彼女の言葉の裏側に
掲載中の短編小説「彼女の言葉は真実か」続編です。宜しければ先に前編ご一読下さい。
「信じなくていいのよ」
彼女が冷めた声で言った。
「分かってる。信じてない」
俺はそう答える。信じてない。わざわざ言い切ったことが滑稽に思えた。
―白状すれば実は、信じ始めている。
彼女は『死神』だそうだ。ある日突然目の前に現れた彼女は、第一声で俺の名前を呼び、二言目で自分の素性を明かした。死神。本人がそう言っているだけで、はっきり言って俺がそれを信じる根拠は冷静に考えれば全くない。そう例え、―例え、俺が彼女をかなり好意的に思っているにしても、だ。
俺は、この訳の分からない女に好意を持っている。この屈折したどこか投げやりな女に。
彼女が呆れたように溜め息を吐き出す。
「信じてないって言葉がすごく白々しく聞こえるのよね。まるで自分に言い聞かせてるみたいよ、それ」
―その通りだ。あまりにあっさり心中を見透かされたのが情けなかった。
彼女はちらりと俺を一瞥して、次の瞬間には俺から一切の興味を失ったように何もない宙をぼんやりと眺めた。
死神。
俺は大体においてその種のロマンチシズムを嫌悪する人間だ。だから『はいそうですか』と信じるのは、―仮に正直なところ信じていたとしても―とにかくプライドが許さない。俺は現実主義者だ。だが。
「信じているにしろ疑っているにしろどのみちー…」
彼女はそれ以上続けなかった。凛とした佇まいを心持ち正す気配だけが漂う。
とても美しく、反面で儚かった。
「どのみち?ああ、俺を殺しに来た、ってか」
軽く返した先で彼女の漆黒の瞳がすっと細められた。そして僅かに口元が引き結ばれる。彼女は何も言わなかった。言い訳はしない。そんなところか。彼女は微動だにせずじっと遠くを見つめていた。違う世界に住んでいる。理論を並べられるより、よほど分かりやすかった。きっと彼女は言葉の通り『死神』なのだろう。
「逃げても、いいのよ」
―逃げてくれ。
瞳は逸れていた。理由は分からなかった。それでもなぜか、俺にはそう聞こえた。
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