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俺が犬になった理由

「好きです! (たもつ)くん! これを受け取ってください」

 

 ランドセルを机の上に置き学校の帰り支度をしている俺に、小柄でやや栗色がかったセミロングの髪型をした、少し幼さの残る可愛い系の少女が俯きながら俺に向かってチョコを差し出した。

 

 その子はショートヘアで見た目が少し幼い感じでけっして美人とは言えない顔立ちだけど、とても目元が優しい感じのとても優しそうな雰囲気の子だった。

 

 今日のバレンタインデーにチョコをくれた女の子の中では、一番俺の好みに合ってる子だ。

 

 何故なら、この子は賢い。

 

 直接話したことは無いが、この子はクラスの中で一番頭がいい子のはずだったからだ。

 

 俺が求める理想の彼女はルックスだけの女では無い。

 

 俺が求めるのは完璧な彼女。

 

 容姿端麗であり、性格が良く、俺と同じ知的レベルの彼女が理想だ。

 

 この子の知的レベルと性格は合格点。

 

 今日、俺にチョコをくれた殆どの女の子は、ルックスが良くも頭が悪い。

 

『自分の顔に自信が有るから、告白した』そんな感じの子ばかりだった。

 

 そんな感じの女ばかりだったから、この子の存在は稀有で俺の中の理想の彼女ランキングでは暫定1位だ。

 

 でも、残念ながらこの子は少しだけ容姿のレベルが足りない。

 

『綺麗』じゃ無く、『可愛い』のだ。

 

 俺の理想の彼女の3要件の内、容姿端麗だけが少しだけ下回った。

 

 本当に惜しい子だった。

 

 この子の容姿の将来性を見込んで告白を受けても良かったのだが、もうすぐ小学校を卒業するこの段階で妥協して、中学校で理想の完璧な彼女と出会い、この子を捨てるような事はしたくない。

 

 俺は涙を呑んでその子の告白を今すぐに受けるのは止めておいた。

 

 

「ありがとう。キミの名前は萌愛(モア)ちゃんだったよね?」

 

 俺はバレンタインチョコの綺麗な包装紙の裏に、マジックで萌愛と書き込んだ。

 

 包装紙に名前を書いておかないと、ホワイトデーにお返しする時に解らなくなって困るんだよな。

 

 バレンタインデーの日に、毎年やってる作業なんで慣れたもんだ。

 

 少女は顔を上げると元気に答えた。

 

「はい! モアです。あの~、私のチョコ、受け取ってくれますか?」

 

「もちろん、チョコは受け取らせてもらうよ!」

 

「ありがとう!」

 

 先ほどまで不安そうで一杯だった少女の表情が満面の笑みに変った。


「タモツくん、好きです! 私を彼女にしてください!」

 

 俺はその子に見える様に、バレンタインデーチョコを入れてパンパンになった手提げカバンの中身を見せる様に、その子から貰ったチョコをカバンの中にしまう。

 

 それを見た少女の表情が少し曇った。

 

 少し可哀想な事をしちゃったかな? と、思いつつ、俺は(おく)せず彼女にハッキリと言った。

 

「俺はまだキミの彼氏にはなれない。俺は特定の子と付き合うつもりは無いんだ。でも、キミの気持ちは僕の心の中にしっかりと刻み付けさせて貰った。ありがとうな!」

 

 俺はモアちゃんを彼女にする事はしなかった。

 

「フラれちゃったか~。思いきって告白したつもりなんだけどな。でも言えてスッキリしたよ」

 

 少女は笑顔でそう言うと、ランドセルを背負って走る様に教室を出て行った。

 

 

 これが、後に俺の彼女となるモアちゃんとの出会いだった。

 

 

 ──そして2か月弱の月日が経った。

 

 

 俺は今日、中学校の入学式を迎える事となる。

 

 俺は、中学の入学式のこの日を以って中学デビューをしようと思う。

 

 一言で言えば、彼女を作ってリア充になって、充実した学園生活を送るんだ。

 

 夏は彼女と一緒にプールに行ってクリームソーダを飲んで、秋は彼女と一緒に一緒に紅葉の山に登り詩歌を読む、冬は彼女と二人で雪の中の道を2人で手を温めながら歩く。

 

 そんな、いわゆるカップルみたいなカップルらしい事をするのを夢見てる。

 

 しかも、クラスで一番可愛い子を彼女にするんだ!

 

 俺なら出来る!

 

 つい2か月前のバレンタインデーに、クラスの半分の女の子からチョコを貰った俺なら出来る!

 

 今日この日の為に理髪店にも行った!

 

 出来る!

 

 必ず出来る!

 

 俺は一目惚れをした子がいる。

 

 学校説明会の時に出会って一目惚れをした子だ。

 

 ついこの間まで理想の彼女の3要件とか言っておきながら、俺はルックスだけで彼女に惚れてしまった。

 

 それぐらい容姿が素晴らしかった。

 

 たぶん隣町の小学校に通ってた子だ。

 

 その子が俺と同じクラスに居た。

 

 清楚な紺色がかったストレートのロングヘアを持ち、スラっとしたモデルを思い起こさせる和服が似合いそうな体形の女の子だ。

 

 担任が出席の確認を取った時に彼女の名前を覚えた。

 

 東条(とうじょう)麗香(れいか)と言う名前だった。

 

 その時聞いた声は落ち着いた声で、背筋の毛が逆立つほど綺麗な声だった。

 

 彼氏として立候補するには少しハードルの高そうな女の子だったが、ここで告白しないで後悔はしたくない。

 

 俺ならきっと出来る!

 

 俺は意を決して、入学式当日のその日のホームルームが終わって帰り支度をしている彼女に告白をした。

 

「俺、明坂(あけさか)(たもつ)と言います。レイカさん! 俺の彼女になって下さい!!!」

 

 俺は深々と礼をして彼女の答えを待った。

 

「私を彼女にしたいだと?」

 

 返って来たのは予想と反して、クールで厳しい口調の言葉だった。

 

 だが俺は気圧されずにハッキリと答えた。

 

「はい! 彼女になって下さい!」

 

 彼女は顔を真っ赤にした後、怒りの感情が表情に浮き上がった。

 

「私を彼女にしたいんだと? 3年早い!」

 

 あっさりと断られた。


 そりゃそうだよな。


 入学式の初日から知らない人から告白されて、それを受け入れる女の人なんて居ないって。


 まぁ、告白してフラれたんだから、俺はもう思い残す事は無いな。

 

 最初っからハードルの高い望みだったけど、これだけ綺麗に玉砕すれば悔いはない。

 

 俺の彼女は、俺に好意を抱いてくれてる人の中から選ぼう!

 

 バレンタインデーにチョコをくれた萌愛(もあ)ちゃんなら俺の告白を受け入れてくれるよな。

 

 彼女は、一度断ったもののおしとやかさんタイプだから絶対断らないと思うぞ。

 

 ここはレイカさんに素直に謝って、次なる恋を探そう!


 人生前向きが一番だ。

 

「ごめんなさい! あまりに綺麗で一目惚れしてしまって……、性格も人柄も知らないのに告白した俺が間違えてました。もう二度と声を掛けないので許して下さい」

 

 僕は深く頭を下げてその場を立ち去ろうとすると、彼女が声を掛けて来た。

 

「まあまて。そこまで私の事を綺麗とかなんとか言われたら、そのまま帰すわけにもいかないだろう。いきなり彼女にはなれないが、友達ならなってやってもいいぞ」

 

「マジですか? 友達になってくれるんですか?」

 

「そうだ。まずは中学生らしく友達からだ」

 

「やった~! じゃあ、今日から君の事をレイカと呼ぶぞ。いいよな? レイカ」

 

 レイカさんは困惑の表情を浮かべ、顔を真っ赤にした後、眉間に皺を寄せ滅茶苦茶怒り出した。

 

「なんだと! ふざけるな!!!」

 

 え?

 

 なんで俺怒鳴られてるの?

 

「え?? 俺、なんかまずいこと言った?」

 

「なんで、私はお前に呼び捨てにされねばならん! レイカ様と呼べ!」

 

「すいませんでした。レイカ様」

 

「気が変った。私を呼び捨てにする様な奴は友達では無い。犬だ! 今日からお前は私の犬として飼いならしてやる!」

 

「犬なんて嫌です! あなたとは性格があいそうに有りません。ごめんなさい」

 

 俺がその場から立ち去ろうとしたら、背後から聞き覚えのある声が聞き覚えの有る言葉を言った。

 

『俺、明坂(あけさか)(たもつ)と言います。レイカさん! 俺の彼女になって下さい!!!』

 

 振り返ると、レイカは右手に細長い黒いスティック状のボイスレコーダーを手にしていた。

 

「私の言う事を聞けないと言うのなら、このボイスレコーダーの録音を、今すぐにでも放送室から全校放送して学校中の恥さらしにしてやって、この学校に通えなくしてやるがいいのか? そのあと動画サイトにアップロードして全国、いや世界の笑いものにしてやる」

 

 彼女の目はマジだ!

 

 絶対にやりそうな目だ!

 

 俺の背筋に冷たい戦慄(せんりつ)が走る。

 

「うわー! やめてやめて! マジやめてください! 何でも聞きますからそれだけは止めてください。犬にでも奴隷にでもなりますから、それだけは止めてください」

 

「よかろう。お前は今日から私の犬だ」

 

 この時を()って、僕はレイカ様の犬と成り果てた。

 

 

 

 その日からの俺は文字どうり『悲惨』な生活を送るようになった。

 

 彼女の雑用係としてあらゆる事をさせられた。

 

 レイカさんが消しゴムを落としたら「取れ!」の一言で教室の何処にいたとしても拾わされる。

 

 職員室や実験室に持って行くものが有れば、それが紙きれ一枚であっても運搬役をやらされた。

 

 登下校のかばん持ちも当たり前で、レイカ様の旧家を思い起こさせる大きなお屋敷から学校の間を毎日かばん持ちで付き添わされた。

 

 宿題が出ればすぐにやらされ、1問でも間違えていればキツイお仕置きをされる。

 

 教室で掲示物を貼っている人が居れば、レイカ様が快く引き受け「やれ!」の一言で俺に仕事を振り、やらされる。

 

 レイカは用も無く俺を呼び出し、俺をコキ使って楽しんでる様に思える。

 

 俺が少しでも嫌そうな目をすると、ボイスレコーダーを俺に見える様にちらつかせる。

 

 一ヶ月もすると完全にレイカ様の犬として調教され、夏休み前にはクラス全員からレイカ様の犬として認知された。

 

 俺はクラスで唯一の雑用係として、スクールカースト最下層の犬として皆に認識されるようになった。

 

 

 そんな扱いでも、レイカ様の横に居られるのが嬉しかった。

 

 

 レイカ様は俺以外の男に近づく事はしなかった。

 

 何度か彼氏にしてくれと言い寄って来た男が居たが、俺の様に犬とする事はなく、全てバッサリと切り捨てた。

 

 俺は犬だけど、レイカ様にとって特別な存在なんだ!

 

 きっとそのうち俺の好意が届いて友達として、いや彼氏として認めてくれる!

 

 そんな事を漠然と夢見ていた。

 

 

 レイカ様が俺に言う。

 

「どうだ? わたしに仕事を振って貰って嬉しいだろう?」

 

「はい! レイカ様に尽せて嬉しいです! レイカ様の(そば)に居られて嬉しいです!」

 

 心の中では(わず)かにダルイとは思っていたが、それを声に出して言えないぐらいにまで、俺は調教されていた。

 

 

 レイカ様の人使いの荒さは日を追うごとに段々と酷くなる。

 

 雑用係は学校内では収まらず、夏休み前となる頃には家に居る時でもケイタイに電話が掛かってきて呼び出され、雑用をやらされる様になる。

 

 特に夏休み直前の短縮授業が始まってからの雑用が酷くなった。

 

 用も無いのに俺を呼び出して楽しんでいる感じだ。

 

「喉が渇いたから、ロイヤルミルクティーを買ってこい。ペットボトルではなく、缶のな!」

 

「はい! レイカ様」

 

 俺は大急ぎでコンビニに行き、缶紅茶を買ってレイカ様の元に向かうと、「やっぱり気が変った。ペットボトルのストレートティーを買ってこい。ノンシュガーのやつな」と無茶な事を言う。

 

 俺が大急ぎでコンビニに戻り、ストレートティーを買ってくると、またまた違う雑用を押し付ける。

 

「雑誌頼むのを忘れてた。すぐに買ってきてくれ」

「お菓子を頼む!」

「ボールペンを頼む!」

 

 レイカ様の雑用は夜遅くまで延々と続いた。

 

 それでも俺は彼氏になる事を夢見て、レイカ様に尽していた。

 

 

 そんな俺が一度だけレイカ様から逃げた事が有る。

 

 夏休みの初日、雑用の連続で溜まっていた疲れが一気に噴き出したのか、昼過ぎまで寝過ごした。

 

 ケイタイの呼び出し音で俺は叩き起こされた。

 

 ケイタイを見る。

 

 着信履歴247件。

 未読メール482件。

 

「まじかよ!」

 

 全てレイカ様からの物だった。

 

 完全にレイカ様は怒っている!

 

 間違いなくキレている!

 

 俺は空恐ろしくなり、携帯の電源を切ってそっと閉じた。

 

 

「何処かに逃げようかな~」


 テレビのワイドショーで小学生が自転車で日本一周をする話をやっていた。

 

 俺も自転車で旅に出るかな~。

 

 そうだ、北海道の士別(しべつ)に居るおじいちゃんのとこまで自転車で行こう!

 

 俺は物置の中からお父さんが昔使っていたテントと寝袋とパンク修理道具を自転車に積んで、貯金箱の中から有りったけの貯金を財布に詰めて、おかあさんに「夏休み中、おじいちゃんのとこに行ってくる」と、それだけの事を言って旅立った。

 

 出発したのが夕方近くだったので、その日は2つの町しか走れなかった。

 

 郊外の公園の人目に付かないとこにテントを張る。

 

 寝る前におじいちゃんの家に電話をするのを忘れていた事を思い出し、ケイタイの電源を入れる。

 

 着信履歴649件。

 未読メール1682件。

 

 全てレイカさんからの物だった。

 

 ケイタイの呼び出し音が鳴り続け止まらない。

 

 レイカさんが延々と電話を掛けて来ている。

 

 マジ怒ってる!

 

 完璧に怒ってる!

 

 有ったら絶対に殺される!!

 

 僕は空恐ろしくなり、おじいちゃんの家に電話を掛ける事をせずに、ケイタイの電原をそっと切った。

 

 

 翌日、とんでもないことが起きた。

 

 翌朝朝日が昇ると共に目が覚めた。

 

 軽い食事を取り、テントをたたみ、自転車に括り付けて出発の準備をしていると、どこからともなく聞き覚えのある叫び声が聞こえた。

 

「こら~! タモツ~!!! わたしの犬の分際で、夏休みに入った途端、ご主人様である私の事を無視するとはどういう了見だ~!」

 

 レイカさんだった。

 

「のわ~~!! なんでここまで?? なんでここに居る事がバレたんだ?」

 

 レイカさんはママチャリに乗り、凄まじいスピードで僕に向かって疾走して来た。

 

 レイカさんの目は完全に逝っていた。

 

 その目は『殺る覚悟』を30回は済ませてるようなかなりヤバイ目つきだ。

 

 しかも、片手に日光東照宮の焼印の入った木刀を持ち、その木刀からは禍々しい黒紫の妖気が放たれていた。

 

 公園には簡単に自転車やバイクが乗り込めない様に金属製鉄パイプで作られた障害物が設置されていたが、レイカ様は走りながらそれを木刀で薙いでスパッと切り捨てると、何事も無かったかのように自転車で突進して来た。

 

 おい! 今、木刀で鉄パイプをスパン!と切ったぞ!

 

 マジ有りえねー!

 

 前々から、普通じゃない人だとは思ってたが、ここまでの力持ってたのか?

 

 捕まったら殺られる!

 

 確実に殺られる!

 

 一目でそれが解った。

 

 俺は自転車に乗って大慌てで逃げ出した。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! 許して下さい!」

 

「許してやるから、その首を差し出しな!」

 

「それ許してないです。首取れたら死んじゃいます!」

 

 僕は慌てて自転車に飛び乗り、不眠不休の全速力で自転車を走らせ逃げるが、レイカさんも不眠不休の全速力で追いかけて来る。それから3日後、日本を半分ほど縦断して本州最北端の大間岬に追いつめられた僕は心が折れて、防波堤の上にへたりこみ、レイカ様にフルボッコにされて、レイカ様の事を何でも聞く忠実な犬となった。

 

 それからレイカ様の犬となる奴隷生活が、それから中学卒業するまでの3年間続いた……。

 

 

 

 だが、僕はそんな生活とは今日でおさらばだ。

 

 高校デビューするんだ!

 

 今度こそリア充になるんだ!

 

 今度は失敗しない。

 

 今度こそ、俺は彼女を作ってリア充生活を送るんだ!!!

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