第83話 彼女の住める場所 (クルビス視点)
音が聞こえる範囲も確認する必要があるな。
どこまで聞こえるかで、中央地区でも住む場所も仕事も変わってしまう。
たとえ、聞こえる範囲が予想より広かったとしても、住めるのは北地区と中央地区の境目あたりまでだろうな。
北地区は、中央地区に近い場所は工房街や本屋街など技術に関する建物が多く、住民の住居は北の方へ広がっている。
そこまで離れると、時の鐘が聞こえにくいため、耳の弱い種族はほとんど住まなくなってしまう。
つまり、ハルカが住むには北地区は不向きだと言うわけだ。
…そうなると、ハルカと離れることになるな。
まだ確かめたわけでもないのに、ため息が出そうになる。
俺が勤務している北の守備隊本部は『時の鐘』から最も遠い場所の1つだ。
だから、ハルカが時の鐘が聞こえる範囲に住むとなると、かなり離れて暮らすことになるだろう。
問題はそこだ。
彼女に何かあった時に駆け付けられる距離にいられない。
彼女の魔素は、ポム茶で回復してからはリードと比べても遜色ないくらいの量がある。
俺との共鳴の感じからしても、質自体も悪くなさそうだ。
だが、魔素のことを知らないようだったから、術式などで魔素を操れるようになるのは難しいだろう。
普通の女性のようだから、体術や肉体的な強さも持ち合わせてはいないだろうしな。
そうなると、今のハルカの状態で1つで暮らすのは非常に危険だ。
これだけの力を持っていて自身を守る能力は無いに等しいとなれば、目を付ける連中が出てくるだろう。
何より彼女の髪は黒一色だ。俺と何らかの関わりがあると思う者が出てきても仕方がない。
もしくは、彼女を使って俺に近づこうと画策するやつが出てくるか…。
可能性は幾らでもあるが、そのために彼女が攫われるようなことがあったら…。
周囲を熱心に観察しているハルカを見る。
彼女に何かあった時、俺は耐えられるだろうか。
まだ見ぬ未来に不安が募る。
親父や祖父さんたちもこんな思いを味わっ…てはいないな。絶対。
自分の発想をあり得ないと振り払い、家族の顔を思い浮かべる。
そもそも、俺の父方も母方も女性が強すぎて参考にならなかった…。
実家の母と今も健在の2つの祖母たちのことを思い出して、別の意味でため息が出そうになる。
母も祖母たちも力が強く、それを操る術にも長けているため、並みの術士よりよほど強い。
親父も祖父さんたちも伴侶の暴走を食い止める苦労をしたことはあっても、身の心配をしたことはほとんどないだろう。
そこまで考えて、思考がハルカのことに戻る。
彼女の色が「黒」である以上、俺との関係を疑われるのは仕方ないだろう。
なら、俺が管轄している北地区に住んでもらう方が、俺の関係者だと示せるし帰って安全だと思う。
実際、彼女の身元の保証と後見は俺が務めるつもりだ。
トカゲの一族の次代の長である俺の後見だ。
その俺の目の届くところで、彼女に害をなすやつはまずいないだろうしな。
…しかし、耳が利かないなら北地区には住むのは難しいだろう。
いや、住むことが出来きたとしても仕事があるだろうか?
そこまで考えた時に、視界の先に黄色い物が見えた。




