第166章~第170章
ひたすら英作文の練習。文法が綺麗すぎるのはそのせいです。
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「I think you are a very seductive boy.」
シダクティヴ。誘惑的な、魅力的な、という意味。正式語だ。どうもわざと使ったように見える。他にも"attractive"だとか"enchanting"だとか、いくらでも単語はある。だが"seductive"の動詞形"seduce"には、誘惑する、という意味の他に、人をそそのかす、堕落させるという意味がある。
「Boy?」
哲也は小首を傾げながら、肩をすくめた。
「I'm an adult.」
名詞のアダルトには、法律上の成人という意味がある。アメリカなら21歳以上、イギリスなら18歳以上である。
男はフッと、軽く口元をつり上げた。
「Answer. Do you realy wanna...」
哲也は他の気配を探知し、さっと身を伏せた。今度もギリギリでかわした、その銃弾は、哲也に話しかけていたあの男に命中した。
隙をつき、まず銃弾を放った方の人物を視認。頭に撃ち込んで片づける。
次いで、防弾ジャケットで絶命を免れた男に、今度こそあの世行きとなる一発をお見舞いした。
「Sorry. But thank you.」
そう言いながら、哲也は男の唇に、自らの唇を重ねた。
ま、サービスだな、と頭の中でもう一人が呟くのが聞こえた。
(だんだん自分が悪趣味になってきてる気がするんだけど……気のせい?)
(気のせいだろ……気のせい気のせい)
あっけらかんと、もう一人の自分は答えた。昔、自分が会話していた相手はこんな風だったろうか、と、一瞬自問する。が、次の瞬間目に入ったもので、哲也の思考は塗り潰された。
殆ど東洋人ばかりの中、妙に浮き上がった金色の髪。
アンドラスだ。
「Freeze.」
今度は哲也が言った。アンドラスは平然と、哲也の方に向き直った。哲也は引き金を引いた。動くなと言ったのだ。
「!?」
避けた。
全部計算されていたのだ。
あっけに取られたのがまずかった。
身体は反射的に動いていたが、それでも間に合ったとは言いづらい。
右の二の腕に、焼けつくような衝撃が取りついた。
(左利き?)
ようやく形を顕し始めた痛みに、顔を歪めながら、哲也はアンドラスの持つ拳銃が、左手から右手に移っていくのを見た。
……両利きだ。どっちでも撃てるように訓練しているのだ。
「I've never expected your coming.」
まさか来るとは思っていなかった、と、彼は言った。口の端だけが微かに歪み、それでやっと、どうやら彼は笑っているらしいと判った。
「Do you know who I am?」
哲也の返事に、また彼の笑みが広がった。
「Yeah... I know you and your brother "Dybbuk".」
哲也はギリ、と奥歯を噛んだ。
「I desire him to make you our fellow... but he refused.」
「Why?」
哲也は、何か底の方に埋もれていた疑問が、一気にその姿を現そうとしているのを感じた。江波の前では、同情心じみた感情に埋もれていた、何かが。
「Why did you disire such a silly thing?」
「Silly?」
彼は狂気に満ちた輝きを、その薄青い、氷のような双眸に宿らせた。
「I guess that you don't realize your real ability.」
「What?」
「It's a truism.」
何だ? 一体何が自明の理なんだ? 困惑する哲也を、アンドラスは実に興味深そうに見つめる。
「I can't understand.」
「We had watched you two. "Dybbuk":Kenichiro had told me about you... his dearest brother.」
ネズミを虐げる猫のような、歪んだ笑い。
「You would use any means to survive yourself... don't you think so?」
哲也は、胸の中でマグマが蠢くような感覚を覚えた。負の感情であるという以外には、分析のしようのない激情の塊。それが、アンドラスの挑発に呼応して、哲也の中で熱を帯び始めた。
「You escaped from "Adversary" three years ago...」
一度。
「and then you abandoned your friends...」
また一度。
「only to survive yourself.」
また、さらに一度。
『マグマ』の温度が上昇していく。
「You fear death. Therefore you can act cautiously. So you'll try to find safest means to an end.」
「And I will be able to achieve something you demand surely?」
熱い。自分の抱く憎悪で焼き殺されそうだ。それなのに、表情は凍りついたように動かなかった。
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「Yeah. First, "Moloch" proposed receiving.」
アンドラスは、ぞっとするほど静かに答えた。哲也の背に、一筋の氷が差し込まれる。『モロク』。南野圭司。
「"Moloch" likes such members like you as I don't know why he do so.」
前田の顔が、脳裏を過ぎった。
前田が生き延びて、そして『伝説』になったのは、強烈な生への執着……いや、死への恐れの故なのだろうか?
だから『モロク』……南野は、前田に『似ている』自分を?
まさか。
ありえない。
それでは、南野は兄も殺したことになってしまう。
「You know the reason, don't you?」
「I DON'T KNOW! I never want to know why he is interest in me!」
哲也は叫んだ。知りたくもない。考えたくもない。あの男が……
「You tell a lie. I know.」
「Shut up!」
「I have a right of telling you the truth.」
「Shut up your mouth or I'll kill you!」
「If you could kill me, you wouldn't talk with me.」
哲也は引き金を引いた。何をどうしたのか、目では判らなかったが、アンドラスはまたもや哲也の攻撃を避け、まさに目にもとまらぬ速さで、哲也の方に向かってきた。
猛スピードでぶつかられて、哲也はよろめく。倒れかけた哲也の腕を掴み、アンドラスは彼を支えた。離せとばかりに藻掻く哲也を嘲笑うかのように、彼は哲也の腕を掴む指に、力を込めた。歯を食いしばって悲鳴を殺し、哲也は真っ直ぐにアンドラスを睨みつけた。氷のような薄青色の目は、どこか薄気味の悪い恍惚の色を湛えていた。
「Your eyes are so beautiful...」
背は貴史と同じくらいか、それより少し高いくらいだ。だが、自分を見下ろしてくるアンドラスの目は、貴史の優しげなそれとは違って、自分の中の闇を引きずり出してくるような禍々しさに満ちていた。
「because they are fulled with hatred.」
これから花開いていく蕾を見つめるように、アンドラスの双眼は、得体の知れない期待に輝いていた。
「I can kill you... but I'll never....」
「Why?」
解らない。何故こいつらは、こんなにも俺に執着する?
(いやァ、そんなの、俺がべっぴんさんだからサ)
(んなワケねぇだろこのカス。しばらく黙ってろ。俺ゃこいつに訊いてんだ)
再びくだらない事をほざいたお調子者をぶっ叩き、哲也は男を見上げた。
「Because your soul is pure and fulled with all kinds of darkness. I'm enchanted it. Realize your own true intention to kill people. You must want to...」
哲也の拳銃が火を吹く。哲也の視界が血に染まった。首を撃ち抜かれ、アンドラスは切断された頸動脈から、大量の血を撒き散らしたのだ。
「アンドラス……」
ぐっと、彼の口元がつり上がった。まるで哲也の記憶から、意地でも離れる気はないと言うように、彼は震える手で、哲也の身体を掴んだ。そして口から血を噴きながらも、言葉を紡いだ。
「You... can... ruin... this...world... like...」
それきり、声は聞こえなかった。
アンドラスは死んだ。
<お前は、できる、破壊すること、この、世界を、……のように>
これは呪いの言葉なのか。
「Lucifer! It is the end that you desire!」
正気を失った目で、敵の一人が叫んだ。そして、自らの頭を撃ち抜いた。
顔に浴びた返り血を拭おうともせず、哲也は、今や答えることなど能わないアンドラスの躯の横に、膝をついた。
「誰が狂ってるんだ? 南野か? 俺か? 全員か? 俺の所為なのか?」
「哲也!」
返り血と、衝突の時の怪我からの出血で、顔を赤く染めた貴史が、男の躯に魅入られたように跪く哲也に、叫ぶように声を投げた。
哲也は振り向かない。
自分で断ち切った糸を、未練たらしく見つめていた。
アンドラスの声は、なおも哲也の中に響き続ける。
<お前の魂が純粋で、そしてあらゆる邪悪に満ちているから。俺はお前に魅せられた。人を殺そうとする自分自身の本心に気づけよ。お前は望んでいるはずだ……>
何を?
何を、俺が望んでいると、彼は言おうとしたのだろう?
でも、聞きたくなかった。だから、撃った。
「俺は、何故、人を、殺すんだろう?」
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哲也の呟きに、どこか冷めた女の声が答えた。
「そんなん、自分が生きるためやん」
「ちぃこ」
咎めるような目を向けた貴史に、千早は妙にスレた目を返した。
「せやろ? 殺らな殺られる……自分が生きたかったら、どんな手ェ使ってでも敵を殺すし、無謀な真似をするくらいなら逃げる……生きたい。たったそれだけの理由で、人はどんなことでもやろうとする。そんな生きモンなんや」
「ちぃこ!」
「人に、人を殺す資格……権利なんかないわ。せやけどみんな、抑えられへん衝動に引きずられて、人を殺す。誰も正義なんか持ってへん。誰も正気なんかやない。みんな狂っとるんや……みんな!」
クッと、哲也が口の端を歪めた。
邪悪な笑みが、返り血を浴びた端正な顔に広がっていく。
倉庫の高い天井に、哲也の哄笑が反響する。
「哲也」
死体を前にして、大声で笑い続ける青年の名を、貴史は呼んだ。
「哲也!」
なおも、青年の笑い声は止まない。
壊れていく。
世界が、壊れていく。
自分の世界が。
哲也は……『彼』は笑い続ける。
人に正義がないのなら、何故こんな殺しを続けているんだろう?
貴史は、それでも叫ばずにいられない人たちのためだと言っていた。
その同情だって、単なる自己満足……自己欺瞞の方法じゃないのか?
そんなものに縋ってまで、生きたいか?
……そうだ。
自分は、生きたかった。
兄を好きだったから、兄を殺した江波を殺したいと思った。
でも、それ以上に自分が可愛かった。
だから、虫の息の友人たちを見捨てて逃げた。
ただ自分が生きたいがために。
……そうだ。
自分は、とっくの昔に堕ちていたのだ。死んでいたのだ。壊れていたのだ。
ただ苦しさから逃げたかった。
ただ自分を、自分だけを守りたいがために、自分を苦しめる因子を破壊していただけに過ぎないのだ。
ただそれが、他人を苦しめている因子と、たまたま重なっていただけだ。
報復殺人の代行をしたのは、自分が苦しかったからだ。
そして自分を守るために、この組織の中にいる。
組織のために死ねるかと問われれば、口先ではイエスと答えていた。
違う。
本当はノーだ。死にたくなんかない。生きていたい。
ただ単に死が恐いから。たったそれだけの理由。それだけの理由だ。
自分はどうしようもない臆病者なのだ。
銃で武装して、虚勢を張っているだけ。
今にも闇にとらわれそうな自分が、恐ろしくて、おぞましくて。
笑い声が低くなっていく。そのかわり、虚ろな光のない目が顕わになった。
いっそ、闇に溶けてしまえばいい。
闇に同化して、そして己の欲望に呑み込まれてしまえば、こんなに苦しむこともないのだろう。
いや、違う。
そうすれば、自分はもっと苦しむ。
人間でいる限り。
人間でいる限り、全ての苦しみは自分につきまとう。
人間は人間である限り、光を恐れ、闇を恐れる。どちらにも馴染めない。
南野のように、闇に馴染んでしまうことは、人間であることをやめること。
でも……
人間で居続けなければいけない理由があるのだろうか?
笑い声が止む。だがその口元には、歪んだ笑みが張り付いたままだ。
そうだ。堕天使でも構わない。
この苦しみに耐えられないから、時計の針は回るのだ。
人間ではない、自分「らしきもの」を、自分の中に創り出し、それに全てを押しつけるのだ。ただ自分が苦しみから逃れたいがために。
善人の仮面を被ることに躊躇いを覚えるから、全てを自分ではない誰かの責任として、心の安定を保とうとする。
生贄にされた「誰か」の支配するとされる時間。
『熾天使の時計』
美しい言葉で飾られた、何と醜い自己欺瞞。
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『彼』は笑い続けている。おかしいからとか、そんな理由など何もなく……あるのなら、それは言葉では言い表せないほど複雑で深いものだろう……ただ笑うという行為だけが、空虚なまでに繰り返されていた。
「哲也」
貴史は、三度、彼の名を呼んだ。
『彼』は、哲也は、笑い止んだ。
哲也は銃をホルスターに収め、顔の血を手のひらで拭った。そして、血に塗れたその手を見つめ、それからまた、一瞬だけ、口の端を歪めるように微笑んだ。血塗れの手を、ほのかな天井からの明かりにかざす。
「The angels of destruction.」
殆ど呟くような声だったのに、叫ぶより強い衝撃を、それは与えた。
ジ・エンジェルス・オヴ・ディストラクション
『破壊の天使』
<悪魔のような方法で、罪人を罰する天使だ。だから堕天使だとも考えられている……彼らは神の命令に従っているのだがね……人はそうは考えない>
「哲也」
まるで引き留めようとするかのように、貴史はもう一度、その名を呼んだ。
光のない目で、哲也は歌い出すように、言葉を紡ぎ始めた。
<我らはその自らの正義に従い、その歩む道を定めぬ。たといその翼血に染まり、光の下を歩むこと能わざるなるとも、その志を曲げず、己が正義に従いて歩み続けよ。たといその姿、天落ちし者と違わざるなるとも、誇り高くあれ。その歩み、ただ闇の中にあるなるとも、己が光を失うことなかれ。
『我らは弱者の正義を以て、抑圧する強者を滅ぼす』
その正義は必ずしも善ならず。されども我らが心の灯火、その魂支うるものなり。もしその為すところ、主の御心に背くとも、我らはその道を曲げず、ただこれをのみ光と為して、我らが正義を貫かん。
願わくは、我らの魂に、主の憐れみ、また主の救いのあらんことを>
まるで呪文を唱えるように、哲也は組織に所属する儀式で唱和される、誓いの言葉を唱えた。
「願わくは、我が魂に……主の憐れみ、救いの来らんことを」
時計を回せば長生き出来る。
自分の心の内に積もる、痛みや苦しみを和らげてくれるのだから。
でも、自分と向かい合うことも出来ないままに、美夏を支えるなんて出来るだろうか?
否。
ならば、責めに対するクッションとしてではなく、美夏が自分に光を感じるためだけに、自分は時計を回そう。
時計を回さない限り、自分はいつか必ず、闇に呑み込まれるのだから。
美夏を支え続けるために。
ただ、それが動いている間の自分も、自分であるのだという認識は持とう。
さもないと、本当に、正義を気取るだけの偽善者になってしまうから。
誰だって光と闇とを抱えている。いや、むしろ自分は闇の方が強い人間だ。
だからせめて、愛する人には、自分の光の部分を感じて欲しい。
南野のように堕ちることなく、境界線を歩き続ける勇気を持つために。
ただ、それだけのために。
時計の針を、回そう。
哲也は貴史の方に振り返った。
「帰ろっか」
全く自然な表情で、彼は言った。貴史は、一瞬困惑の表情を見せたが、静かに頷いた。
「……あぁ」
立ち上がりざま、哲也はふっと思い出して、千早の方を見た。
「『サルワ』は、殺したの?」
千早の表情が、ほんの一瞬だけ歪んだ。それは注視していなければ判らないほど、短い間だけだった。が、哲也は気づいた。
「福浦さんから聞いてる……だから、知ってるよ」
千早が奥歯を噛むのが判った。
「あいつ……『サルワ』は、高階組の人間なんだろ?」
貴史がハッとして、千早を見つめた。
「せや」
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「せや」
千早は、もう諦めたような笑みを浮かべて、どこか投げやりな声で答えた。
「『サルワ』は……斉木は、元ウチのボディーガードや」
貴史の顔に、警戒の色が浮かぶ。
「高階組と……いや、川口組と『暗黒師団』との関係について、最初から何か知っていたのか?」
哲也の問いに、千早は、もうどうにでもなれ、というように答えた。
「変な連中と絡んどるんは、知っとったよ……でもそれが、ウチ……高階だけのことなんか、それとも川口組も絡んどんのかは、知らん……なんでそないな繋がりがあるんかも、知らん……せやけど国内全体を視野に入れとるんなら、川口組とだけ繋がっとるってのは、なさそうやと思わん?」
「東の北川会とかとも、くっついてる可能性があるってことか?」
貴史の言葉に、千早は気の強そうなあの目を、ちょっとだけ見開いた。
「国内全部に、何か伝手みたいなもんがいるんならな。西だけなら川口組で、まぁ、十分かもしらんけど……とにかく、少なくともウチと『DD』は、繋がっとった」
「それで、なんでお前は『ブラッディ・エンジェル』……『パッシフローラ』に来たんだ?」
哲也が訊くと、千早は首を振った。
「入ってから知ってんよ……それまでは、連中が何モンなんかさえ知らへんかったんや。嘘やない」
「なんで、家を出たんだ?」
「そんなん、訊く必要あらへんやん……」
僅かに睨むような目を向ける。
「どうして?」
「しつこいな……嫌ンなったからに決まっとるやろ!」
目線が険しくなる。白系の服は返り血を浴びて、赤ペンキを荒くスプレーでかけられたようになっている。それが凄みを付加していた。
「で、なんでまたこんな組織に入ったのさ?」
傍目には大差ない、と、山村も言っていたのだ。
「福浦の親父に匿ぉてもろて、借りを返すつもりで手伝い始めたんがきっかけや……最初から入ろう思てたんやない。せやけど、自分のやっとることが、誰かのためになってるって知って、入ってもえぇかって思うた……それだけや」
哲也は何も答えなかった。表情を消し去った目からは、何を考えているのかなど、全く読み取れなかった。
「で、殺したの?『サルワ』は」
もう一度、確認するように哲也は問うた。声からも表情は消えていた。
「ウチは、殺してへん」
哲也は貴史に目を移した。貴史は首を振った。
「俺も、殺ってない」
「じゃあ、まだ生きてるのか?」
千早が鋭く答えた。
「死んどるよ」
「え?」
「アンドラスが、殺しよった……あいつ、フォルネウス殺したから」
「フォルネウス?」
貴史が千早の方を向く。哲也は現場を「聞いた」が、貴史は何も知らない。
「通訳や」
そう言われて、貴史はあの小柄な男のことを思い出した。
しばらく沈黙がおりる。
最初に口を開いたのは哲也だった。
「とりあえず、どうにかしてこの外へ出ないとな……代わりの車見つけてさ」
「そんなら、ウチをここに連れてきた車があるはずやわ」
こっちや、と歩き出そうとした千早に、貴史が待ちぃ、と声をかける。
「あと、顔洗って着替え調達しないとね……俺たちはいいけど、ちぃこ、君の分はないよ?」
「大丈夫や」
「どうしてさ?」
そう言いかけた哲也に、フンとでも言いたげな目線をよこし、答える。
「男物も着られる体型やもん」
そう言って、あっかんべーとばかりに舌を出した。
貴史が必死で笑いをこらえているのが判る。哲也も小さく微笑んだ。
「るっさいわ!」
千早は憮然としている。とうとう貴史が声を出して笑い始めた。




