第41章~第45章
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「そうだな……前田さんが正気を保てたのは、『熾天使の時計』を動かすことを覚えたからじゃないのかな?」
貴史はちょっと考えてから答えた。
哲也は、前に、彼に言われた言葉を思い出していた。
<一度、壊れてみるといい>
あの言葉を鵜呑みにするなら、前田は壊れることによって、『時計』を動かす術を身につけたことになる。貴史も、自分のより頼んでいた『正義』が一度崩壊してから、『時計』を動かす術を身につけた。
何か強い衝撃を受けなければ、『時計』は動かせないのだろうか?
前田は自分に言った。
<お前は狙撃手としては、まだまだ未熟だ。技量もまだ足りないし、何より人間のまま任務に臨んでいる。だが、お前が人間であることが、今回は良い方向に動くような気がした……>
今回は人間の心で臨め、と。
ひょっとすると、彼は、『時計』を動かすきっかけとなる『衝撃』が、この任務によって自分に訪れると予測しているのだろうか?
そこまで考えて、哲也はバカバカしい、と思った。
(任務中に壊れてられるか……今度の相手は、『伝説の狙撃手』が返り討ちにあったって男だろうが……)
それでも、頭の片隅に、嫌な予感はあった。
(『熾天使の時計』が動き出すのは、自分の既成世界の崩壊の時?)
忘れろ。忘れてしまえ。
今はそんなことを考えていられる場合じゃないはずだ。
ずっと黙り続けている哲也は、自分を心配そうに見つめている貴史に、なかなか気がつかなかった。
「哲也?」
目を上げて、哲也は一瞬目を細めた。
貴史の顔と、三年前に殺された兄の顔が、重なって見えた。
「どうかしたのか?」
ああ、また重なる。
「いいえ。何でも」
哲也は首を振り、それきり黙ってしまった。
優しい兄だった。
生きていたら……そう、学校の先生になりたい、と言っていた。
じゃあ数学を教えてよ、と、冗談まじりに言ってみた。
そうしたら、数学と理科と両方取ろうか、と大真面目な顔で言ってきた。
きっと、自分の理数系の成績がひどかったから、理科も混ぜたんだろう。
その後、二人で笑った。
本当に先生になってくれたら……なれたら、どんなに良かったことか。
何故殺されなければならなかった?
誰からも好かれていたあの兄が、何故、あんな無惨な殺され方をしなければならなかったと?
そうだ。自分は一度壊れたのだ。
棺に横たわる、ぼろぼろに痛めつけられた兄の体を見た時。
血の気の失せた白い肌に、毒々しいほど鮮やかな、赤紫の痣が浮いていた。
死因は、鈍器での後頭部強打による、頭蓋骨陥没……つまり撲殺。
聞いた話だと、町の盛り場で喧嘩に巻き込まれた、と。
何か解せなくて、友人たちとこっそり調査を始めた。
柄の良くない連中がいるから、そんな場所へは近づくな、と言っていたあの兄が、何故そんなところへ行ったのか。
結論は一つ。
自分から行ったのではなく、誰かに呼び出されたのだ。
地道な聞き込みが功を奏して、呼び出した人間のあたりはつけられた。
もちろん、その居場所を突き止められたのは、ほんの偶然だった。
そして、報復を実行しようとした仲間たちが、皆殺しの憂き目を見たのは、ある意味で必然だったのだろう。
何故、自分一人が生き残ったのだろう?
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もう自分以外には、誰も住む者のなくなった家に戻って、ひたすら水を浴び続けた。身体にこびりついた血の臭いが気持ち悪くて、喉を焼く胃液が出てくるまで、散々に吐いていた。
生々しい死に触れたのは、棺に横たわる兄を見た時ではなく、きっとあの時だ。目の前で、ついさっきまで話していた仲間が、口を聞くことも目を閉じることもできなくなって、ただ単なる「物体」となった、あの時。
両親がいなくなったのは、自分がまだ物心のつくかつかないかの時。自分たちを引き取ってくれた祖父母の話では、航空機の墜落事故だったそうだ。自分の身近に現れた死は、多分これが最初だった。だが、その記憶はなかった。
二度目に死に触れたのは、祖父が死んだ時。九年前。十歳の時。
永眠という単語のよく似合う、静かな静かな死だった。顔にかけられた白い布を、こっそりとめくってみた。現れた祖父の死に顔は、穏やかな笑みを浮かべていた。そのことを兄に話したら、死んだみんなに会えて、うれしかったからだろうね、と言われた。
葬式の日、静かに泣く祖母を見て、祖父の笑顔が少し恨めしく思えたのは、兄には言えなかった。あの頃は、何でもかんでも話していたけれど。
定時制の高校を卒業した兄は、そのまま就職した。勉強と仕事を両立させていたのだから、大学にも通うと思っていた。このまま就職すると言われた時、祖母が済まなさそうに、少し面を伏せていたのが、微かに記憶に残っている。後で兄が祖母に、哲也が独立出来たら、自分のやりたいことをやるつもりだ、と言っていたのも。
その祖母も、死んだ。三度目の身近な死。
学校から帰ってきたら、昼寝用に出したらしい敷布の上で、横になって、死んでいた。死に顔はやっぱり穏やかで、祖父のように微笑んでいた。
何がそんなにうれしいんだ、と、心のどこかで思ったのだろう。置いてきぼりにされた悔しさで、ずっと泣き続けた。何故か、祖母が死んだことは、あまり悲しいとは思わなかった。祖父の死に顔と、あの時聞いた兄の言葉のせいだろうか。ただ悔しかった。
葬儀の間中、泣いていたような記憶がある。お祖母ちゃん子だったんだね、と、誰かが言っていた。そんなことを考える余裕もなく、ただ泣きたかった。
両親が消え、祖父が消え、祖母が消え……そして兄が消え。
この家に残ったのは、自分独りだった。
独りぼっちの寂しさが痛かった。
友人たちもみんな死んで。
生き残ったのは自分独り。
寂しさと悲しさが薄れた時、代わりに燃え上がったのは憎しみだった。
町を離れ、住み慣れた家を離れ、残された財産で食いつなぎながら、やがて闇に染まっていった。
あの日の血で、狂ってしまったのだろうか?
憎悪の滲んだ、しかしどこか虚ろな目で、血に染まった手を見るようになってから、まだ二年に満たないだろう。
報復殺人を代行する度ごとに、自分の中の重しが消えていくように思えた。
血に染まった瞬間だけ、自分の実在を確認出来ると感じている自分に気づいた時、もう後戻りの出来ない道に立っていることを、はっきりと知った。
そんな時だ。
『ブラッディ・エンジェル』の連絡員と接触したのは。
後は、引き寄せられるままだった。
死んだまま、組織に入り、皮肉なことに、生き返った。
美夏に出会わなければ、自分は死んだ目のまま、ただの殺人機械になっていただろう。だから出会えて良かったと思っている。
しかし、その一方で、死んでしまえば良かったんだ、と囁き続ける声があるのも、紛れもない事実だ。
『人間』であり続ける限り、死は重しになっていく。
血は血では洗えない。
狂ってしまった方が気楽だったのに。
その声を無視し続けられるのは、美夏がいるからだ。
美夏が消えた瞬間こそが、再び壊れる瞬間だろう。
兄が消えた瞬間に、仲間が消えた瞬間に、自分が壊れてしまったように。
頬に温かい感触があった。記憶に埋もれすぎたせいだろうか。
視界が霞んでいるのは涙のせいだと、瞬きしてようやっと判った。
伝い降りていく哲也の涙を見て、貴史がそっと手を伸ばした。その仕草さえ兄の姿に重なって、堪えきれずに哲也は泣いた。ファイルに滴り落ちた涙は、表紙を透かして次のページの文字を覗かせた。標的の名を。
伸ばされた貴史の手に触れる。温かかった。
兄さん、と呟くと、その手は消えた。
すっと立ち上がる気配に続いて、自分の側に人の座る気配を感じた。
ここにいるのは永居貴史で、兄ではないことは判っている。
それでも、縋りつかずにはいられなかった。
そう。貴史は優しい。兄が優しかったように。
いつまでも兄に甘えている、まだ子どもの自分がここにいる。
壊れて、大人になりきれなかった子どもがまだここにいる。
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「俺は人に頼られやすいのかな?」
ぽつりと貴史が呟いた。縋りつかれ、泣かれるのは、ここ数日でもう二度目……いや、三度目になる。思えば、今まで何人の言葉を聞いてきたのだろう。数えることなど、とうの昔に忘れてしまった。
「どうしてですか?」
ファイルから目を上げることもなく、哲也は問うた。泣きやんでから、なんだか一気に恥ずかしさが湧き上がってきて、彼はずっとそれにかじりついて、情報を頭に叩き込んでいたのだ。
「よく泣きつかれるから」
「その表現傷つくんですけど……」
少しだけ目を上げて、哲也が言った。
「あ、ごめん……えーと、じゃあ、よく泣かれる」
「俺はいいんですけど、永居さんにはまずくありません?」
「そんなこと言われたって、俺の語彙じゃ、上手い表現は見当たらないよ」
「やっぱり『頼られる』になりますかね……」
「そうだなぁ……なんで、俺なんだろうな?」
ぼんやりと、自分の血を啜っていた紗希の顔を思い出していると、哲也が、どこか抑えた声で呟いた。
「白状してもいいですか?」
顔を上げた哲也の目の焦点が、一瞬ずれたように思われた。
「永居さんって、三年前に殺された俺の兄貴に、雰囲気が似てるんです」
貴史は何も答えなかった。いや、答えられなかった。何と答えたらいいのか判らなかった。
ただ、頭の中に納得している部分があるのは判った。
「じゃ、君にとって俺は、その兄さんの身代わりなんだ?」
そう言うと、哲也は貴史の目を真っ直ぐに見つめてきた。
「正直に言うと、そうです。でも、永居さんは永居さんだと、解ってるつもりです……頭では」
思い起こせば、祖父母の死以来、兄に頼りっぱなしだったのだ。なくした支柱を求めて蔓を回す、自分は朝顔かも知れない。次の支柱が、きっと貴史なのだろう。美夏を支柱にできない自分を、哲也は心の奥で嘲った。
貴史はそんな哲也の思考を知ってか知らずか、穏やかに微笑んだ。
「君の思いたいように思えばいいさ……」
「変な人ですね」
言ってからしまった、と思ったが、出した言葉は口の中には戻らない。
「そうかな?」
相変わらずの穏やかな調子で、貴史は答えた。
「俺は、自分なんか消えてしまえばいいと思ってる……その方がきっと、人のためになるんだろう……でも、消えられない……だから生き続けてる。いや、正確には、『自分という意識』が消えてしまえばいいと思ってるんだろう……『自分』に囚われることなく……そんなものなんか溶けてしまって……それで初めて、俺は安らぐことを許されるんだと思う」
その目が一瞬闇に染まったのを、哲也は見逃さなかった。
貴史は苦しみ続けている……きっと『あの子』を手にかけた時に気づいた、自分の罪に……その重さに。
「あなたは、『自分であることをやめたい』んですか?」
貴史は首を振った。
「『自分に囚われない』ということと、『自分であることをやめる』というのは、似ているようだけど違うよ。俺は『自分に囚われず』『自分であることをやめず』生きたいんだ……そうだな……潰した言い方にするなら、自己中心的な心を捨てたいんだろう。もっとも、人間一番我が身が可愛いんだから、そうそう簡単にはいかないけどね」
人間我が身が一番可愛い、という表現に、哲也は身をこわばらせた。
そうだ。あの日、自分は、自分の命が惜しくて、まだ息のあった仲間たちを置き去りにして逃げた。どうせ助からない、という言い訳を頭に響かせて。
自分は、貴史のようになれるのだろうか?
ファイルを前に、フワアと欠伸をしている男が、何故かとても神聖な人のように思われた。
正体は、殺し屋だというのに。
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「人を愛するのは、簡単な事かしら?」
紗希は光のない目で、ベッドに横たわる美夏を見下ろしていた。相変わらず血の気のない美夏の顔には、何の表情も浮かんでいなかった。
「解らない」
ぼんやりと、美夏は答えた。
「だって、私は何も憶えていないんだもの……」
「思い出したい?」
紗希の口元がつり上がる。邪悪と形容してもいい光が、その目に宿った。
「いいえ」
「何故?」
少し苛立ったように、紗希は美夏の顔を見下ろした。
「忘れるかも知れない……哲也のこと……だから」
「思い出したくない?」
「ええ」
「嘘ばっかり」
皮肉っぽく、紗希は笑った。それでも、美夏の顔には何の表情も浮かばなかった。ただ、どこか遠くから響くような声で、一言問い返した。
「何故?」
「忘れるからじゃないのよ……」
クスクスと、紗希は笑った。瞳の邪悪な輝きは、どんどん強くなっていく。
美夏の額に右手を載せ、それをゆっくりと、側頭部の方へずらしていく。
美夏は何の反応も示そうとはしなかった。
人形のように、目を見開いたまま、じっとしていた。
紗希は、美夏の左の耳元に、囁きかけた。
瞬間、今まで死んだように動かなかった美夏の身体が、弾かれたように跳ね上がった。
身体を起こし、美夏は両手で頭を抱えた。
「いや……」
小刻みに、激しく首を振る美夏を、紗希は冷笑をたたえて見下ろしていた。
「それが、あなたの、姿……本当の」
「いや!」
「過去は書き換えられないのよ……どんな人間にもね……」
「いや!」
「逃げられやしないわ……そして逃がす気もない……捕まるわよ。必ず」
堪えきれなくなったように、紗希は声を上げて笑った。その目は正気を失っていた。自分のやったことが、おかしくておかしくてたまらない。そんな感じの笑いだった。いたずらをした子どものような、そんな笑い。
美夏の身体の震えが治まっていく。
その目に初めて、感情が表れた。
「出て行って!」
紗希はまだ笑っていた。その目の色は、残酷でさえあった。
「出て行って!」
美夏の目に表れた敵意を読みとると、紗希の笑い声は止んだ。
だが、その目は笑い続けていた。
「私は死ぬの……きっとあなたも死ぬわ……彼も死ぬ……みんな死ぬのよ」
オニキスのような紗希の瞳を、美夏は、焼き尽くしてやりたいほどの憎しみを込めて睨みつけた。
「帰って!」
その言葉を待っていたかのように、紗希は口元をまたニヤリとつり上げた。
「帰るわ……」
扉の閉まる音に、どれだけほっとしたことか。
「哲也……」
美夏はその名を呼びながら、ベッドの上で膝を抱えた。
「何故、私?」
絞り出すような声で言った美夏の頬を、涙が次々に流れ降りていった。
何故、紗希はいきなり部屋にやってきたのだろう。
何故、あんなことを言ったのだろう。
会議中に倒れてから、体の調子が優れない……別に、紗希がそれを見舞いに来る理由など、ないように思われる。確かに、いつも隣の席だし、隣の部屋に住んでいる。だが、所属はコンピューターシステム管理と新薬開発。全く何の関わりもないといってもいいほどだ。三課のデータは、美夏の管轄ではない。
そしてそれ以上に、見舞いに来てあんな不吉な予言をする人間などいまい。
<忘れるからじゃないのよ>
<戸川君が死ぬからよ>
あの時、一瞬だけ、脳裏によみがえった記憶がある。
血に染まったような赤茶の虹彩。
その目は、紗希の真っ黒な目よりも鮮烈だった。
思い出したくないと考えれば考えるほど、あの目は自分にまとわりつく。
それは、たとえようもないほど不吉な、消え去った記憶の帰ってくる前触れだと、心のどこかで解っていた。
永遠に消えていれば良かった記憶。
自分が、戻って欲しいと願ったから、きっとこうなってしまったのだ。
過去の上に立っていないと、不安でたまらなかったから。
苦しくて、苦しくて。
耐えきれずに逃げ出したのに。
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「悪い子だ」
上級幹部の南野が、氷よりも冷たい目のまま、口元だけ微かにつり上げた。
「あなたには言われたくありません」
光のない闇色の目で、前田は南野の目を見返した。
「そうだな。私も言いたくない」
そう言って、南野は歩き去っていった。
この声を聞くくらいなら、生まれてこなかった方が良かったと思えるほどに冷たい、情など欠片もない声だった。
何故この組織にいるのかと疑いたくなるほどに、南野は冷酷な男だ。だからこそ、前線狙撃手統括などという、身を切り裂かれるような地位に立ち続けていられるのだろう。
人間的な情のあるものなら、前線狙撃手統括の地位を、何年も連続で務めることに、耐えられるわけなどない。どれだけ割り切ろうとしても、割り切れるものではない。
毎年必ず何人かが命を落とす。彼らをその死に場所に送ることを、最終的に決定したのは議長だ。だが、そうするよう助言をしたのは自分だ。彼らの死に関する責任は、自分にもある。そんな考えに始終取り憑かれるようになって、自責の念が身を苛む。
そんな地位に、彼はもう六年も立っている。これからも立ち続けるだろう。彼が就いているのは、組織で最も重要なポストでありながら、同時に最も敬遠されているポスト。人の死を背に負い続けなければならない地位。無論、最終命令を下すのは議長だが、殆どは彼に任されている。
人の死を背負うことを、彼は忘れたに違いない。
そうでなければ、何故あれほどに平然とした顔で、死の報告を受けるのか。
そう言えば、彼はいつも組織を最優先に行動している……
それは彼が組織に忠誠を尽くしているからなのか、それとも単に、事務処理を行うだけの機械と化しているからなのか。
知っているのは彼だけだろう。
前田は氷の呪縛をとくように、長い長い息をついた。
「アドヴァーセリ……ルシファー……悪魔……堕天使……」
小さな小さな声でそう呟き、彼は指先で、自分の額に触れた。
「罪」
その言葉を呟くと、辛さのあまり、心臓まで凍りついてしまいそうになる。
敵意に満ちたいくつもの目が、自分を凝視しているような感覚に襲われて。
<お前なんか、生まれてこなければ良かったんだ>
<お前を愛する人間なんかいない>
<お前は存在そのものが、既に罪なんだ>
<お前など、知らない>
氷よりも冷たい双眸が、前田の心を壊していった。
<お前のせいで、俺の全ては狂った>
感情の消えた声が、記憶から飛び出し、脳の中で反響し続ける。
「江波……」
禁じられた名前が、口をついて出た。
何をすればいいのか解らないまま、自分はいつもきっと、最悪の選択をしてきたのだろう。
その苦しさから逃れる術を、今は実行することもできない。
「幸恵……」
光と影の境界で、膝を抱えながら、彼は、聞こえないと解っている言葉を、口にせずにはいられなかった。
「逃げ続けられるなんて思っていない……でも、追い詰められるのに耐えられない……ただそれが苦しいだけなんだ……だから逃げ続ける……」
生まれた時から、自分は呪われていた。
ただ存在しているだけであった時から、自分は忌み嫌われていた。
自分の生が祝福されているなんて、思ったことなど一度もなかった。
父に名を呼ばれたことなど一度もなかった。
生まれた時から、自分は影に過ぎなかった。
ただ存在しているだけであったのに、何か悪いことが起こる。
自分は何もしていなかった。ただ存在するということ以外には。
それが原因なのだと、吐き捨てるように告げられた時、自分は存在することが既に罪なのだと知った。
この組織に入って、存在を認められはした。
けれど、罪が許されたわけではなかったのだろう。
姿を消す前の江波の、自分を見つめる目は、激しい憎しみに染まっていた。
<お前のせいだ>
南野さんの下の名前「圭司」は、アメリカの「超能力者」、エドガー・ケイシーから取っていたりする。