第85話 悪い予感 (クルビス視点)
急ぎながらも、周囲の魔素の様子を簡単に確かめていく。
魔素に揺らぎはないが、今まで見てきたポムの木より魔素の量が多いように感じる。
この辺りのポムの木は皆こうなのだろうか。
この先にたどり着けばもう少し状況がわかるだろうか。
答えの出ない疑問を抱きながら、報告すべき事柄に付け加えていく。
…1番気になるのは、前方の実が大量に出来ている場所。そこのポムの木の上部で枝が折れていることだ。
次から次へと…。
内心で面倒なことになるなとため息をつく。
ポムの小道は厳重に管理されている。
深緑の森の一族の里とつながる道でもあるし、森の奥の狩場へは種族関係なく迷うことなくたどり着ける道標だ。
獣除けの効果もあり、森の中でも安全なため子供たちの学びの場としても活用されている。
重要な場所であるため、ルシェモモから狩り場までの管理は守備隊が、別れ道から先は深緑の森の一族が管理している。
管理の一環として、ポムの小道は深緑の森の一族と守備隊の術士部隊で結界をかけ、全体的に包んでしまっている。
嵐が来た時になぎ倒されないようにするためだ。
だから、強い風が巻き起こることも無いし、枝が折れたりすることもない。
なのに、そのポムの木の枝が折れている…。
頭に浮かぶのは、ハルカが話してくれたドラゴンのことだ。
通常はポムの小道の上を通る際は上空高く飛ぶものだが、ハルカの話からすると、それを巻き起こしたドラゴンはどうも結界内を飛んでいたようだ。
ありえない話だ。
少なくとも個立ちしたドラゴンにとっては常識のようなもので、破ればどうなるか知らないはずがない。
ポムの木は薬としての効能も高いため、故意に傷つけることは許されない。
そのため、成長の調整で小枝を切る時も、許可を取って記録に残すくらいだ。
そのポムの木を痛めつけるような飛び方をしたドラゴン…。
子供だな。間違いなく。
そんな子供が何故朝の早い時間に森の中を飛ぼうとしたのか。家族に会いに行こうとルシェ山を目指したのだろうが…。
気温で身体が上手く動かなかったか、まだ高度を上げて長時間飛べないほど小さいからか。
どのような理由にしろ、ドラゴンの集落に向かったのは方角的に間違いないだろうな。
しかし、ここで疑問が出てくる。
森の中を飛んでいたということは、1つで飛ぶ許可を与えられていない子供だということだ。
そんな子供なら、普通はまだ同じドラゴンの集落の中で育てられているものだが…。
こればかりは当事者を捕まえて聞くしかないだろうが…困ったな。嫌な予感が当たってしまった。
子供だったとすると、まだ、森の中でさまよっている危険が高いからだ。
ポムの小道に張られた結界は破られていない。そんなことがあれば、すぐさま術士たちが気付いているはずだ。
だから、森の入口から結界の中に入って飛び続けたのはいいものの、いざ、ルシェ山の麓まで来て結界を破ることが出来なかったとすると…。
結界にはじき飛ばされて気を失っているか、弱ったまま森を出ようとさまよい歩いているか。
下手すると、すでに動くことも助けを呼ぶことも出来ないかもしれない。
ギュッ
俺が最悪の場合を頭に浮かべたとき、俺の首に暖かいものが巻き付いた。
…ハルカだ。速度を上げて不安定になったのか、俺の首に巻き付いてギュッとしがみついてくる。
かわいい…。っ。いやっ、そうじゃないっ。
彼女の仕草にやられそうになりながら、正気に戻る。
しまった。速度が速すぎただろうか。
目標のポムの実の群生地は目の前だ。少し速度を落とそう。
「…ハルカ?大丈夫か?」
速度を落としながら、ハルカに声をかける。
一瞬ビクリとしてから、そろそろと顔をあげる。
怖かったのだろうか。うるんだ目で俺を見上げてくる。
…かわいいな。他の男には見せるなよ。その気がないやつでもやられかねない威力だ。
「ハルカ?着いたぞ?」
俺が再度聞くと、ハルカはハッとして周りを見回した。
そして、どんどん顔色が悪くなっていく。
おそらく、ハルカが最初に見た時はこんな状態ではなかったのだろう。
例のドラゴンが通り過ぎる時に荒れたのだろうが、上の方までは見ていなかったんだろうな。
「何で…こんな…。」
呆然とした様子で周り、特に上の折れた枝を見ている。
驚いたのだろう、少し震えているようだった。
心配になって声をかけようとすると、ハルカが驚くことを言った。
「私が見た時はこんな状態じゃありませんでしたっ。ドラゴンが飛び去った後もですっ。」
何だと?じゃあ、どうして枝が折れているんだ?




