところに、枝を無理やりへし折られたんだ。折れた場所から魔素がかなり流れ出している。
ポムの木自身に修復する能力はあるが、ここまでひどい傷では間に合わない。
俺は他に魔素の流れ出ている箇所がないか調べた。
他に特に異常だ無かったので、折れた枝に手を当てて水の術式で樹液を集めて傷口をふさいでいく。
ポムの木の樹液は魔素の影響を遮断する効果がある。この樹液を持つからこそ、ポムの木の特殊な生態があると言ってもいい。
良し。これでとりあえずは持つはずだ。
そのまま横の木に飛び移り、引きちぎられてはいないものの、ドラゴンの巨体があたったために折れてしまった枝を見る。
大きな枝が折れていたが、半分は繋がっていたので魔素の減少は大したものではなかった。
元の形に支え直しながら術式でふさいでいく。そのままふさいでも、折れた部分から先は元のようには戻らないため、自重で完全に折れないように軽くふさぐだけだ。
本格的な治療は専門家にまかせなくてはいけないからな。
すぐにわかるように、術式に規定の目印を組み込むことも忘れない。
幾つか目についた枝に処置を施しながら、全体の様子を観察する。
枝の折れた範囲は荷車5台分といったところか。
小柄だな。せいぜい50歳くらいだろう。
ポムの実を持って行ったならしばらくは持つだろうが、どこまで奥に進んでいるかが問題だな。
鳴き声でも上げてくれれば、すぐにわかるんだが…さっきから獣の声が聞こえない。
普段なら、ポムの小道の少し離れた場所から様々な獣の鳴き声が耳に入ってくるものだ。
しかし、今は幼いドラゴンがまき散らした濃厚な魔素に怯えたのか、鳥の羽ばたきすら聞こえない。
静かだな。森の入口の方はまだ鳥の姿も見ることはあったが…。
この分では、魔素の痕跡を消すまで狩り場は封鎖するしかないな。獣が逃げてしまって仕事にならんだろう。
罪状がどんどん増えていく。
子供とはいえ、状況は悪化する一方だ。
「困ったことになったな…。」
バササッ
思わずつぶやくと、耳に羽ばたきの音が入ってきた。
「っ。」
息をのんで音のした方角を急いで確かめる。
だがそれは探していた子供ではなく、ルシェ山から降りてきたドラゴンの羽ばたきだった。
「祖父さん…。」
降りてきた個体は1つだけ。日に輝く金の鱗が目にまぶしい。
俺の祖父、ドラゴンの一族の長、アリエス・ルシェリードだった。




