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はぐれ人魚♂と私の日常

作者: そら

人魚の伝承は世界中に多く存在する。



その血肉は永遠の命を与えるとか、その歌声は人を海へと誘い、喰らうためとか、国を問わずこれだけの伝承が残っているということは、昔の人にとって、人魚というのはそれだけ神秘的なものだったのだろう。


それは科学が前面に出始め、怪奇がただの与太話として処理されるようになった現代にも受け継がれ、有名な童話『人魚姫』を始め、多くの物語として今なお根強く残っている。

だが、ほとんどが過去の伝承のような人に害あるものでなく、顔良し・性格良しな人魚相手のラブストーリーが定番だ。

幼少期に憧れを抱いた少女はきっと多いはずだ。


もちろん、私もその一人―――なわけがなく、幼い頃からじっとしていることが苦手な私は、近くにあった山や海に遊びに行くことの方が好きだった。人魚の話自体は知っているものの、興味は沸かず、体を動かすことを優先していた。

だけど、十代に歳が乗り、思春期真っ只中の今。私は、本気で、きちんと童話やらを読み込んでおくべきだと痛感している。


もしかしたら、今の現状が少しでもよくなっていたかもしれない、と。


「来たか」


不遜な態度で手をずいっと差し出す、見目だけはいい、皆様憧れの人魚(男)に乾いた笑みしか浮かばなかった。




************




始まりは、はっきりと自分が悪いと認めよう。


二ヶ月ほど前、地元民でも知らない、お気に入りスポットで釣りをしていると、久々に引きが強く、大物だと容易に想像できるものがかかった。

自身の釣り魂が燃え、粘りに粘った結果。


人魚が釣れました。


釣れた人魚・ランによると、ランが所属している人魚の集団の移動中にちょうど私が釣りをしていたらしく、最後尾を泳いでいたランのヒレ(足)に針が引っかかったのだ。

引っかかった針を外そうとしたランは、取り外すのに時間が掛かり、気付けば集団とはぐれてしまったらしい。

集団がこの場所を再び通るのは分からない。それに、下手にこの広い海原を動き回るわけにもいかず、以降、ランはこの場に留まっている。


侘びも兼ねて、二、三日に一度、ランには珍しい地上の食べ物をこうして届けに来ている。・・・・そのおかげで最近財布事情が悲しくなってきている。


「ふむ、これは・・・」


どうやら今日持ってきたドーナッツはお気に召したらしく、感想はないものの、黙々と食べ続けている。その様子を離れて見ていた私はほっと胸を撫で下ろした。


ランはお子様味覚らしく、この間キムチを持ってきた時の様子はそれはもう酷かった。


とにかく暴れまわった。そして、近くにいた私に復讐を、と言わんばかりに海へと引きずり込み、危うく死ぬ一歩手前まで行(逝)かされたのだ。

いくら美形でも、流石にあれはアウトだ。殺意しか芽生えない。

最初の頃、思わず見蕩れてしまった自分が恨めしい。


それからは、できるだけ刺激物は選ばず、ランが食べる時は遠くにいるというスタイルができあがった。


遠目からドーナッツを食べ終わったことを確認し、ランに近寄った。


「今日も仲間達は通りそうなの?」

「分からん」

「そう・・・、それは残念だね」


指についたドーナッツの欠片を舐めながら簡潔にそう答えたランに肩を落とした。

どこかにいる人魚の群れを下手に捜すよりかは待っている方がいいと判断してからのこの二ヶ月間、必死に待ち続けたが、一向に収穫がない。


「なんだ、不満か?」

「う、ううん!」


睨まれ、慌てて首を振った。

もし頷きでもしたら、水と貝の攻撃が私に襲い掛かってくる。

陸では不自由のランより弱いのは何故だ。


「もしかしたらどこぞに住処を見つけて住み始めたのかもな」

「え!? それ、どういうこと!?」

「うるさい」


ランのぽつりと呟かれた言葉について、ランの耳元近くで聞き返してしまい、水を顔に掛けられた。

口を開けていたせいか、海水が口の中に入ってしまい、咽た。そしてしょっぱい。


暫くして落ち着いてからもう一度聞き直した。


「さっきのことはどういうことなの、ラン」

「前にも言っただろ、俺達の習性について」

「ええっと、確か・・・・」


人魚には居住型と移動型に分かれている事は以前ランから聞いたことがある。


人魚は意外にもグルメな人が多く、食を求めて世界中を移動しているらしい。そして、自分達に合う食を見つけ、その場に住み着くのが居住型。多くの食を求めて各地を移動するのが移動型だ。

言わずもがなランがいた集団は後者で、移動型は基本的に決まった場所に留まることがないはずだ。


「だが、移動型でも、本当に気に入った食に巡り会った時、その場を住処にすることがあるんだ」

「うっそぉ・・・・」

「嘘なもんか」


いや、嘘であってほしい。

この生活を続けていくのは難しい。色んな意味で。


「人だって、気に入った場所が見つかると移住するだろ? 人と人魚は基本同じだ」

「同じって・・・・」

「ほら、陸で進化した猿がいるなら、海で進化した猿がいてもおかしくない。だから、考え方が似ていても仕方ない」


おかしいと思います。

クジラやイルカといった例外を除いた哺乳類は水の中では生きれないはずだ。


「なんだ、納得しないか?」

「えーと、少し? ってラン!? ちょ、タンマ!」


私の微妙な表情に気付いたランの問いに正直に答えた瞬間、いきなり腕を掴まれ、静止の言葉も虚しく水の中に引きずりこまれた。

そしてそのまま人間には到底出せないであろうスピードで水中を泳ぎ始めた。

私は文句なんか言える状態でなく、息継ぎをするのに必死だった。



もう、どれぐらい経ったのだろうか。一分? それとも一時間?

意識が朦朧として、時間の感覚なんて分からない。

二度目の臨死体験を味わっていると、いきなりブレーキがかかり、ランに思いっきりぶつかった。

結構な痛みに意識が覚醒し、飲んでしまった海水を吐き出した。

何度も咳き込んだ後、悠々と前を見つめるランに対して怒鳴った。


「ラン! いきなり何すんの!?」

「そろそろいい時間帯だ」

「何が!?」

「ほら、見ろ」


ランが指した先を怒り心頭のまま振り向く。

すると、そこに広がった景色に目を奪われた。


「うっわあ!」


視界一面が赤く染まっていた。

まるで沈みかけた太陽自身が海や空一面に溶け込んでいると思われるほどだ。

水面から出ている岩礁までもを赤く染め、幻想的な風景に、思わず感嘆の吐息がもれる。


「すごい! この辺りにこんな所があったなんて!」

「だろ? 俺も最近見つけたんだ。俺の、気に入りの場所だ」

「そうなんだ・・・。でも、どうしていきなりここに私を連れてきたの?」

「人と人魚は同じかどうか、って話ししてただろ?」

「・・・・してたね、そんな話」


臨死体験より少し前の記憶が飛んでおり、思い出すのに時間がかかった。


「おまえも、これが綺麗だと思った。 だから俺達は同じだ」


その言葉に、納得した。


『陸で進化した猿がいるなら、海で進化した猿がいてもおかしくない。だから、考え方が似ていても仕方ない』


ランのこの言葉に私が微妙な反応しかしなかったから、ここまで私を連れてきて、自分の言葉を証明したかったのだろう。


私は、そういうつもりで言ったんじゃなかったのに。


「馬っ鹿だなあ」


ポツリと呟いた言葉は、ランに聞かれることなく、海に溶けていった。






【おまけ】



「さあ、帰るぞ」

「うん」


頷き、来た時同様の人魚の無茶なスピードを覚悟し、目を瞑る。

だが、いつまで経っても腕が引かれる気配はなく、そっと目を開けた。

隣を見ても、ランの姿は無く、慌てて周囲を見回すと、猛スピードで泳ぐ物体を確認し、サッと血の気が引いた。


「え・・・、あ、ちょっ・・・!」


支えが無くなり、足がつかない海に放り出された私は必死にどんどんと遠くなっていくランへと手を伸ばし、心から叫んだ。


「私は金づちなんだ――――!!馬鹿ラン――――!!」




その後、私の必死の叫びに戻ってきたランによって助かり、無事戻ることができた。

ヘトヘトになりつつ家へ帰ろうとした時、ランに呼び止められた。

まさか謝罪の言葉でも貰えるのか、と期待したが。

「次来る時も、あの輪っかを持って来い」とのこと。

どうやら相当ドーナッツをお気に召したらしい。

流石に殺意が芽生え、大量のタバスコかワサビをドーナッツに仕込んでやろうと思ったが、後が怖すぎるのでやめたのだった。






微恋愛要素を含んだ話でした。

久々にちゃんとした話が書けた気分です。

でも、まともな比喩が使えるようになりたい。まともな題名が考えれるようになりたい。(心からの叫び)

そして主人公、最後まで名前無くてごめんね。

一応、考えてたんだよ。出すタイミングがなかっただけなんだ。




最初はこの話、性悪人魚と可哀想な人間ただ駄弁るだけの話だったんですが、色々と設定を考え出したらいつの間にかこんな話に。


例えば、

一番目→人魚♀と少年

    王道すぎて却下

二番目→人魚♀と少女

    話が続かなかったので却下

三番目→今回の


・・・・変えすぎですねー。



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