彼女
翌朝、電車の中で気になる女の子に出会った。
あれは、小川萌愛ちゃんだ。
かなり雰囲気が変わっていて、可愛くなっているけど間違いない。
小学校の時、バレンタインデーにチョコをくれたモアちゃんだ。
目元の優しさが、あのモアちゃんと語っている。
その女の子は俺と同じ疾風高校の制服を着ていた。
その子が朝日を受けながら吊革につかまり、車窓の住宅街を眺めていた。
俺は意を決してその女の子に話掛けてみた。
「おはよう!」
少女はいきなり話し掛けられたせいか、飛び跳ねる様に驚いた。
「俺、小学校の時にクラスが一緒だった将なんだけど、覚えているかな? キミ、モアちゃんだよね?」
少女の顔が驚いた顔から一瞬で笑顔に変わった。
「将君! やっぱりタモツ君なんだ~! 昨日の帰りのHRで先生にタモツ君が名前呼ばれた時に気が付いたんだけど、思い違いだったらとか、覚えてないよとか言われる事考えてたら怖くなって言えなかったんだ」
「そうなのか。俺とクラスが一緒だったんだ」
「そうだよ。気がつかなかった?」
「ごめん。キミが吊革につかまっているのを見て初めて気が付いたんだ」
「そうなんだ~。声掛けてくれて嬉しいよ」
モアちゃんはニコニコと笑顔で俺を見つめていた。
そう言えば、モアちゃんが同じ学校って事は……俺が奴隷の様に扱われていたと言う過去を知ってるわけで……それをバラされたら俺はクラスの中でまたまた居づらくなる訳で……俺が有意義な高校生活を送る上での最大の懸念事項が出現してしまった訳で……それだけは何とかして回避しなければならなかった。
「あのさ、モアちゃんにお願い有るんだけどいいかな?」
「なぁに?」
「俺の中学時代の事は誰にも話して欲しくないんだけど……お願い!」
俺は両手を頭の前で合わせて懇願した。
「中学校? ごめん、わたし小学校卒業と同時に引っ越したからあの中学校には通ってないんだ。もしかして、ヤンキー君とかして武勇伝作ってたの??」
「してない! してない! 今のはたいした事じゃ無いから、忘れて、忘れて!」
セフセフ、セーフ!
これは、凄く助かったかも。
高校生活を送る上での最大の懸念事項が一気に解消した。
神様!
俺を守ってくれてありがとう!
今俺は最高についています!
つきまくりです!
もしかしてラッキー続きの今の俺なら、モアちゃんに告白したら案外すんなりと受け入れて貰えるかも?
俺は告白することにした。
「モアちゃん、いきなりだけど今彼氏居たり、好きな人いたりする?」
「居るよ」
「はう……居るのか……」
「タモツ君が好き!」
「マジか??」
「小学校の時以来ずっと好きです。わたしの初恋の人です」
モアちゃんはそれを言うと真っ赤になりうつむいてしまった。
めっちゃ、かわいい!
何で俺、この子に告白しなかったんだろ?
こんなに俺の事思っててくれたなんて……。
あのクズ女に告白しないで、モアちゃんに告白してたらきっと俺の人生変わってたよ。
「あの、良かったら俺を彼氏として付き合ってくれないかな?」
「えっと、彼氏いないけど、彼女がいるけどいい?」
「はあ?」
意味が解んなかった。
女のモアちゃんに彼女って意味わかんない。
もしかして同性愛者なの??
「どういう事? もしかしてレズ?」
「レズじゃないよ! ただ、もの凄く仲が良くて、私の傍をずっと離れてくれない女の子の友達がいるんだけど、それでもいいなら……。タモツ君と仲良くしたいけど、その子と別れてって話だと、少し考えちゃう」
「友達だよね?」
「うん、友達だよ。その友達は自分の事を『モアの彼女』って言ってるけどね」
「わかった。じゃあ、モアちゃんの彼氏にしてください。そしてその子の友達にして下さい」
「やった~!」
僕らはギュッと手を握り合った。
モアちゃんの手はとても暖かかった。
とても安らげる手であった。
俺とモアちゃんは、彼氏彼女と言う関係になれた。
学校の最寄り駅で電車を降りると、ホームでショートボブのボーイッシュな感じのスラリとした女の子がモアちゃんを待っていた。
とっても元気そうな感じの女の子だった。
「モア、おはよ~!」
その少女の笑顔が一瞬で曇る。
その少女はモアちゃんを手を繋いでいる、俺を見て怪訝そうな表情をする。
「こいつは?」
「こいつじゃないよ~! この子は今日から私の彼氏になってくれるタモツ君だよ。そして、この子は私の彼女の岬ちゃん」
「よろしくな」
俺があいさつすると、そのミサキとと呼ばれた少女も俺に挨拶をして来た。
「ああ、よろしく!」
「モアが彼氏作るとはね~。もうそういう事は無いと思ったんだけどな。とりあえす祝っておくよ。おめでとう!」
「ありがとう! タモツ君は私の初恋の人なんだ」
「そっか~、幸せになれよ!」
「うん!」
彼女なんて言うから、何かあるかと思ったらミサキちゃんは普通の女の子の友達だった。
俺達は3人で雑談をしながら高校に向かった。
やっぱ、こういうのだよな~!
学園生活って、こういうのだよな~!
これだよな、青春て!
玄関に着くと、モアちゃんが「わたし、保健室に行ってお薬飲んで来るから、またね~!」と言って走り去っていった。
モアちゃんが走り去り視界から消えると、ミサキちゃんの表情が変わった。
「ちょっと付き合ってくれ」
俺は凄まじい力で腕を捕まれ、半ば強引に引きずられて屋上前の踊場に連れて来られた。
そこは暗くて人気の無い場所だ。
「何の用?」
この表情だと、きっとモアちゃんと付き合うなと言われるんだろうな。
いや、まてよ?
もしかして告白か?
「モアだけじゃ無く私も愛して~」って感じで告白か?
今の幸せゲージMAXの俺なら十分ありうる!
ありうるぞ!
来たれ! ハーレム!
来たれ! バラ色の学園生活!
……でも、現実は違った。
いきなり、凄まじい力で放たれた拳が俺のみぞおちに決まる。
「ぐはあああ!」
俺は弓なりになって床に崩れ落ちる。
床に這いつばりそうに所を、また首根っこを掴まれて引き起こされる。
「モアに手を出すんじゃねー!!!」
ミサキの凄まじい蹴りが俺の下腹部を襲った。
凄まじい、重さのある蹴りだった。
俺は壁に叩きつけられ踊り場の床の上に崩れ落ちた。