7.(続)きみに会いたい金曜日
何故わたしが今日に限って、こんなにも野上のことを考えこんでいるのか。その原因はすべて、王子様への想いがたっぷりつまっている恋する乙女たちが置いていったプレゼントたちのせいだろう。ごはんのにおいが染み付いたお弁当屋には、ふさわしくない高級そうな色づかいとかわいいラッピングのリボン。礼儀正しくおすましして、王子様の登場を今か今かと待っているのだ。
わたしだけを選んで、と願いをこめて。
でもね、魔法もつかえないただのカボチャに願懸けするのは間違っているよ。それに、カボチャの馬車なんかに頼らなくたって、彼女たちには恋に向かって走っていける勇敢な足があるのに。
そう問い掛ければ、お姫様になりたい彼女たちは決まってこう言うのだ。
「だって、走って辿り着いたその先が、ハッピーエンドとは限らないでしょう?」
だから、足は汚さない。王子様がわたしのためにガラスの靴を用意しているかもしれないから。純白のドレスだって、裾に泥がついたら台無し。綺麗な姿のまま、王子様と踊りたいから。何時間もかけて梳かして結った髪の毛だって、振り乱したくない。だって、絹のように細やかで美しいねって王子様に褒められたいから。
だから、お願い。わたしを乗せて、王子様のもとまで連れていってちょうだい。
以上が、高校生のときから、王子様争奪戦に巻き添えを食らってきた被害者というか、板挟みポジションだったわたしなりの解釈である。
総括すれば、女の子って計算高い。他人の恋愛ほど、面倒くさいものはないということだ。
ため息をついて、プレゼントのひとつを指先でコツンと突いてみる。野上が来なかったら、このプレゼントたちはどうなるんだろう。
「面倒だし、全部燃やしちゃえばいいじゃん」
そんなことをぼんやりと思っていた矢先のことだった。突然、物騒なことを言い出す声が店内に響いたのは。部活の袴姿のまま、威風堂々とした佇まいで、まごころ屋と自宅を行き来する扉に寄りかかり、野上宛ての贈り物を睨み付けているのは、妹の苺だった。
その声にいち早く反応したのは浜くんで、子犬のように目を輝かせて、目には見えない尻尾を振りながら、不機嫌な苺の元へと駆け足で走っていく。だから、仕事しなさいよ。
「苺ちゃん!」
「おねえちゃん、ただいま!何かお手伝いすることある?」
「苺ちゃん、苺ちゃん!俺には?俺には?」
「寄るな、歩くエロ本」
妹の辛辣な視線と口調にも、浜くんは、へこたれないどころか頬を赤らめてニマニマしながらマシンガンにトークをペラペラと喋っていく。…確かにエロ本が歩いているみたいだ。
「剣道部の帰り?いつものセーラー服もいいけど、袴姿もかわいいね!…でも、去年までのランドセル背負てた苺ちゃんも超絶かわいかったけどね」
「……黙れ、ロリコン」
「ありがとうございます!俺的にはご褒美です!」
「はいはい、そこまで。浜くんは、レジお願いね。苺は、手伝う前に着替えてきなさい。ね?」
埒があかなくなってきたので、仕方なしにふたりの間に割ってはいる。結局、わたしはどこにいても真ん中に立たなくてはいけない立場なのか?小さな声で、「はぁい」と返事する苺の頭をポンポンと撫でて、「ずるい!俺も苺ちゃんの頭撫でたい!」とブーブー文句をたれる浜くんには、制裁の意味もこめて強めに頭をはたきながら、苦笑いする。
「苺ちゃん、またあとで話そうね!」
「……くたばれロリコン」
「くっ…」
「罵られて、なんでときめいてんの?」
「それはですね、苺ちゃんの言動すべてが俺にとって“萌え”だからっすよ、杏さん」
「ごめん、分かんない…」
歩くエロ本くんの美徳をげんなりと聞き流していたら、扉の鈴の音がちりんちりんと鳴った。反射的に、いらっしゃいませと声を出す。来店したのは、親子連れ。…みんなが待ち焦がれているあいつじゃなかった。うっかり、野上が来たのかと思ってしまった。やばいな、あいつがここに来る日常が当たり前になりつつある。
「野上さん、遅いっすねー」
「野上慧なら、あたし学校の帰りに見かけたよ」
浜くんのぼやきに、扉を閉めようとしていた苺が振り返って、答えた。そうなの?苺ちゃん!と食い気味に質問してくる浜くんを無視しながら、わたしのほうへと向いた苺のかおは、なんだか悪い笑顔がはりついていた。
「今日、来ないんじゃない?超忙しそうだったし、あの腹黒男」
「なにしてたの?」
「街中で女に囲まれてたよ。……はっ、ざまあねえな野上慧。おねえちゃんはあたしのものなんだよ」
「ハ、ハーレムじゃないすか…!羨ましすぎる野上さん…混ざりてえ…」
「というわけだから、今夜は平和に過ごせるから、安心しなよねおねえちゃんっ!」
今日一番のいい笑顔を見せて、苺はスキップしながら家へと帰っていった。わたしの周りには、野上好き人間が多いのに(わたしのお父さんもお母さんも含まれる)、何故か苺ははじめから野上を毛嫌いしている。どうしてだろう?首を傾げるわたしの隣で、浜くんがうっとりとしたため息をはいた。
「苺ちゃん、まじ天使ですよね…目の保養です…」
「わたしの妹をいやらしい目で見ないでよね…」
「なに言ってんすか、杏さん!男はいつだって、好きな女の子のことはいやらしい目線で見てるんですよ!野上さんだって、すげえいやらしいかんじで見てるんですからね!」
「だからなんでそこで野上が出てくんのよ」
「杏さんが鈍い神経の持ち主なので、俺が手っ取り早く説明してるだけです!」
「ふーん?よく、わかんないけど…浜くんがいやらしいことだけは理解したよ」
「理解するところが違うっす!俺じゃなく、野上さんをもっと理解してあげてください!」
「はあ?やだよ」
19時48分。野上の足音すら、聞こえてこない。バイトくんの声をなるべく右から左へ、通り抜けるようにしながら、すっかり暗くなった外へとなんとなく耳を澄ませてみる。
もうすぐ閉店の時間だ。