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砂糖づけランデブー  作者: 麦子
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5.王子様じゃねーよ

今日の講義もすべて終わり、せっせと帰り支度をしている俺の隣に座っていた友人が、「野上、もう帰んの?早くね?」とあくび混じりの声を出した。



「帰るよ?今日は弁当の日だから」

「弁当の日?お前、ほぼ毎晩弁当ばっかじゃん。コンビニの。あとは、レトルト系ばっか。自炊しろよたまには」

「やだよ。めんどくさい」

「ばっか。栄養偏るだろうが。もっとバランスのいい食生活心がけろよな」

「……」

「なんで、どん引きしてんだよ!」



母親並みの庶民くさいお節介を発揮するのは、高校時代からの友人である坂田だ。というかここまで来るともはや腐れ縁である。

坂田のだらだら続くはなしを聞いているフリをして、教室を出た。秋色に染まる空を、四角い窓越しに見上げる。小難しい講義内容がぱんぱんに詰め込まれていた俺の頭の中に、余裕ができる瞬間。あたたかいにおいに包まれているあの小さな黄色い屋根の店。バタバタと忙しなく動き回るエプロンの紐と、たかい位置で結ばれているポニーテールの毛先が、ひらひらふわふわと俺の頭の中に溶け込んでいく。あー、腹減ってきた。



「野上、俺の話聞いてないだろ!」

「聞いてる聞いてる。弁当のおかずは、唐揚げが最強ってはなしだろ?ちゃんと聞いてたってば」

「一切聞いてねえ!お前それただ唐揚げ食いたいだけだろうが!」

「うるさいなー。いつまでついてくるんだよ坂田、鬱陶しいんだけど」

「お前がコンビニ弁当買わないのをこの目で見届けるまで」

「キモッ。坂田キモい」



そんなくだらない会話をしながらだらだら歩いていく。お節介というか心配性というか、とにかく母親以上に鬱陶しい坂田のくどくど続く文句を聞き流しながら、ため息のかわりに吐き出した息は、白かった。通り過ぎていく民家からは、モクモクとした雲みたいな白い湯気といっしょに、味噌汁のにおいが空へとのぼっていくのが見えた。本格的に腹の虫が鳴る。やばい、腹減りすぎてイライラしてきた。

すんなりと最寄りのコンビニの前を通り過ぎていく俺を見て、坂田が驚いた声を出す。



「え、コンビニ寄らねえの?」

「だから言ってるじゃん。今日は弁当の日なの。週に一回、インスタントとかレトルトじゃなくて、きちんとした手作り弁当食べる日」

「弁当の日……って、は?もしかして弁当屋で買う弁当のこと?」

「そうだよ」

「どこの弁当屋?うまいのかよ、そこの弁当」



横断歩道の、信号待ち。妙に食い付いてくる坂田をちらりと見る。言うか言わないか少し迷ったが、別に隠すこともない。どーせ、坂田は知ってるから。だって、こいつとは高校からの付き合いなのだ。



「白雪んとこ。“まごころ屋”だよ」

「まごころ…って、ああ!ペコちゃん家の店か」

「そーそー」

「ていうか、え?野上、お前、まさかとは思うけど…」

「そのまさか。まだ好きですけど、何か」

「………まじか」



今度は、坂田がどん引きの顔をして、俺から2、3歩の距離を置いた。そして、「嘘だろ…だって、え?何年…何年!?いやいや、長くね!?」などと、ぶつぶつ呟きながら、両手を使って俺の片想い歴を数えはじめている。いやもう、まじで鬱陶しいこの男。片手で数え足りるから。何年、好きでいるとかそんなの俺の自由だから。鬱陶しい男をそのまま放置して、青になった歩道を歩きはじめる。

ちなみに余談だが、“ペコちゃん”とは白雪の高校時代のあだ名である。命名は、もちろん俺だ。その由来は、確か授業中に白雪のお腹の音が鳴ったのがきっかけだったと思う。つまり、腹ペコの“ペコ”をとって、つけたあだ名だ。あの時の、白雪の恥ずかしそうに噛まれた下唇を思い出す。あれは、傑作だった。すごくかわいかった。ざまーみろ、って思った。その理由も、追々な。うん。



「驚愕の事実だわ…。まさか野上がまだペコちゃんのこと好きだったとは。…意外と一途だったんだな、お前って。つーか、健気?好きな子の店に通いつめるところとか…うへー、ドラマみてえ」



昔のことを思い出しているあいだに、坂田が勝手に俺の分析をはじめていた。

健気?一途?俺のここまでの恋路が、このどろどろの感情が、そんなかわいらしい単語で済まされるのだろうか?どこぞの恋愛ドラマの主人公みたいなストレート直球勝負の好青年なんかじゃねえよ、俺?

直球投げても、変化球を投げこんでも、それでもまったく気付かなかったやつが相手なんだよ。いつも俺以外のことで、悩んで泣いてるようなそんな女だよ。

ただの意地だろ、って言われてもいい。それでもずっと好きで、ずっと泣かせたくて、俺だけにしか見せないような、俺しか知らない顔がずっと欲しかった。



一回でいいからぐちゃぐちゃに泣いてみろよ。俺の前で。下手くそな笑顔なんかいらないから。

“俺の為”じゃなくて、“俺のせい”で、泣けばいいのに。




「…野上、お前今腹黒いこと考えてるだろ」

「まさか。ピュアなことしか考えてないよ?」

「いや、絶対嘘だね。お前がそんな意地の悪い笑い方してるときって、大抵ろくなこと考えてねえもん」

「俺は、ただ早く弁当食いたいなーって平凡な欲求を噛み締めてただけだってば」

「弁当じゃなくて、ペコちゃんに会いたいだけだろ?ヤラシー欲求しか噛み締めてねえじゃん」

「ははっ、さっきからうるせーよ、年中惚気ばか」

「はあん?じゃー、お前は万年片想いばかだな」



笑顔のまま、坂田の腹に一発決め込んでやる。もちろん、パーじゃなくてグーの手で。空腹すぎて、イライラが頂点に達している俺は、その場で腹を抱えて蹲る坂田を見下ろして、鼻で笑った。

坂田の分際で、俺をからかうなんて百年早いんだよボケ。



「坂田、俺はね、好物は一番最後に食べる主義なんだよ、分かる?」

「あー、うん…ゲホッ、分かる分かる。要は諦めが悪くてしつこくて粘着質なんだろ、ウエッ」

「……だって、しょーがないだろ。いつまでたっても、好きなんだから」

「いや、そこで急に照れんなよ!お前の照れるポイントがわかんねえよ!」



なんとでも言えばいい。

“諦めが悪くてしつこくて粘着質”な俺の歪んだ片想いなめてると痛い目みるのは、そっちなんだからな?



「じゃーな、坂田。俺、急ぐからー」



一途で健気な俺の足は、一直線に彼女が働いている店に向かうのだ。




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