6.きみに会いたい金曜日
たまに聞かれることがある。野上のことどう思ってんの?好きなの?ぶっちゃけどういう関係なの?って。主に、野上に想いを寄せている一般女子たちに。
そのたびになんて返事すればいいのか悩む。だって、わたしがどう答えたって彼女たちは満足しないのだから。結局のところ、邪魔なのだろう、わたしのことが。そりゃそうだ。わたしみたいな女の子スキルをひとつも上げようとしなければ、努力して磨こうともしないかわいさがどこ探しても見当たらない奴が、あんなに目立つ王子様のそばにいたら、目障りに決まっている。
だからいやなんだよ、恋してる女の子って。ただ隅っこに、むっつり置かれているカボチャにも警戒心剥き出しで、あまつさえ恋の邪魔者にも見えちゃうところとか。
でも、その女の子たちはいつだって、好きな男の子のために一生懸命だ。そういうところを、外野席から遠目で見るたびに、ああ、なんて滑稽であいらしいんだろうと思う。純粋に、かわいいと思えるのだ。恋に夢中で、自分の恋心を抱えて走っていく女の子たちは。
わたしには、今更そんなことできない。走れない。だから、これからもきっと。
「野上さん、今日遅いっすねー」
午後18時23分。不覚にも、あの憎たらしい王子様関連のことを考えこんでしまっていたのを後悔する、混んできた店内にて。注文したお弁当待ちのOLさんと楽しげに会話をしていたバイトの浜くんが、そういえば。と思いついたような声を出して、レジ打ちしているわたしを見た。
ていうか、働けよ。ここはホストクラブじゃねーよ、口説くんだったら店の外でやれよ。
「何言ってんすか、杏さん!俺はただ、女性がいたら声をかけずにはいられない病気を持っているだけですよ!決して口説いてるわけじゃないっす!拝んで崇めて、そしてあわよくば携帯の番号とアドレスと住所を知りたいだけなんす!お近づきになりたいだけで、杏さんが思っているそういうえっちなご関係に発展したいとかじゃないんです!」
「無駄に長い説明したわりにほとんど下心しかないじゃねーかよ。てかね、ひとのこころ読まないで」
「ひどい!杏さん!ばらさないで、俺の隠された本心を!」
「はいはい。接客もほどほどにしてね浜くん」
オーバーリアクションをとっている浜くんを押し退けながら、くすくすと笑っているOLさんにできたてほやほやのお弁当を手渡す。ありがとうと、ほんのりとチークがのったピンクの頬っぺたを緩ませて長椅子から立ち上がったそのひとからは、なんだか大人の女性のあますぎないきれいな匂いがした。
「仕事疲れした女のひとの色気って、やべえっすよね」とか、後ろのほうでにやにや呟いている浜くんには、しつけの意味もかねてあとでみっちり説教することにして、わたしは今日も精一杯の営業スマイルでお店から出ていくお客さまたちにお辞儀をする。
「うーーん。杏さんも少しは、いまのおねえさんを見習ったらどうっすか?」
「余計なお世話だよ」
「あと、杏さんはたまに言葉遣い悪くなりますよね。たまにはやさしく接してください!」
「はいはい、気が向いたらね」
わたしのダメ出しばかりして、ちっともバイトの仕事をしようとしない浜くんを、無理矢理調理場に押し戻す。やだやだ杏さんとまだ話したいと駄々をこねる浜くんを、お父さんが笑いながら宥めている。全く、お父さんは相変わらず浜くんには、甘いんだから。いや、野上にも甘いけれど。
壁にかけられている時計を見る。今日は金曜日。野上が必ず顔を出して、お弁当を買っていく日だ。浜くんが言った通り、確かに今日はいつもより来るのが遅いような気がする。来ないのなら来ないで、別にわたしは構わないのだけれど。野上にはいい加減、コンビニ弁当とレトルトグルメを卒業して、自炊をしていただきたいものだ。不健康な食生活はからだに毒なんだからね。
18時40分。噂の王子様は、まだ現れない。
「5人ですよ。5人」
「なにが?」
「今日、野上さん目当てで来店してきた女の子の数っすよ」
「ああ…」
「でも、手紙とかプレゼントを置いていった子もいたから、その子たちも合わせると、合計8人ですね!」
「アー、スゴイスゴイ」
「そんなこんなで、野上さん遅いっすね」
「どうでもいいわ…」
19時18分。まばらになってきたお客様の数に反比例して、雑談が多くなってくるのは浜くんだけ。わたしは、疲れて口数が減っていく。今日はいつもよりお客が多かった。いい事だ。だけど、いまだに野上がお店の扉を開いてくることはない。うん、いい事だ。たまにはあいつも、きちんと自分で料理すればいいのだ。
「いやいや、野上さんが料理作ってるとかありえないっすよ」
「だから、わたしの思考を読まないでってば」
「それに、今日は金曜日っすよ?来ないとか、それこそありえないです」
「…まあねえ。お弁当好きだもんね、野上は」
ふう、とため息をつく。伸びてきた前髪を何気なく触っていたら、ガタッと唐突に音がした。横を見ると、浜くんが腰を抜かして壁に背中を預けて、驚愕の表情を浮かべている。なんだそのオーバーリアクションは。突っ込んだほうがいいのか?
「え…ええええ!杏さんそれ、まじで言ってるんすか!大丈夫ですか頭!ばかなんじゃないすか!」
「なんでよ、失礼だな」
「……杏さんって、鈍いですよね。色んな部分が」
「浜くん、今日はわたしのダメ出ししかしないね。怒るよ?」
「俺だって怒りますよ!だめだめですね杏さんは、もうっ!野上さんがかわいそうです!」
「なんで、野上?」
いつもの常連のサラリーマンさんが、今日も賑やかだねとやさしく笑いながらお店を出ていく。ありがとうございましたー、と浜くんと声を重ねながら、レジ前に置かれている飴玉が入っているかごのそのうしろ。こっそりと置かれている手紙といくつかプレゼントに、ふいに目がいってしまった。全部、愛しの王子様への贈り物だ。なぜここに持ってくる?何度も言っているように、ここは王子様の事務所でもお城でもなく、ただのしがない普通のお弁当屋さんなんですけど。
わたしもわたしで受け取らなければいいんだろうけど、女の子たちのあの必死な気迫で迫られるとどうにも断りにくい。…大概わたしも、甘いのかもしれないな。
空いてきた店内、わたしたちの会話を聞いていたらしいお父さんが、暖簾からひょっこりと顔を出して「いっそのこと、お店の外に“野上くん滞在・不在”の看板でも置いておくか」と冗談混じりにとんでもないことを提案してきた19時33分。
ただいま、王子様不在。